最近は陽が落ちるのが早くなったと思う。
6時を過ぎればもうすっかり星が見えるほど真っ暗だ。先ほど入店したベジータにいつも通り砂糖なしのコーヒーにミルクを入れて出した。思わずベジータの一挙一動を観察してしまうのは、昼間吹き込まれた余計な情報のせいだ。

「今日、ブルマが来たぞ」

そう振ってみると、ベジータは一瞬怪訝な顔をした。

「ブルマ?ああ、あの青い髪の奴か」
「おいおい、同僚なのにその言い方は可哀想じゃねぇか」
「お前には関係ない」

少し不機嫌になってコーヒーをすする様子を見ながら、悟空は昼間にブルマから聞いたことがずっと頭の中でぐるぐると回っている。職場でずっと一人で居るだなんて。
他の人には、こうやって喋ったりしない?
オラだけ、ちゃんと名前覚えて、ちゃんと話してくれるのか?

オラにだけ?

「おめぇ、職場で友達いねぇんか?」
「馴れ合いは嫌いだ」
「ふうん…そっか。まあ、ベジータがそれでいいんなら、いっけどな」
「俺は別に一人で居たって、何とも思ったことはない。」

それなら、何でおめぇは毎日ここに来るの?
投げかけそうになる質問は、心の中に留める。
何とも思っていないなどと言いながら、その瞳に影があるのは、気持ちと裏腹な言葉という証拠。

「すげえな。オラは、ずっと一人だったら寂しくてどーにかなっちまいそうだけど」
「フン、お前のように軟弱な奴とは違うんだ、俺は」
「軟弱って、オラ実は結構強えんだぞ?」
「馬鹿か貴様は。今は精神面の話をしているんだ」

きっと、この様子ではブルマの言っていることは本当なのだろう。
確かに、ベジータが同僚に囲まれて一緒に飲みに行っている姿なんかは想像できないし、朝すれ違っても快活に「おはよう」なんて言うタイプではないのは見て分かる。

「オラは、おめぇと一緒に話すの楽しいぞ。うまそうに食ってくれるし」

悟空はにっこりと笑う。

「…そんなことは、聞いてないだろう。」

そう言ったベジータの頬が少し赤くなったように見えたのは、橙色がかった白熱灯のせいだったのだろうか。


*****


何でいつもあの喫茶店に通い詰めているのか、自分でもよく分からなかった。喫茶店のマスターというよりは定食屋の料理人と言った方がしっくりくるようなあの田舎くさい男。
鍵を差し込んで回し、金属のドアをギィィと音を立てながら開け、中に入る。
カーテンも閉まっていない、がらんとした真っ暗な部屋がベジータを迎えた。最近、少し肌寒くなってきたせいか、空気がひんやりとしている。
パソコンやら書類やらの入った重たい鞄を床に置いて、人差し指でネクタイを緩めながらカーテンを閉める。
ぱちり、ぱちり、と電気をつけると、一瞬ぴかぴかとついたり消えたりしてから、蛍光灯が白い光で部屋を照らした。
なんにもない部屋。
一人だけの、自分だけの城。
たまに料理をすることもあるが、メニューを考えるのと後片付けが面倒なので、そんなに頻繁にはしない。

「ふう…」

先程たっぷりと夕食は腹に入れてきたので、あとは残業を片付けるだけだった。
冷蔵庫の動く音や、頭上の電気が発する超音波のような高い音が耳に障る。

『おめぇ、友達いねぇんか。』

意外そうに言った、カカロットの顔が頭に浮かぶ。
一人で平気、それは本当でもあり、嘘でもある。
だって、今までずっと一人で生きてきたんだから。
馴れ合いなんて面倒なだけ、馬鹿馬鹿しい。
だけど、今自分が幸せだという確信はない。

『オラは、おめぇと話すの楽しいぞ』

太陽のように、直接見たら眩しくてどうにかなってしまいそうな、優しい笑顔。
いますぐそこに彼がいるかのように、瞼の裏に鮮明に浮かぶ。
心の奥底まで巣食った氷河が溶け落ちるように。
何か、その笑顔を見ただけで、救われるような気がした。
何から救われるのかなんて、分からないけれど。

だけど、ひとつだけ言えることがある。

――あの笑顔は、俺だけに向けられるものじゃない。





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一気に第3話目も書いちゃいました。
1話1話、本当に短いということに気づいた。
失敗だな…プロットを書くのが一番難しい気がしてきました。






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