料理用の道具はとっくに洗い終わってしまって、あとはコーヒーメーカーをいつもどおり洗浄しているところだった。
あと10分で閉店時刻、8時になる。席に残っている客は、今日はいない。ラストオーダーも終わっているので、これから入ってくる客が居ても対応はできないが、そんなにギリギリに喫茶店に滑り込む人間などいないだろう。

(今日は、ベジータ来なかったなぁ…)

昨日、「一緒にいると楽しい」ということを伝えたのは良かったのだが、その直後に店に来ないとなると何だか不安になってくる。もともと、ベジータは必ず毎日来ていたわけではないので、たとえ今日来なくたって一生来ないという意味ではないだろうし、いつもの悟空なら特に気にしないところだっただろう。

自分が特別なんじゃないか、って思い始めてしまったせいで、
『特別』になりたくて仕方がなくなってしまった。
いつも、あの人が一人でいるのなら、その隣に居てやりたい。
その場所は他の誰にも譲る気はなかった。

(これって、もしかしなくても、なあ。)

悟空は、小さく息をついて手を止める。
多分、こういう独占欲じみたものとか、その人のことばかり考えてしまうところとか、たった1日会えないだけでも不安になるなんて。
それこそ、よく耳にしたことのある、恋なんじゃないか、って。
ベジータが女ならまだよかったのだが、まごう事なき男。
それも、ベジータのことをそういう風に意識しだしたのだって、昨日が初めてだ。
まさに、『恋に落ちる』。まっさかさまに転げ落ちて、もうとっくに這い上がれないところまで来てしまったような気がしていた。

ちりんちりん、と鳴るドアベルに、悟空は何となく期待して目をあげる。
もう閉店だけど、きっと彼なんじゃないかって、――そう思ったら、頭に描いた姿がそのままそこに立っていた。
一気に一日分の疲れが吹っ飛んで、悟空の顔がぱあっと輝く。

「ベジータ!」
「………。」

しかし、彼はちらりとこちらを見ただけで、何か言う気力もないように見えた。
随分疲れているらしい。
ホールの片づけをしていたチチが、ベジータのところに走り寄った。

「申し訳ないだが、もうラストオーダーは……」
「いいんだ、チチ」

悟空は水道の蛇口を閉めて、タオルで手を拭くとチチの隣まで歩いて行く。
こう見ると、ベジータはずいぶん自分よりも背が低かった。

「わりい、もうコーヒーの道具片付けちまったんだ。でも、片付け終わるの待っててくれたら、上で何か作ってやるよ。もうちょいで終わっから」
「……上?」
「ああ、上のマンションにオラんちがあるんだ。」
「悟空さが家に人入れるなんて珍しいだな!」
「何か、疲れてるみてぇだし…うめぇもん作ってやる」

ベジータは静かに頷くと、手近にあった席に座った。
どうやら待ってくれるらしい。悟空はそれだけで舞いあがってしまいそうだった。

「なあチチ、ホール終わったらもう帰ってでぇじょうぶだぞ。こっちももうすぐ終わる」
「本当け?よかった、今日はこのあと友達と飲み会の約束があるだ、ありがとな悟空さ」
「ああ」

いつも姿勢の良いベジータが、少し背中が丸まっている。きっと腹が減りすぎて具合が悪いのだろう。
可哀想にと思いながら、悟空は仕事の手を早めた。


*****


今日家にある材料では、すぐに作れるものには限界がある。とりあえず早炊きでご飯を炊きながら、悟空は冷蔵庫の中身を確認する。食べていないさけるチーズが見えたので、悟空はそれをベジータに渡すことにした。多分、さきに少し何か口に入れていないと、ご飯が炊けるまで最低でも30分くらいかかる。

「なあベジータ、これ食ってちょっと待っててくれな」
「……何分くらいかかるんだ?」
「飯が炊けるまで30分はかかる。それに合わせておかずを作るから」
「……わかった」
「なあ、すきっ腹にビールはまじいかな」
「俺は別に大丈夫だ」
「じゃあ、ビール出すから、飲んで待ってろ」

疲れているとベジータもいちいち文句を言わないらしい。
冷蔵庫から缶ビールを出して、ベジータの前に置いてやる。
豆腐と豚挽き肉があったので、悟空は麻婆豆腐に決めると、急いでお湯を沸かしながら豆腐、ネギ、生姜やニンニクを刻む。一緒にもう一つのコンロで別なお湯を煮立て、酒としょうゆと鶏がらスープのもとを入れて、中華スープの基本を作る。
じっと黙って、居間の椅子でテレビを眺めているらしいベジータは、喜んでくれるだろうか。
本当は、同じ中華でももっと元気が出そうな、野菜たっぷりの八宝菜だとかを作ってあげれば良いのだろうが、急にとなるとあり合わせで作るしかない。
喫茶店のメニューにはない中華なので、もし嫌いと言われたらどうしようかと少し心配でもあった。
手早く豆腐を茹で、中華鍋でニンニクなどを炒める。
豆板醤を入れて、ひき肉を解す。何度も鍋を揺らしてひっくり返しながら一気に火を通して調味料を入れる。
その片手間に中華スープに片栗粉を入れ、ひと煮立ちさせ、卵を入れ、中華スープを先に完成させる。
茹でた豆腐を入れ、1分ほど煮たのちに火を止めて片栗粉、ごま油を入れて、麻婆豆腐の方も完成した。
普段仕事にしているだけあり、悟空はかなり手際が良い。

「よし!」

あっという間に夕食を作ってしまった悟空は、棚から2枚皿を出すと湯気の立つとろりとした料理をそこに分けて入れた。
そのとき、ちょうどピーッピーッとご飯の炊けた音がする。
ご飯を盛って、スープとおかずを盆に乗せると、チーズはとっくに食べ終わってしまっていたベジータのもとに運んだ。

「おまちどーさま」
「…おそい」
「しょうがねえだろ、飯炊けたの今だぜ?」
「……腹が減って死にそうだ」
「オラも。さ、冷える前に食お!いっただきます!」

ぱん、と両手を合わせて、悟空はスプーンを取ると一気に食べ始める。
ベジータも、つられるように食べ始めた。腹の減った男二人が、一気に飯をかきこむ様子はかなり殺気立っている。
3分であっという間に半分ほどをたいらげた悟空が、うーんと首をかしげた。

「ちょっと塩味あまかった」
「……別に気になるほどじゃない」

黙々と食べていたベジータが、そんなことを呟いたので悟空は小さく微笑む。
この男にしては、相当の褒め言葉だろうな、と。
ベジータが時々ビールを飲んでいるのを見て、「オラも飲も」と悟空は冷蔵庫から出してくる。
すると、ベジータがちらりと部屋を見回して、悟空を見るとにやりと笑った。

「お前の家がこんなに片付いてるとは思わなかった」
「余計なもんは買わねぇからな」

テレビを見てちびちびやりながら、残りの食べ物を平らげてしまうと、悟空は「あー食った食った!」と欠伸をする。
ほぼ同時に食べ終わっていたベジータの皿も片付けて台所に持って行き、ビールの残りを煽る。

「なあベジータ、おめぇ今日随分疲れてたな」
「疲れもする」
「なんで?」
「部下がバカで使えないからだ」
「へぇ…」

頬杖をついて悟空が相槌をうつと、どうやら話しているうちにまた怒りがこみあげてきたのかベジータの眉が寄った。

「悟天と、トランクス。あの悪ガキども二人は、どうにかサボることばっかり考えていやがる」
「ダメだなあ、そいつら」
「あんな馬鹿どもでも、監督責任は俺にあるからな。俺が上にどやされるんだ」
「そりゃひでえ」
「しかも、その上司は、俺より年下なのにキャリアで上に行きやがった悟飯という男で、妙にクソ真面目だから見逃してなんてくれやしねえ」
「おめぇより年下なのに上司?すげえな!」
「今日はあいつらの尻ぬぐいで普段の倍疲れた。最悪だ」
「そっか。」

悟空は、怒り心頭のベジータを見ながら、ふにゃりと笑う。
それを見て、ベジータは少しムッとして悟空を睨んだ。

「何で笑ってるんだ」
「いや、オラに話してくれるのが嬉しくて。」
「……ば、バカやろう、失礼な奴だ」

(赤くなってる。)

今日は、白熱灯じゃなくて蛍光灯。
明かりのせいじゃなくベジータの頬は赤い。
可愛いなと思ったりするのは、これがベジータだからなんだろう。



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うひょ^^^^^

今日で3本書いたとか異常wwwwwww
料理の作り方はちゃんとある程度ググってから書きました、よ。だって知らないもん^^
さて、ここからがカカベジ本番


100926