注文を書いた紙がずらりとテーブルに並ぶ。順番にひとつずつこなしていくしかないと分かっていても、これだけ並ぶといつまでも終わる気がしなく、毎回冷や汗ものだった。12時過ぎは昼時だけあって、食事の値段を多く取らない悟空の店では昼食を食べに来る会社勤めの人々で溢れかえる。

「シーフードスパゲティのお客さんはどちらだか?」
「5番テーブルだ」

二人で協力しながら、次々に料理を作っては運ぶ。その間にも新しい客が来るのだから大変だ。
ドアベルが鳴り、チチは顔を上げて「いらっしゃいませ!」と挨拶をする。とりあえず先にオーダー分のスパゲティを席に届け、新しく来た青い髪、細身で美人の女性客に走り寄った。

「1名様は、カウンター席でお願いしてるだが、…」
「ああ、いいわよ。ねっ、孫くん」

悟空は料理を作りながらちらりとそちらを見ると、そこにはスーツ姿のブルマが立っていた。
この女性も、よくこの喫茶店に来てくれる常連である。

「ブルマ!わりぃ、今ちっと忙しんだ」
「うん、見てて分かるわ。」

ブルマはチチに案内されたカウンター席に座りながら、メニューをじっくりと眺め始める。
その間にも、悟空は次々と料理を完成させていく。ブルマが結局今日のおすすめセットに決めてしまうと、悟空はまるで神業のごとく、残りの料理をものの10分ほどで作ってしまった。
ぼんやりして見える悟空が集中して作っている様子を黙って観察していたブルマは、料理が出されると「相変わらず凄いわね、孫くんは」と感嘆する。

「ふぅ!とりあえずこれで一段落だ。悟空さ、オラちょっと水飲んでくるだ」
「おう。」

チチは仕事に見切りをつけ、奥に入ってしまった。ブルマの後は、今日は珍しく客が途切れていた。同じ昼時でも、なぜか混むときは重なってくるのだから不思議なものだ。

「あら、おいしい。ここはランチが安くて良いのよね、孫くんが作る料理はおいしいし」
「そっか?ありがとな!」

悟空はブルマの褒め言葉に素直な笑顔で応えながら、何か補充しなきゃならないものは無かったかなとぼんやり考えていると、ブルマが「ところで」と話を切り出してくる。

「ん?」
「ベジータ、って言って分かるかしら、頭逆立ってツンツンしてる無愛想な男。いつもここに来てるの?こないだ帰りに見かけたんだけど」

ブルマとベジータは同じ会社に勤める同僚であるらしいことまでは知っていたが、この言い分だと部署も一緒なのかもしれないと思った。

「うん、来てる。あいつ、顔に似合わずよく喋るよな。」
「えっ?」

悟空の言葉に、ブルマが目を丸くした。

「アイツ、喋るの?孫くんに?」
「あ、あぁ…」
「へぇ、びっくりだわ……あいつ、会社で友達いないのよ!いっつも一人でいるんだから」

いつも一人で居ると言われると、確かにそんな感じのする男だ。ただ、悟空相手には、今話しているブルマと同じようにベジータも話しているわけであり、文句を言いながらもほぼ毎日来てくれる常連である。

(あいつ、…じゃあ、オラにだけ、あんな風に喋ってくれてんのか?)

そういえば、あの男は最初の頃、話しかけてもあまり反応の返って来ない奴だったように思う。
しかも、こちらの意向などはまるで無視の、超がつく『自己中』であった。
名前についてもそうだ。
悟空は小さい頃外国で暮らした経験があり、そちらで使っていた名前が「孫悟空」という現地語の名前だった。父親であるバーダックが付けてくれた本名はカカロットだが、孫悟空という名が気に入っていたので、基本的には今でも孫悟空を使っている。
しかし、名刺を寄越したベジータに「オラは孫悟空だ」と名乗ると、俄に眉をひそめられたのだ。「なんだその呼びづらい名は。お前、その顔は俺たちと同族だろう。本名は何だ」などとまで言われた。人の名前にケチをつける奴は初めてだったが、素直に「カカロットだ」と答えてやると、彼はそれからずっとカカロットと呼ぶようになった。
カカロットという名を呼ぶのは、悟空の広い交遊関係の中でもベジータだけだ。そのベジータは、自分にだけ、ああやって話をしてくれる。
『特別』ということだろうか。
(オラは、あいつの、特別………)
そう思うと、どうしてか心臓のリズムがいつもより早くなったように感じた。

「……くん?孫くん?聞いてる?」
「えっ?あ…」

悟空が我に返ると、ブルマはカウンター席から不満そうにこちらを見ていた。

「もう、レディが話してるのにボーッとしてるんだから!」
「わりぃわりぃ。」
「でね、この鉱石の成分が……」

ブルマが、今朝テレビで見たというニュースの話を延々としている間、悟空はときどき頷きながらずっと別なことを考えていた。

ベジータが自分をどう思ってるから、いつもここに来て話してくれるのか?
考えれば考えるほど分からない。
今すぐ来てくれればいいのに、と悟空はぼんやりと思った。



back next


何か、一話一話が短めな気がする…
一応計画性はあるんですが…


100926