ウソだろ?
なぁ、ウソなんだろ、ベジータ?

ウソだと言ってくれよ。


今回の任務はそれほど厄介なものではないという判断だったらしい。
ベジータが直接出るということで、それほど戦力を割かなくても十分に対応できると考えられていたのだろう。
悟空の他には、無表情で薄気味悪い金髪の女と肩ほどまでの黒髪の男、それから数人の下級戦士がついてきただけだった。
目標の星に到着してすぐに、その場の司令官であるベジータから任務について簡単に命令が下った。
否、それはあまりにも簡単すぎて、すぐに理解することを悟空の脳は拒んでいた。

「これから任務を言い渡す。この星に存在するすべてのツフル人を殲滅しろ。以上だ」

別に、多少星が壊れても問題はないと付け足して、ベジータは当たり前のように「さっさと終わらせて来い」と言って背を向けてしまった。
悟空は宇宙船の窓から星の様子を鑑みる。
それほど肥沃とはいえない土地のようだが、ほそぼそと暮らしているらしい家々が建ち並び、霞がかかった向こうの方には高層ビルのある立派な街並みが見えた。

(殲滅…?)

悟空はベジータの放った台詞をもう一度頭の中で反芻する。
それは、悟空が今まで何度も書類の上で見てきた文字だった。

「何してる新入り、さっさと出ろ!」

一緒にいた下級戦士に怪訝な顔をされ、悟空は慌てて出口の方に向かう。
ちらり、とベジータの顔を見た。
腕を組んで立っていた彼には、「行ってこい」という、いつもの高慢な笑みが浮かんでいた。

ズキリ、と胸の奥に棘が刺さった気がした。

下級戦士が全員出口をくぐって外に出る。少し涼しい気候のようだった。細い木と小さな畑が続く少し痩せた土地に降り立つと、悟空はもう今すぐにでも帰りたくなった。
金髪の女、黒髪の男が続いて出てきて、最後にベジータが外に出る。


オラは、何をしにきた?


「行け!」

ベジータの威厳に溢れた声とともに、微動だにせず立っていた下級戦士たちがそれぞれに空へ飛び出した。
直後に、気弾が炸裂する。ドン、と地面が罅割れそうなほどの衝撃とともに、地上に花火が上がった。
わあああ、と逃げ出す人たちの姿が見える。
次々と撃たれていく気弾は空襲のようで、走って逃げ惑う人々はそれに撃たれて倒れ込み、家々は破壊されていく。
まるで、ほんの一瞬、瞬きをすれば終わってしまうかのような、本当に一瞬の出来事だった。
気弾の雨が止むと、辺りに遺されたのは立ち上る煙と、残骸と、無残にも息絶えた人々の死骸だった。

「……へ……?」

悟空は思わず顔を引きつらせる。

「フン。こんな星に時間などかけていられん。さっさと次に行くぞ」

腕を組んだまま、顔色ひとつ変えないベジータは、次はあそこだ、と指をさした。
多分、少し遠くに見える都市のことを指しているのだろう。
ベジータは今一度も手を下していない。
ああ、それだけど。
だけど。

今彼らに命令して殺させたのは、ベジータだ。

分かっていたことだった。
SAIYAという会社がそういう稼業を行っているということは、もう書類上では知っていたはずだった。

ぬくもりを求めるように抱きついてきたベジータ。
人を殺しても顔色一つ変えずにいるベジータ。

同一人物だと思いたくなかった。

倒れた人々の中には、まだ年端もいかぬ子供の姿もあれば、年をとった人、お腹の大きい女の人、若くて元気な男の人、――それぞれの生活と人生があった人々が、肉塊へと成り果て、音もなく横たわっている。
ぞっとした。

「何をしているカカロット。もうここは完了してるんだ。さっさと次へ行け」

積み重なる死体の山をじっと見つめていた悟空に、ベジータが眉を潜めて話しかける。
その背後には、顔の全く同じ、薄気味悪い無表情な男と女が静かに立っていた。

「…いやだ」
「イヤだと?ふざけるな、貴様、これは任務だぞ。」
「こんなこと、許されるはずがねぇ、…オラたちに、他人の幸せを、命を奪う権利なんてねえ」
「幸せ?何のことを言ってやがる。SAIYAへ依頼された任務をこなすのが俺たちだ。理屈で動いているわけじゃねえ」
「なあ、ベジータ、おまえは疑問に思ったことはねえんか?」
「疑問だと?」

本当に分からないという顔をしている彼を見て、悟空はどうしようもなく哀しくなった。
何も知らないのか、ずっとこんなことが当たり前という暮らしをしてきた彼には、他人の命を奪うことがどれだけの罪であるか、そんな当たり前のことさえ分からないというのか。

「おめぇは、人を殺して……何とも、思わなかったんか…?」

お願いだから、そうじゃないと言ってくれ。
目の前の小柄な男は、ふぅと溜息を吐いた。

「何をバカなことを言っているんだ。弱い者は強い者に殺されるんだ、当然だろう」

絶望につき落とすような言葉が悟空の身を裂いた。
さっさと行くぞと手を掴まれ、背後に居た奴らとベジータとともに、先に行った下級戦士のあとを追う。
最後の希望が絶たれてしまったような気がした。
こんな惨いことをしているのに、このサイヤ人という種族は罪の意識すらないのだ。

ドドドドド、と今度は先ほどより大規模に気弾が飛び交い、大きな建物が横に倒れていくところが見えた。
麻痺しそうになる感覚に恐ろしくなる。
ベジータに掴まれている腕が痛い。
でも、さっき、そして今死んで行っている人たちはもっと痛いんだろう。もっともっと苦しいんだ。
SAIYAが依頼を受けたからという理由で、何も知らずに急襲されて死んでいるんだ。

「お前は思ったより全く使えんやつだな。」

馬鹿にしたようなベジータの声が降ってくる。

「俺の買いかぶりだったのか?なかなか強くなったと思っていたのに」
「強くなった…?」
「こんな、たかがツフル人の住処を潰すくらい、あんな下級戦士どもを使わなくたって、俺とお前が居れば十分だったくらいだろう」

強くなっただと?
悟空は首を横に振る。
ちがう。ちがう。
絶対に、ちがう、それが強さだというなら、ちがう。

「お前が行かないなら、俺が行って手本を見せてやる。さっさと本気出しやがれクソッタレ。こんなくだらねぇ任務で長居したくねぇんだ」

腕を離し、気弾攻撃が止まない都市の中心部へ飛んで行くベジータの背と、それと一緒についていく二人の人形のような奴らを、悟空は呆然と見詰めている。
キィィと彼が手にため始めた気の色と強さを見て、直感した。
伊達に何度も手合せをしてきたわけではない。

(まさか…あれを、撃つんか…?)

無抵抗の住民に。
とてつもない破壊力を誇るギャリック砲という、悟空のかめはめ波に酷似した技である。
限界までためた気を一気に放出するそれは、全力でやれば星を破壊することだってできるだろう。

「やめろ、ベジータ……」

悟空は弱弱しくそう呟いていた。
こんな都市くらい一発で吹き飛ぶだろう、ああ、確かにそれを撃てば、こんな小さな星の殲滅くらい、半日もかからずに終わらせてしまえるのだろう。
何千何万という人の命を、簡単に奪ってしまえる。

「やめろ、」

叫んだ。
しかし、ベジータは両手を高く掲げ、彼の強い気が凝縮されて青く輝いている。
きらきらと。星の輝きのように。

「ギャリック砲ーーーー!!!」

振りおろしたその手から放たれる大きな気の塊が爆発する。
あたりが一気に青白く光った。

「やめろぉおおおおおおお!!!!!!!!」

自分のものとは思えない声で悟空が身体の底から叫んだそのとき、すべての視界が黄金に染まる。
無意識のうちに飛び出していた。
都市に向かって放たれていたギャリック砲の前に立ちはだかり、両腕を構えて放つは金色の光。

「かめはめ波ァアア!!!!!」

空中で大きな気がぶつかり合い、一気に爆発し弾け飛んだ。
星全体が振動するほどの破壊力を持って空を染め、綺麗に相殺したあとに残ったのはベジータが両目を見開いてこちらを凝視している姿だった。
悟空は今までになく哀しく、今までになく怒り、今までになく絶望に堕ちながら、体中から力が溢れだしてくるのを感じていた。

ベジータの後ろで一度も喋らなかった金髪の女と黒髪の男が、吊り目を見開いて初めて驚きという表情を見せた。
悟空の背後で繰り広げられていたはずの空襲の音も止んでいる。
全ての視線を一身に受けながら、悟空は静かに佇んでいた。

黄金の覇気を体中に纏いながら。




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