悟空に初めて出陣命令が出たのは、それから間もなくしてのことだった。
ずっと名ばかりの下級戦士としてラディッツの雑用を手伝っていた悟空は、最近ではベジータと戦えるなら別に血なまぐさい戦場へわざわざ向かう必要もないような気がしはじめていて、普通なら飛び上がって喜ぶはずのその指令をあまり快くは思っていなかった。
雑用が情報処理の仕事であるからには、書類の内容が嫌でも見える。ラディッツが顧客の個人情報と言っていた通り、多額の金を払いSAIYAに仕事を頼んで行く奴等の名前や職業などが事細かに載っている。もちろん、その依頼の内容も。
依頼文は長ったらしく書いてあることが多いが、依頼内容という欄に並んでいるのは物騒な内容ばかりだった。
「殺害」「殲滅」「破壊」
試合ではない戦闘の行き着く先が殺し合いであることに、悟空はずっと気づかないでいた、否――気づかないふりをしていたのだ。
悟空は、殺しをしたいわけではない。
強さを極めるのに、相手を殺す必要性など微塵もないはずだ。
強い奴とは戦いたいが、依頼される内容は必ずしもそうとは限らないだろう。
私怨で暗殺を依頼することの方がどう考えても多いであろうことくらい、世間を知らない悟空にでもわかる。

(ベジータは、……今まで、)

殺しをやってきたんだろうか。
否、それは愚問だ。
戦闘力の低いラディッツならいざ知らず、あれだけ強い彼が戦場に出なかったはずはない。
なんとなく、嫌な感じがした。
この前声をかけてきたターレスという男は見るからに平気で人を殺していそうだが、あれとベジータが同類だとはどうしても思いたくなかった。

今回の依頼内容はまだ知らされていない。
少し遠くの星へ宇宙船で向かうらしい、というところまでは分かっているが、あとは「その場の司令官の指示に従え」ということになっている。
ベジータから、今回は直々に出征するという話を聞いていた。他に誰が一緒なのかは知らないが、できるならあのターレスという奴は居ないといいな、と思っていた。

任務に向かうのは明日の早朝ということになっている。

何を持っていけばいいのかもよく分からなかったが、今まで自然と一緒に育ってきた悟空は、最低限サバイバルをするのに必要と思われるものを小さな鞄に詰める。何か不測の事態が起こらない限り、基本的に食糧などは軍が面倒を見てくれるというから、個人の荷物はそう多くない。
味気のない妙に清潔な部屋だったこの自分の部屋も、何だかずっと住みついていると自分だけの空間のようで愛着がわいていた。
暫く帰ってこれないのかと思うと少し寂しい。
最初の晩に悟空が自分で破壊した壁ももう修復されていて、窓はないし狭いが居心地の良い場所を見回しながら、
――もうここに帰ってこれないかもしれないのか。
と、悟空は柄にもなく感傷的なことを考えた。
運悪く死んでしまえばもちろん有り得ることだ。

そのとき、突然無線がピリリピリリと音を立てた。
悟空は慌てて腰のポケットから取り出し、慣れた手つきで通話ボタンを押す。

『…俺だ』

それは、明日初めて任務を共にすることになる愛しい人の声だった。

「ベジータ…、何かあったのか?」
『……いや……』
「オラ、今明日に向けて荷物入れてたんだ。」
『そうか』
「おめえは、きっと今晩は徹夜なんだろ?」
『そうだな』
「なぁ、無理すんなよ。」

悟空がそう囁くと、無線機の向こうが静かになってしまった。
機械の調子が悪くなってしまったのかと悟空が少し機械を振ってみてから、もう一度呼びかける。

「…ベジータ?」
『べ、別に、俺は、』

すると、なぜか慌てたような声で何か言い訳をしようとしている。
悟空はそっと微笑んだ。

「うん。オラ、おめえの声聴けてよかった。明日、きっと一緒に居てもこんな風に喋ったりできねえし…」
『……ちょっとは、分かってきたじゃねぇか。バカロットの割には成長したな』
「ベジータ、オラ、…」

たぶん、死んじまってもずっとおめぇのこと好きだと思う。

「……な…!?」

何でこんなことを言おうと思ったのか、悟空自身にも分からなかった。
でも、言わなければならないと思ったのだ。
何の脈絡もないけれど。
電話の向こうの彼を、本当は今すぐだって会って抱きしめたかった。

『…そんな辛気臭ェことは、こういう時に言うもんじゃねぇんだよ。覚えとけクソッタレ』
「うん。わりぃな」
『俺はこれからまた仕事に戻る。さっさと寝て明日は絶対寝坊すんじゃねぇぞ。俺は起こしてなんてやらないからな。』
「ああ。もうすぐ寝っから。」
『それから…!』

多分、通話口の向こうで真っ赤になっているんだろうな、と悟空はなんとなく思った。

『好きでもないやつにこうやってわざわざ喋ってなんてやらないんだ、俺は!勘違いするなよカカロット!!』
「分かってる、ベジータ」
『貴様は何も分かってないっ!』
「大好きベジータ」
『馬鹿死ねクソッタレ!』
「じゃあ、そろそろ切るな。オヤスミ」
『ああ、さっさと切りやがれ!!!』

何故か最後の方はベジータが怒ってしまったようだったが、悟空は切ボタンを押しながら、少し満足していた。
そうだ、明日はベジータと一緒なんだ。

(心配なんてすることねえんだ。)

なんでだか、鼻の奥がツンとして、泣いてしまいそうだと思った。



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