悟空の初陣をもっとも心配していたのは、実の兄でもありお目付け役でもあるラディッツだった。
今回、情報管理のために派遣した人造人間という人材を2人も使ったのは、ひとえに悟空がどうなることかと気になってしかたなかったからである。
天真爛漫で少しズレた感性の持ち主である悟空は、サイヤ人らしくないどころかその徹底した平和的思考にはラディッツですら驚かされることが多かったのだ。
それもこれも、バーダックが途中で死んだことにより身寄りがなくなった悟空が平和主義のヤードラット人に13年間も育てられていたからなのだろう。その頃にはとっくにSAIYAで教育を受けていたラディッツは、バーダックが死んだことと、悟空が行方不明になったことしか知らされなかった。とっくに死んだと思っていたあいつが生きていたということは嬉しいのだが、その考え方の違いは厄介である。
今回の任務は、ツフル人の一部が住んでいる小さな星を殲滅するという簡単な任務だった。そこに住むツフル人は人口が少ないばかりか、大した軍隊を構えていないため、実際はベジータが一人行くだけで十分破壊できるくらいである。
悟空は今まで外回りの任務をこなしたことはないので、一番簡単な――むしろ悟空がいなくても完結できるような任務で派遣されたのだ。悟空を直接指導するためにベジータという上級の戦士まで一緒について行っている。
普通のサイヤ人なら、多少足を引っ張りながらも任務を無事に終えられるであろう、完璧な計画である。
しかし、悟空は普通ではない。
任務依頼書を見ていつも嫌な顔をしていた彼が、このような殲滅任務を黙ってやるとは思えなかった。
ただし、ベジータが相手をしてやるほどの強さであるとはいえ、悟空一人でこの任務をめちゃくちゃにすることはありえないだろう。
それでも、ラディッツは直感的に、何か嫌な予感がしていたのだ。
17号、肩まである黒髪の男の姿をした人造人間と、18号、その双子であり金髪の女の姿をした人造人間、強さも安定しており応用の利く彼らを派遣することに決めた。
ベジータにはさんざん「人造人間などいらん、つけるとしても一人で十分だ、こんなどうでもいい任務に!」と叱られたのだが、どうしてもと二人同行させることを許可してもらった。
人造人間は、戦地の情報を動画として直接情報管理局に送信する機能も搭載されている。
ベジータ王代表取締役の社長室でもその動画は見れるようになっており、戦況を本部で把握しながらこちらから指示を出すことも可能だし、戦わせればサイヤ人と同じかそれ以上に強い人造人間は十分戦力にもなる。
もし、万が一、悟空が何かしでかしたら。
しかし、ラディッツの良くない予感は、残念ながら見事に的中していたのだった。
悟空は最初の村を潰したあと、さんざんベジータに口応えしてから結局戦闘には参加していない。何とも情けない初陣だ。
しっかりしろカカロット、とじっと食い入るように画面を見ていたラディッツは、直後に起きた目を疑う出来事に思わず椅子から立ち上がっていた。
都市に向けてベジータの得意技が放たれた瞬間、何かの叫び声とともにホワイトアウトした画面。
直後、17号と18号の二つのカメラが写しだしていたのは、そこに立ちはだかる男――下級戦士の黒い甲冑を身につけた悟空だった。
しかし、その姿は。
逆立った金髪、翡翠の瞳、体全体を包む黄金のオーラ。
見る者を圧倒するその神々しさに、それが悟空であることさえ疑いたくなる。
黒っぽい下級戦士用の戦闘服にその美しい姿はあまりにもちぐはぐだった。
「……どういう、…ことだ…?」
ラディッツは俄には信じられなかった。
破壊されるはずだった都市は姿をそのままに残し、金色の戦士となった悟空は背筋も凍りそうな目でこちらを睨みつけている。
ベジータのギャリック砲を止めたのだ。
この男が、たった一人で。
「カカロット…お前、…」
そのとき、情報管理部にある一番大きなモニターに突然通信が入った。
怒り狂った髭面のベジータ王の姿が大きく映し出された瞬間、ラディッツの顔が引きつる。
「ラディッツ!そこにおるな!!」
「は、はい!」
「あの事態はどういうことだ、説明せい!!」
「え、ええと……カカロットが任務を妨害しています」
「そんなのは見ればわかる!あの姿はどういうことだ、と聞いておるのだ!」
ラディッツは、画面の向こうで未だ静かに佇む黄金の姿をちらりと視界に入れる。
たぶん、否、間違いないだろう。
1000年に一度現れるか現れないか、といわれる伝説の戦士について、ほとんど有力な資料は残されていないが、その姿について言い伝えのようなものだけ読んだことがあった。
「輝く金色の髪に、淡い緑色の瞳、そしてあのパワー……、超サイヤ人だと考えられます」
「超サイヤ人…だと…!?」
ベジータ王の表情に、明らかに焦りが混じった。
18歳になるまで行方すら分からなかったあのマイペースな男が、超サイヤ人になるだなんて。
誰が想像しただろうか。
そのとき、ぶるぶると震えているように見えたベジータ王が低い声で呟いた台詞に、ラディッツは戦慄した。
「……殺せ」
「…はい…?」
「殺せと言っておるのだ、今すぐに人造人間にこの命令を伝えさせろ!」
「は、はい、…し、しかし…カカロットは、…」
「はやくしろ!!」
ラディッツは、ようやく見つけた生き別れの兄弟である悟空とは、短い間ではあったが一緒に仕事をし、一緒に暮らしてきた。
雑務はほとんどできない使えない奴だったが、持ち前の明るく人懐っこい性格であのベジータとさえ仲良くなってしまうという偉業を成し遂げた男だ。
迷惑なこともなかったわけではないが、彼が居るとその周辺が明るく楽しくなる。まるで、太陽のような奴だった。
はっきり言って、弟を殺させるような真似はしたくない。
しかしこれは任務だ。
(カカロット…お前なら、逃げ切れる。俺は信じてる)
人造人間に音声を繋げるボタンを押す。
直後に、17号・18号から応答があった。
「戦況をご覧になったベジータ王様からの勅令がある。ベジータ様に伝えてくれ」
「了解した」
「了解だよ…」
「繋がりました。ご命令をお願いします」
恭しく頭を下げたラディッツを画面の向こうから見ていたベジータ王が、強い口調でゆっくりとそれを口にする。
「カカロットは反逆勢力とみなす。ツフル人もろとも殲滅せよ。こちらからもブロリーを向かわせる」
「ぶ…ブロリーを送るんですか、ベジータ王様!!」
「うるさいぞラディッツ…!私の判断に文句でもあるというのか!」
ラディッツはごくりと唾を飲み込んだ。
ブロリーというのは、ベジータ王お抱えのとてつもない戦闘力を持つ人間兵器だ。
どのような手を使ったのか分からないが、通常のサイヤ人ではありえないパワーとスピードを身に付けた、一度怒らせると手のつけられなくなる爆弾のような男だ。
(カカロット一人のために、ブロリーを…!?)
制御できなくなることを恐れ、滅多なことがない限りはブロリーを出陣させることはない。
さすがのラディッツも冷や汗をかきはじめた。
カカロットは、死ぬかもしれない…
相手がベジータなら、超サイヤ人になれたとすればあるいは逃げることもできただろうが、ブロリーが戦地に向かうことになっているとなるとまた話が違ってくる。
「以上だ。通信を切断してよいラディッツ」
ラディッツは人造人間への接続を切りながら、心臓がどきどきして口が渇いてくるのを感じていた。
まさかこんなことになるなんて。
(生きるんだ、カカロット…!)
いまや反逆勢力となった弟へ、ラディッツは届かない願いをかけた。
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すいません、今日は1話しか書けなかった・・・次か、次の次くらいで終了予定です
100819
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