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▼ 羽落ち

 誰も、そんなことになるなんて思っていなかったのだと思う。いつもどおり騒動に巻き込まれて、いつもどおりみんなで解決して、みんなで学園に帰って。周りから見れば非日常ともいえる、けれど間違いなくぼくらにとっては一年のときから続いてきた日常は、覆されることはないと思っていた。けれど。



 どさり。
 いやに重い音を立てて倒れた男を、ぼくらは呆然と見つめていた。浪人を装っていたその忍者の、襤褸切れのような着物は血に塗れている。
 誰の?
 それはもちろん―――男のだ。
 ふらりと、乱太郎が前に進み出た。血の気が失せた、真っ青な表情で、それでもうつぶせに倒れたその男に触れようと膝を突く。震える左手で右手に握り締めたその、空気に触れて黒ずんだものがべったりとついた苦無を無理やりはずし、手を伸ばす。


「―――乱太郎」

「ひっ」


 すとり、唐突に現れた土井先生に、誰かが悲鳴を上げた。もう三年生にでもなれば、先生が唐突に現れても驚かなくなっていたのに。


「どうだ。」

「…脈が、ありません。」


 つまり、


「そうか。お前らが、殺したんだな。」




「―――嘘だ!」




 叫んだのは、誰だったのか。


「先生、違うんです!ぼくらは、」

「みんなを守ろうとして、」


「言い訳をするな!」


 かつて見たこともない、土井先生の表情を見た。真剣とも違う、感情が抜け落ちた表情のそれは、まさしく土井先生の忍の表情なのだろう。


「お前らが、この忍者を殺した。結果はそれだけだ。忍びとは、結果がすべてだ。」


 そういうと、土井先生は男に向かって手を合わせ、目を閉じる。どこかぼんやりとしたまま、みんなもそれに倣った。

 殺した。ぼくらが。

 忍びとは結果がすべてだなんて、一年のころから飽きるほど聞いてきた。今までそれは、ぼくらに有利に働く言葉だった。長期休みの宿題を写したって、どれだけたくさんの人を巻き込んで騒動を起こしたって、きちんと解決できれば、忍びとは結果がすべてだからと、苦笑しながら頭を撫でてもらえた。けれど。

 ――――――お前たちが、この忍者を殺した。結果はそれだけだ。

 過程は関係ない。それがすべてなのだと。

 忍びのおきては、言い訳を許さない、ひどく冷徹なおきてなのだと知った。


「この男は不相応なほど秘密を知りすぎていた。どのみち私たちが処分しなければならなかっただろう。よくやったな。」


 それは、優しさなのだろう。ならばいいかなどと、そう思えるものなど一人もいないことに気づいた上で、それでも少しでも気に病まないようにという。
 ぼくらは確かに、間違ったことはしていないのだと。
 だから、「殺す」ということに、忍びとして恐れを抱かないように。
 合わせていた手をゆっくりと剥がすと、みんなも同じように顔を上げていた。たぶん、ぼくもみんなと同じような表情を浮かべている。

 ―――まるで、この世の絶望を知ったかのような。


「死体の処分の仕方を教える。ついてくるように。」


 そういって男を男を背負った先生に、ついていこうとするものは誰もいない。
 先生は、草を掻き分けどんどん先に行ってしまう。けれど、まるで根がはったように、ここから動けない。

(どう、したら)


「―――行こう。」


 口を開いたのは、虎若だった。


「ぼくたちは、最後まで責任を持って、『世話』をしなければならない。」


 先年卒業した生物委員長の口癖になぞらえた言葉は、ひどく重くのしかかった。
 けれど、そう、確かに。
 ぼくらは最後まで、『責任』を持たなければならない。


「行くぞ、は組。」


『おう。』


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