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▼ そのとなりの席に誰がいたの

 わからないところがあると言ってハチが兵助を訪ねてきて、そろそろ四半刻だ。
 一緒に来た雷蔵と三郎と話しながらちらりと横を見るとどうやら終わったようで、ハチがため息をつきながら足を崩している。


「ハチ、そんな畏まらなくても良かったんだぞ?先生の前じゃないんだから。」

「ああいや、癖で。」

「くせ?」


 二人の話に割り込んだおれは首を傾げる。あまりハチらしくない癖だ。確かにハチは見た目に合わずかなり礼儀正しい方だけど、それにしたってここに先生はいないのだから。


「や、いままではよく七松先輩に教えてもらってたから、さ。」


 どうしても気を張ってることが多くて、そういうハチの言葉に、ああ、と納得したようにうなずいたのは雷蔵だ。ハチって前は一夜漬け派だったから、テスト前とか七松先輩の部屋に泊まりこんでたもんねえ、とくすくす笑う。


「いやー、あの時はめっちゃ怒られたなあ。毎日宿題やっとけばこんな事態になるはずないだろう!って無茶言うなって話だよなあ。」

「あの方は勉強できるくせにやらない方だからな。でもまあハチが七松先輩にしかられたせいでハチが落第せずにすんだのだから、その点では七松先輩に感謝だな。」


 俺の知らないことを話す、その話題の中心は、けれど間違いなく最近急速に仲良くなったあの先輩だった。



 *




「七松先輩。」

「おお、勘右衛門。来たか。」


 まあ座れ、と対面を示される。勉強を教えて欲しいと言う名目で来ているけれど、悲しいかな、仮にもい組なので、特に聞くこともなく、毎回各々の課題を黙々とこなすだけだ。けれどそれで満足していた。同じ空間を共有しているだけで楽しかったし、机に向かっている姿は普段「暴君」を見ているだけではわからないさまざまな一面を見れて嬉しかった。
 そう、たとえば、彼は机に向かって座る時、真ん中に座らずに端に座る。「暴君」らしくないどこかかわいらしいその癖を、知っているのは自分だけであると、つい先日まで優越感に浸っていた。
 けれど、

(ねえ、そのとなりには、)

 ハチの話を聞いてしまった今は、そんなこと思えなかった。ただ、どす黒い疎ましい感情が渦巻く。
 七松先輩もハチも、もう相手のことをなんとも思ってないことくらい知っている。そもそも、あのふたりが関係を持っていた当時ですら、その関係は情人というよりは仲のいい先輩後輩関係の延長だったと、そうハチは言っていた。そんなだったから後腐れもなく、今もふたりは先輩後輩として仲がいいのだと。おれはそう思っていたし、それは間違いではないのだと今でも思っている。
 それでも。

(それでも、ハチ。お前と七松先輩が、確かにお互いを特別な存在だと認識していたことも、事実なんだろう。)

 お互いに色濃く残る、かつてのひとの名残に、おれはひとりこれからも苛まれ続けるのだ。



 




こへ勘へのお題:背中にかくした素直な声/(そのとなりの席に誰がいたの)/鍵盤の上をあるくような http://shindanmaker.com/122300

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