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▼ 不破先輩と二年は組の男の子。

 ううん、とうなり声をこぼして、不破雷蔵は道端の手ごろな岩に腰掛けた。みたらしにするか、あんこにするか。茶屋に入ることもできずに道を挟んだ向かいに座り込んで悩んでいると、どちらも食べたくないような気がしてくるから不思議だ。しかし何か甘味が食べたくて裏山にある峠の茶屋まで出てきた以上、このまま帰るのもなんだか惜しい。どうしたものか、と上を見上げると、夏の初めの柔らかな色味の空が広がっている。太陽は残った雪を溶かそうといわんばかりに毎日がんばっていて、暖かく居心地のいい日が続いている。ああ、でもこのまま眠ったらさすがに風邪を引いてしまうかもしれない。今日は三郎がお遣いでいなかったから一人で来たけれど、どうせなら八左ヱ門あたりでも誘えばよかったかもしれない。不ああ、とあくびをしながら思っていると、不意に後ろの茂みから、がさり、という音とともに「あー。」という間延びした声が聞こえた。
 後ろに回られている、という状況に瞬時に張り詰めながら飛びのいて振りかえる。すると、しばらくがさがさと茂みが揺れたかと思うと、ぴょこり、灰色の髪が飛び出した。


「不破雷蔵先輩なんだなあ。」

「……時友くん?」


 パペットのようなぱかりと開いた特徴的な口に、ぼんやりとした、どこを見ているのかよくわからない目。よく次屋三之助や七松小平太を追いかけているような印象のある、二年生だ。


「どうしたの、迷子?」

「次屋先輩が迷子になってしまったので、捜索中なんだなあ。」

「今日も委員会なの?休みの日なのに?」

「体育委員会は招集があったので、今日もいけどんマラソンなんだなあ。不破先輩は、お出かけですかあ?」

「はは、そうなんだけどね……」


 甘いものが食べたくて出てきたのだけれど、何を食べようか迷ってしまって、なんて情けないことを言えるはずもない。けれど雷蔵のうわさは有名なのか、迷い癖ですかあ?とぽやんとした声で聞かれて、もう苦笑するしかない。


「そうなんだ。甘いものが食べたくて出てきたんだけど、だんだん団子って気分でもなくなってきてね。時友くんは、何かお勧めある?」


 何かいい答えが返ってくると期待したわけではない。ただ、問いかけに答えるために膝をかがめて、自分たちよりも明るい色の頭巾についた葉をつまんだ、ついでのようなものだった。だが、目の前の子供は、それならいいものを知っているんだなあ、とぱかりと口を開いた。


「え?」

「不破先輩にだけ、特別に教えるんだなあ。七松先輩にも、滝夜叉丸せんぱいにも、次屋先輩にも教えていない、秘密の場所なんだなあ。」


 こっち、と手を引かれて、がさがさと茂みを掻き分ける。惹かれるがままに獣道ですらない道を歩く雷蔵は、遠慮する機会を逸して困惑したものの、特に急ぐ用事があるわけでもなし、あそこで悩みつづけるよりはいいだろうと、一瞬込めた腕の力を抜いた。そうすれば方々にはねた髪を揺らして振り返り、ふんわりと笑うものだから、雷蔵は目を見開いた。飛び出している小枝やなんかを払う仕草も様になっているし、七松先輩の教育はすさまじいな、と内心苦笑いした。それとも、この子自身が外見に似合わず人の機微に鋭いのか。どちらなのだろう、と気になってしまった時点で、雷蔵の癖が出てしまったようなものだ。ううん、と唸ったところで、不破せんぱあい?という呼び声がかかった。


「あ、ああ。なに?」

「これですよ〜」

「これは……桑の実?」

「なんだなあ。」


 つやつやとした、小さな粒が集まったような実は、忍術学園の裏山ではそれほど珍しいわけではない。ただ、この実がこんな風に色づくのは、もう少し先のはずである。


「ずいぶん早く熟しているんだね。」

「去年、ぼくが見つけたんだなあ。他のところが食べれなくても、ここだけは早く食べられるようになるんだなあ。」

「へえ。すごいねえ。」


 日当たりがいいからだろうな、と比較的開けたそこを見渡していると、四郎兵衛はひょいと軽く飛んで、器用にいくつかの実をとる。


「どうぞなんだなあ。」

「え、いいの?」

「とくべつ、なんだなあ。」


 なぜか、とてもうれしそうにその言葉を口にするものだから、思わずその形のいい頭を撫でると、その子供はふにゃりと、とろけるように笑った。

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