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▼ 窮屈なスニーカー

 終礼のときに配られた体力測定の用紙を見ながら会計室に向かっていると、体温の高い何かにのしかかられた。


「…団蔵、どけ」

「左吉、タイム見せて!」


 聞いちゃいねぇ。あほのは組は相変わらず人の話を聞かない。


「…ほら」

「んー、どれどれ…?あーくっそまた負けてる!」

「元々男女の差があるんだから仕方ないだろ。」


 下りろ、と首に巻き付いた手をたたくと、いつのまにか馴染みきった体温がなくなる。はっきり言って慣れたくはなかったが、何度言っても聞かないのだから仕方ない。感触は意識しないことにしている。どんなにがさつだって、仮にも女だというのにこいつは。


「男女差とかに逃げたくねーの!負けは負け!くっそ来年転べ!」

「うるさい、離れろ」


 言ってること矛盾だらけだぞ、とか言う気すら起きない。潔いのかなんなのか。どうせ来年ほんとに転んだら怒るくせに。
 なんだかんだで小学校からの腐れ縁になるこいつは、毎年俺に50メートル走のタイムの勝負を挑んできていた。小さい頃は運動神経がやたらいいこいつに負けっぱなしだったが、ここ数年は明確に男女差というものが現れているような気がする。それが団蔵は悔しいらしいけれど、正直言って勘弁してほしい。


「ああ、いた。団蔵、左吉!」

「田村先輩」

「これを会計室まで持って行ってくれ。ぼくは左門を探してくる。」

「はーい」


 田村先輩の横に積まれた段ボール箱3つ、帳簿が入っているだろうそれを迷うことなく団蔵が2つ持って、残りのひとつをぼくが持つ。普通逆じゃないのか、とは思うけれど、一つですらずっしりくるそれを軽々二つ持つのはいつも団蔵だった。計算はともかく、10キロそろばんの取り回しも団蔵のほうが上手い。
 団蔵は体の使い方が上手いんだ、と以前潮江先輩がこぼしていた。


『最小の力で最大の効果を発揮できる。筋力がない分、バネやなんかで補っているんだろう。』


 昔から鍛えているからだろうな、と感心したふうに言っていた。確かに団蔵は、昔からスポーツクラブに入ったり家の手伝いをしていたりした。だからその分、男女差と言うだけで負けるのがいやなのだろうけど。

(もっと、望んでほしいのに。)

 団蔵は、成長を見ようともしてくれない。ダンボールはずっしりくるけどふたつ持てるし、昔は負けていた身長だってもう追い抜いてしまった。いま履いているスニーカーだってこの春に変えたばかりなのにもうきつい。
 だから、もう、


「団蔵。」

「ん?」

「それ貸して。持ってくから。」

「…は、」



 それ、と指したのは団蔵が持っている上のダンボール。ダメ元ではあった。たぶん渡してくれないだろうなあ、と思いながら、けどこうでもしないと団蔵はぼくを見てくれないから。


「左吉がこんなん持てる訳ないだろ!」

「やってみないとわからないだろ。」

「いいや、わかる!お前みたいななよっちいのに持ってもらうのなんかやだね!」


 ほら、やっぱり。
 団蔵は、全然を認めてくれない。
 確かにぼくは運動よりも勉強の方が得意だし、潮江先輩に比べたら全然なよっちいけど。
 だけど、団蔵に負けたくなくて頑張ったことを団蔵が認めてくれないのは、ひどく悔しい。


「なら、どうしたらいいんだよ。」

「はぁ?」

「なぁ、どうしたらお前は僕を認めてくれるんだ。」


 ぱちり、まんまるな瞳が瞬いた。思わぬことを言われた、と言わんばかりのきょとんとしたさまに、今更居心地が悪くなる。


「ふーん、なるほど、左吉がねぇ。」


 さっきと打って変わってしたり顔で笑う団蔵に心の底から前言を撤回したい。くそ、こいつ色気づきやがって。ひっそり悪態をついていると、突然腕にすごい負荷がかかった。


「うわっ?!」

「ほら、よろけんな!」


 足の上に段ボールを落とすという悲劇を回避して顔を上げれば、腕に段ボールがふたつ追加されていた。その向こうでは腕を組んだ団蔵が笑っている。


「それ会計室まで運んで息切らさなかったら最低ラインな。認められたかったら鍛えろよ。俺の理想はたけーぞ?」


 ああ、もう。
 まったくもって勝てる気がしない。
ニヤニヤと笑いながらのし掛かってくる団蔵に、はあ、とため息をつく。


「お前には一生勝てない気がするよ。」

「なんだよ、降参か?」

「はいはい、降参です。だから降りて。」


 さすがにこれは歩けない。
 せめて、この窮屈なスニーカーを新調するころには、すこしは勝てるといいと思うぼくは、大概毒されている。




左団へのお題:もっと望んでほしいのに/「はいはい、降参です」/窮屈なスニーカー http://shindanmaker.com/122300


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