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▼ 鍵盤が叩きならすおしまい

「――なんですって?」


 大きな体を縮こまらせて申し訳なさそうに佇むさまは、周りのことをあまり気にしない彼にしては珍しいな、と思った。


「えっと…。親とケンカしたんで、一晩泊めてください…」

「…はぁ」


 これ見よがしにため息をついてやると、少し怯えて一歩下がった。

 何を考えているんだあなたは。後先考えずに家出などして。
 説教してやりたいのは山々だが、それよりも今は窓を開けているのが寒い。ここで追い返しても寝覚めが悪いと、とりあえず招き入れることにした。


「おーありがとな。助かる」

「まったく…。僕が追い出したらどうなさるつもりだったんです?」

「あー…考えてなかったな。多分金田んちにでも行ってたんじゃないか?」

「……やめてあげなさい」


 こんなやつでも金田にとっては憧れの先輩であり目標なのだ。それが家出してきたから泊めろなどと押し掛けてきた日には、翌日の彼のメンタルはボロボロだ。それは好ましくない。
 だと言うのにこのバカ澤は、なぜやめろと言われたのかわからずキョトンとした後、切り替えたのかまあでも、と呟いた。


「断られると思ってなかったしな。実際泊めてくれたし」


 いい奴だよなぁ、とわざとらしく肩を組んでこようとする手を、バシリと払いのけた。


「図々しい」

「あ、悪い」

「…座っていなさい。お茶を持ってきます」


 はいよー、と返事をしてラグの上に座ったであろう赤澤を、見もせずに簡易キッチンに入り薬缶を火にかける。紅茶の缶を棚から取り出し、蓋を開けたところで、ツンとした香りに顔をしかめた。
 紅茶に含まれるカフェインには覚醒効果がある。こんな時間にはむしろリラックスできるハーブティーが最適だ。いつもなら時間や気分に合わせて無意識に選択できるのに、なぜ今日に限って。もしやこれは目を醒ませという神の思し召しか。バカバカしい、と声にして、けれど棚に戻しはせずに茶葉を掬う。
 この感情は罪である。自分にとって馴染みの深い聖書では、ソドムの町は硫黄と火によって滅ぼされた。おそらく、自分にも相応の罰が下る。認めなければいいのに、認めざるを得ないほど膨れ上がってしまった想いは、もうごまかしが効かない。認めなければ、この感情を身の内に秘めていることすらできなかった。

(だから、このままで)

 自分は罰を受けるから、このままで。そんな風に願っているというのに、彼は人の気持ちを知りもしないでバカばかりやる。

 それが、どれだけ僕の心臓を揺らしていると思うの。


「観月ー?やかん」


 す、とうしろから浅黒い手がのびてきて、同時に聞こえる低い声に背筋がぞわりとする。


「どうした?ぼーっとして」


 お前らしくねーな、と笑ってくせっ毛をくしゃりと潰す、その節くれ立った手を取った。


「…赤澤、」


 ああ、目を醒ませ。











title by まばたき

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