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▼ PIANISSIMO

 細身でピンクの薄いラインが入ったそれは、また未発達の小さい手に気持ち悪いほどよく似合った。


「…くせぇ」

「え?なんですか亜久津先輩」

「甘ったるい匂いさしてんじゃねぇよ」

「亜久津先輩のが重いだけですよ〜」


 じりじりと燃えていく先端を携帯灰皿に落としつつ、ぷぅと頬を膨らませる。
 その手元と口元のアンバランスさに、少しずつ慣れてきた自分が怖い。
 いつもはペラペラと絶え間なく何かを話す唇に、白い筒をくわえる。すぅ、と吸って、唇を開くと、するすると口の端から紫煙が零れ落ちる。ふ、と虚空に向けて息を吐けば、白い煙がくるくると渦巻いた。
 太一がその身に纏わせる紫煙は、ほとんどありもしないタールを覆い隠すように、鼻にくるメンソールと甘ったるい香りを周囲に振り撒く。


「そんなもん煙草じゃねーよ」


 言い捨てるようにすれば、困ったように笑っただけだった。その大人びたような微笑みが、また己を苛つかせた。

 コーラルピンクのパッケージのその煙草は、一度寝た女が隣で吸っていたことがあった。そのとき、そのフィルターにはうっすらとパールピンクの口紅がついていたはずだ。
 太一の吸っているフィルターにはそれはない。当たり前だ。こいつは口紅なんかもちろんしないし、それどころかリップすら塗らないから、唇なんか荒れっぱなしだ。
 けれど、ときどき。
 うすく円を描いた薄紅を、さがしてしまうことがある。
 ただ、そうただ。


「…おい、落ちるぞ」

「え…、ああ〜!」


 まだほとんど吸ってないのに、とぼやきながら半分以下になったそれを捻り消して、もう一本、真っ白い筒をくわえる。


「――あ、そうです」


 習慣のようにゴツいジッポを差し出された手に落とそうとしたところで、声が上がる。
 引っ込んだ子供の手は自分のポケットをごそごそと探ると、安っぽい空色のライターを取り出した。


「…んだそれ」

「百均で買ったです。いつまでも亜久津先輩のジッポにお世話になるわけにもいきませんし」


 滑らかなコーラルピンクの箱の上に置かれた安っぽいプラスチックは、ひどく浮いていた。


「…似合わねぇ」

「え?」


 似合ってない、なにもかも。
 荒れた唇も、小さな指先に捕えられた細長いそれも、自分の紫煙に混ざる甘ったるい香りも。
 なにもかもバラバラなこいつの華奢な指先に薄紅をさがすのは、前の女を引きずっているからじゃない。

 ただ、その薄紅さえあれば。
 この思いが、正当化されるような気がしただけだった。



 PIANISSIMO






紫煙様に提出

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