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▼ キスじゃ死ねません

 久し振りの休日に日吉の家を訪えば、眠っている、そう告げられた。


「起こしましょうか?」

「いえ、連絡もせずに来たのはこちらですから。…待たせてもらっても?」

「ええ、構いませんよ」


 いつ訪ねても目を細めて笑っている日吉の母に通されたのは、いつもの二階の部屋ではなく、離れの庭に面した風通しのいい部屋だった。道場に通う弟子を泊めるためだという、さほど広くはない畳敷きの部屋の真ん中に、こちらに背を向けて日吉が眠っている。
 少し離れたところに置かれた、ゆっくりと首を振る扇風機以外は何もない。障子戸と窓が開け放たれた向こうには小さいながらも綺麗に手入れされた庭が見え、ぬるい風が吹き込んで風鈴が澄んだ音を立てる。
少し浮世離れした穏やかな情景は、いつかの古い時代に迷い込んだかのような、懐かしさを感じさせた。


「――日吉」


 足音を立てないように彼の正面に回り込んで、試しに小さな声で呼び掛けてみる。返事はない。日吉がこれほど近寄っても気づかないほどとは、よっぽど疲れているのだろうか。


「あちぃ…」


 いくら風通しがいいとはいえ、真夏日を越えた気温では何もしていなくても汗ばむほどだ。クーラーをつけてもらってもいいのだが、冷房にあたりすぎると関節が痛くなるんです、不本意そうに言った顔を思い出せばそうするのは憚られた。
 投げ出されたむきだしの腕を見て、そういえばあのときの日吉は、片方のてのひらで、手首を包むように握っていたことを思い出した。
 浮かんだ衝動のままに、あまり日焼けしていない腕へ手を伸ばせば、その腕は思ったよりも冷たい。俺の手が熱いというのもあるかもしれないが、風にあたり続けたせい、というのが大きいのか。それでもその肌は、しずくとして伝うほどではないが、しっとりと汗ばんでいる。
 その感覚は、ふと彼が乱れている、その最中を思い起こさせた。
 触れればひんやりと冷たい。けれど、その薄皮の下はひどくあつく、むしろこちらが火傷をしてしまいそうなほど。


「若、」


 ああ、だめだ。ここはいくら離れとはいえ、日吉の家。いつ誰がくるともわからない、そんな状況だというのに。


「…あ、とべ、さ…?」


 この暑い中、しかも変な時間に寝ていたせいでうまく力が入らないのか、すこしぎこちない動きの腕がこちらへと向かう。それを途中でパシリと止めて、そのままあお向けにする。


「んっ…」


 くちゅり、音を立てて入り込めば。
(あっつ…)

 ほんとうに、やけどしそうだ。




 キスじゃ死ねません





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