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▼ 遠霞

『でさでさ、うちの担任が…』

「おん、…ははっ、そらよかったやん」


 電気を落とした暗い部屋で岳人からの電話を受けた。
 布団に潜り込んだ状態で、家族に迷惑をかけないようにいつもより声を低めて話す。
 なぜかなにもやりたくなくて、しかたなく床に就いたのだけど、眠れなくて困っていたのだ。同じようにいつもより低い声は、向こうも同じ状態であることを示している。お互い布団の中で丸くなってまで、何をやっているのだか。

 薄暗闇を見つめながらゆるゆるといつもよりゆっくり言葉を選ぶ。耳に宛てているケータイを持っている感覚が薄い。だんだんと眠くなってきたようで、まぶたをあげているのがもう億劫だ。


『ゆうし、ねむいの?』

「んー…、わかる?」

『わかる。眠い声してる』

「眠い声て」


 ああでもたしかにいつもよりざらざらした声をしているかもしれない。そう言われるとますます眠くなってくるから不思議だ。


「ほんなら…、ねようかなぁ…」

『寝ろ。オレも眠くなってきたし』


 ふぁぁ、と噛み殺す気もない大あくびまで聞こえた。ふっ、と思わず笑いをもらすと、人のこといえねーくせに、と言われた。


『すぐにあくび出るぞ』

「大丈夫やよ、俺天才やもん」

『あっそ』

「ちょ、さみしいから流さんといて」

『うざ。んじゃおやすみ』

「おん。おやすみ〜…」


 言葉の語尾を溶かすように出た小さなあくびに向こうからくつくつと笑う声が聞こえた。生理現象なのだから仕方ないのだが、言われた通りになったことが妙に恥ずかしくて、何か言われないうちに電話を切る。
 ふあ、とあくびをもらして仰向けになる。恥ずかしさから少しの間どこかに行っていた眠気はさっきまでの会話を反芻しているうちに再び忍んできた。くつくつ、心地いい笑い声が聞こえた。




遠霞





title by まばたき


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