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▼ ドロップをしのばせて君に贈るよ

アニプリ#71『デートだ!』前提






 そういえば、という切り口で始めた話には何の意図もなかった。

 なんかよくわかんないけどストテニに連れてかれてさ。
なんでだか不動峰の伊武さんとペア組んで、桃先輩と神尾さんペアとダブルスをすることになってさ。で、少し危なかったかも。やっぱりダブルスって苦手。

 だいたいそんなニュアンスの話をしてて、喉が渇いたと目の前にあった湯呑みを取ろうとした、その左手を大きな手に掴まれた。


「…なに?」

「負けたのか」

「はあ?負けるわけないじゃん、俺が」

「ならいい」


 する、と呆気なく放されたそれが気に入らなくて、逆にその手を掴んで、ねぇ、と挑発的に口を開く。


「もう少しダブルス頑張れって言いたいわけ?」

「…そうは言ってない」

「じゃあなに?」


 にやり、笑って問い返すと、いつもの仏頂面に1、2本皺が加わって、じっとこちらを見る。いつものこと、と笑ったまま視線を逸らさずにいると、はぁ、とため息をひとつ。


「…何を言わせたい」

「別に。ただ珍しく変なこと聞いてきたくせに勝手に納得してるから気に入らないだけ」


 パ、と掴んでいた手を放して拗ねたようにそっぽをむく。せいぜい困れ。
 何かを迷うように口許に手をやったのが目の端に見えて、珍しい、と思っていると唐突に左腕をぐい、と引かれた。


「う、わ!」


 完全に不意打ちだったせいで、胡座をかいた筋肉質な足の上に倒れ込む。
 抗議しようと顔を上げると、いつも以上に難しい表情が目の前にあった。


「なに、」

「負けることは許さない」


 手を外そうとしてもびくともしない。いくら自分が鍛えていると言ったって、悲しいかな、体格の差はどうしようもない。
 早々に諦めて左手首を掴まれたまま身体を起こし、何の話、とふて腐れて聞くと、おまえは、と言って無理矢理視線を合わせられた。


「お前は俺とお前の父親以外、ほぼ負けなしだろう」

「まあ、ね」

「だからだ」

「はあ?」


 何がだから、なのか。全く話が読めずに首を傾げると、掴まれたままの左手の甲に、そっと口唇が押し当てられた。


「部長、なにすっ…、」

「越前」


 宥めるように名前を呼ぶその乾いた口唇はまだ微かに自分の皮膚に触れていて、それが地味にこそばゆい。離せ、という意図をこめて睨みつければ、見たことない感情を浮かべた飴色とかちあった。

(え……?)

 この色、は。


「この左手が負けていいのは、俺だけだ。」
 他の者に負けるなど、許さない。


「…は、」


 なんだ、それ。
 まさか、これが、このひとの独占欲だとでもいうのか。
 鉄面皮の代名詞のような、あの手塚国光が。

 そう思ったらなんだか面白くなってクスクスと笑えば、ぐっと険しくなった視線が向けられた。


「まだまだだね」

「なに?」

「俺は負けないよ、誰にも」


 もちろん、あんたにもね。
 笑って言えば、ふ、とわずかに口許が吊り上がって、ならばいい、そう言われた。




ドロップをしのばせて君に
贈るよ





title by アメジスト少年

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