◎ ロマンチストはだあれ?
電気を消してもまだ部屋の中が明るくて、不思議に思ってまだレースカーテンしか閉められていない窓の外を見る。
そうすれば、薄く透けた向こう側にぽっかりと月が浮かんでいた。
「うわぁ…」
網戸が濡れているから少し雨が降ったのかもしれない。けれど、それも今は上がって、光が強すぎて少し緑がかって見える夜空に、雲を纏うこともなく円に近い薄い黄色のそれはまさしく君臨している。
「今日って…満月やったっけ?」
普段は月を見るなんて風流なことはしないから当然月齢なんてわからないのだけど、こんな見事な月を目の前にしたら気になってしまった。それに、満月だと思い込んで、後からそうではないとわかったらあの嫌みなヤツに何を言われるかわからない。いや、現実的に考えれば東京にいるあいつにわかるわけないのだが、なにもかも見透かしてしまいそうな目には実際秘密にしておいたことが悉くバレるのだから安心できない。
「…あ、せや!」
これこそあいつに聞いてみればいい。あんな見た目のくせに妙にロマンチストなあいつなら、その辺詳しそうだ。イメージだが。
アドレス帳のふたつ並んだ苗字の、下の名前を押して耳に当てる。以前女の癖にフルネーム登録はないわ、と言われて喧嘩になったことをふと思い出して、少し笑った。
『…もしもし?』
「ハロー、侑士」
『ハローっちゅう時間やないやろ』
呆れたような声を出す侑士に、まあまあと返す。「どないしたん?」という、電話越しだとことさら落ち着いて聞こえるおっとりした声が、実は好きだ。あの目がないからというのもあるのだろうか。何を話しても丁寧に聞いてくれる、という安心感はたぶんこの優しい声から来るのだ。
「ねえ、今日って満月なん?」
『…は?』
一瞬の唖然とした声の後、くつくつと小さく笑う声がする。なんや感じ悪い、とぼやけば、せやかて、と喉を震わせたまま続けた。
『知らんかったん?今日、十五夜やよ』
「え、そうなん?」
『テレビだのなんだので散々特集やってたで』
「へー、知らんかったわ」
そういわれると、なんだかいつもより明るいのも分かる気がする。
いや、そんなことはないのかもしれない。月の光はいつだって平等だ。ただ、今日という日が少し、そう、
雨上がりのきれいな空気だとか、そんなものを使って、演出してくれてるだけで。
「なあ、侑士」
「なん?」
「今日の月、いつもよりきれいに見える気せぇへん?」
「あー、せやなあ…」
しゅるり、衣擦れの音。ああ、やはりもう布団の中にいたのか。それはそうだ、そもそも私も寝ようとしていたのだから。時計を見ればいつもなら夢の中にいるだろう時刻を指している。それを自覚したとたん、ゆるり、睡魔が忍び寄ってくる。
「ああ、ほんまや。月が、綺麗やな」
ことさらに、大切にいわれたような気がする声音は、私を闇へと優しくいざなう。腕を下ろせばレース越しのやわらかな月の光がまた心地よくて、ねむい、そういえば、おやすみ、とささやかれたような気がした。
*
「昨夜の東京は残念ながら雨が降り続けましたが、今日は一日晴れの予報です」
そういったお天気お姉さんに、驚いてリモコンを取り落としかけた。
昨日の東京は、雨?だって、あいつは。
じゃあ、月を見ていなかった?
「…なんや」
『特別』だったのは、私だけか。
それにしてもあいつは痛々しい。私に合わせて、月が綺麗だの恥ずかしいことを言うだなんて、ロマンチストもいい加減にして欲しいものだ。
「…ん?」
つき、が、きれい?
ふ、と。あまりにも有名な愛の言葉が思い浮かんだ。
「…まさか、ね」
まさか、そう、あり得ない。
なら、この火照る頬はなんだというのか。
まったくもって、ロマンチストは恐ろしい。
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