◎ てのひらではじけた、
きゃいきゃいと楽しそうな喧騒は、ロビーの方から聞こえた。
下手をしたら学校よりも真面目に勉強している生徒の方が多いだろうここは、けれどわずかな休み時間はロビーに来てしゃべる生徒がまだ多い。教室に残って勉強していた知り合いの生徒は、宿題が終わってないんですと苦笑していた。
(じゃあさっきの子もそうか)
蛍光灯を一列だけつけて頬杖をついていた少女。片腕はシャーペンを握っていたが、動いてはいなかった。あんな調子で間に合うのだろうかという疑問が首をもたげるが、大きなお世話かと思い直す。
自分が彼らくらいのときは放課後を全てテニスに充てていたものだから、生徒たちを見てもどこか自分とは考え方が違うような気がしてならない。
放課後まで勉強するとか考えられんな、と思いながら騒がしいロビーに入る。
「あ、赤澤さーん、こんちはー」
「もうこんばんはじゃないのか、それ」
「ははっ、バーカ」
よく話しかけてくる少年たちに近寄って、ソファーに腰を下ろす。
近所のコンビニで誰々せんせーがお菓子大量買いしてただとか、なにそれキモいマジやめてくれだとか、どうでもいい話でぐだぐだと笑う。
まあこういうところは流石に俺らと変わらないな、と思いながら年の離れたら友人たちと笑った。
*
塾の清掃バイトになった、と言えば、観月はそりゃあもう苦々しい顔をした。
「……………できるんですか、あなたに」
「できるんじゃねーの、そんくらい」
「中高時代の部室の惨状を自分の胸に聞いてからおっしゃいなさい」
ぴしゃりと呆れたように言われたものだが、始めて数ヶ月たった今もクビにされる気配はない。
そもそも掃除ができないのとしようとしないのは別だ。面倒だからしようとしないのであって、仕事としてあるのだったらきちんと出来るのだ。
と、机の中に入れていた手が何かにぶつかる。
「なに…」
ひとつ、ふたつ、みっつ。
バラバラと床の上に落ちたのは、分解された可愛らしいシャーペンらしき部品だった。
「なんだこりゃ?」
見よう見まねで部品を嵌めていけば、まったく問題なく動くようになった。直せなくなったのか、と考えて元のように机の中に放り込む。
その後は下手な鼻歌まで出てしまったほど、自分はいいことをしたつもりだったのだけど。
それに関して、ある意味観月よりも激しく罵倒されたのは、次の日、いつものようにロビーに向かっているときだった。
*
「…あれ、」
昨日の。
昨日と同じ教室で、昨日とは違って俯いている少女に呟きを漏らした。ひとりごととすら意識していなかったそれは、けれどその少女以外いない教室では聞こえてしまったらしい。顔を上げてこちらを見た少女は、掃除のひと、と小さく口にすると、突然音を立てて席を立った。
「あなたね!」
「…は?」
「これ!直したのあなたでしょう!?」
握りしめた拳をつき出されて、反射的に仰け反る。その手に握られていたのは確かに昨日自分が直したシャーペンだったから、ああ、と頷く。
「やっぱり!なんで直したのよ!捨ててくれればよかったのに!!」
「いや、なんでって…まだ使えそうだったから…」
しどろもどろに言葉を選ぶ。自分だってバカじゃない。
この少女は何か俺が直したシャーペンに良からぬ思い出でもあったのか、とにかく昨日やったことは大きなお世話だったらしい。
「あんだけ分解しておけば普通捨てるでしょ?!仕事ちゃんとやんなさいよ!」
「あー…、なんか、ごめん」
「ごめんじゃないわよ!ふざけてるの!?」
「じゃあ…」
折ってやろうか。
苦し紛れにそう提案すれば、意表を突かれたかのように「…え?」とこぼした。
「だから、それ、折ってやろうか。こう、ボキッと」
ジェスチャー付きでそう問い直せば、力なく腕を下ろした。同時に俯いたことで、自分よりも短く切られた髪の下の、日に焼けたうなじが見えた。
「…やって」
「……いいのか?」
「いいから早く!」
ショートカットの髪が少しだけ揺れる。それに気づかない振りをして、ゆっくりと受け取ったそれを俯いた少女からも見える位置に下ろす。
大して力を加えるまでもなく、パステルピンクのプラスチックは破片を床に散らせた。
「…折れたぞ」
「…………」
「俺は箒とちり取り持ってくるから」
教室を出て、ロビーとは反対に歩き出す。どこに捨てるにも迷って、両手に持ったそれはカーゴパンツのポケットに入れた。
安っぽい掠れた音に、わからなくてわるい、と囁いた。
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