◎ きみのこと。
「おおいしぃー、カバン見ていい?」
「別にいいけど…」
おもしろくないと思うよ?という言葉は半ば無視して一発でテニス部とわかるラケットバッグを開ける。人のカバン見るのってやたら楽しいのだ。
ジッパーを開けて、一番に目につくのはやはりラケットだ。2本も3本も、いったい何に使うのやら。よくわかんないなぁ、と思いながらも慎重に1本引っ張り出す。
「うっわ、何これ」
「え、なんかあった?」
「…ゴキブリ」
「えぇ?!」
「うっそー」
わかりやすく本気で青ざめた大石に吹き出す。なかなかに気分がいい。
「心臓に悪いよ…」
「ほんとにカバンの中にゴキブリいたらもっと叫ぶっての」
「それもそうか」
苗字ならそのままラケバ放り投げそう、とヘラリという大石にうるさいと返す。失礼な。お前は私をなんだと思っているんだ。
「で、俺のラケバがどうかした?」
「んー…。このラケットさ、すごいボロボロだなって」
いや、ラケット自体は一見きれいだ。細かい傷は所々にあるものの、几帳面な大石らしくきちんと手入れされていると素人にもわかる。ただ、上の方の部分だけ、異常なほど塗装が削れて中の銀色がむき出しになっている。それが、なんでも物を丁寧に扱う大石らしくないな、と思った。
「ああ、ラケットヘッドっていうんだよ」
「へぇ。なんか桃城くんとかこんな感じっぽいけど、大石のラケットだとなんか変」
「変って」
あんまり言われないなぁ、と笑う大石は、ふと何かを思い出したのか少し怖い顔をして私の額を叩くふりをした。
「ていうかそれ桃に失礼」
「ごめんごめん。謝っといて」
「まあ実際そうだけど」
「やっぱり!じゃあ怒られる筋合いないじゃん」
「それもそうだな」
大石の話や購買やなんかで見かけたイメージ通りの桃城くんを思い出して笑うと、それに大石が変な顔をした。うん、思い出し笑いって気持ち悪いよね。
「まあ、3年も使ってれば多かれ少なかれそんな感じになるけどね、俺は特にひどいかな」
「へぇ?」
「ムーンボレーって技でラケット引きずるから」
「あぁ、あれ」
そういえば大石にはそんな技があったな、と記憶を探る。カラカラカラ、何度か聞いたその音と、いつもの柔和な雰囲気とは食い違う、真剣な表情がまぶたの裏に浮かんだ。
「じゃあこのラケットは、ずっと大石にいじめられてたわけか。かわいそうに」
「いじっ…!滅多なこと言わないでくれよ…」
少し落ち込んで言う大石は根っからのイイ人だよなぁ、と苦笑する。いじめてるなんて思っているはずもないのに、これだから大石と話すのは飽きない。
「…いいご主人を持ったね」
囁くように語りかけると、聞こえたのか大石の頬が赤くなった。それにまた笑って、ラケットを戻す。
「大石」
「な、なんだい?」
「心配なんて、しないから」
「は?」
「大石のこと知ってるから、心配なんてしない。だから、大丈夫だよ」
「…ああ」
このラケットは、大石のやってきたことをちゃんと知ってる。そして、私もその一部を教えてもらった。大丈夫。心配なんて、する必要はない。そうだよね。
きみのこと。お題:テニス部
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