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会えない間の連絡手段
忍術学園、と達筆にかかれている看板を見てから、いつも出入りをしている間口に手をかけた。この扉に触れたのも久しぶりだ。こまめに訪れているつもりだが、以前訪れたときは耳の割れるような蝉の声をずっと聞いていたような気がする。ああでもどうだろう、蝉よりうるさい奴がずっと隣にいたから、よく覚えていない。
とんとん、と二回拳を打ちつける。そうすれば案の定「はぁーい」と言う力の抜けた声が聞こえて、ニヤリと笑いながら塀の上に飛び乗る。
「はいはいどちらさま……あれ?」
きょろり、間口から顔だけ出して周りを見回す雀色の髪を、微笑ましさ半分、呆れ半分で見下ろす。このやりとりも何回目だろう。飽きもせずに同じことをする私も私だけれど、学習せずに毎度引っかかる彼も彼だ。
「小松田君、こっちこっち!」
「……あ!利吉さん!入門表にサインお願いしまーす!」
「……はいはい。」
まったく、怒るよりも何よりも先にそれか。苦笑しながら地面に降りれば、見慣れたバインダーを渡される。それにさらさらと名前を書けば、お久しぶりですね、と言われる。
「そうだね。ちょっと仕事が立て込んでて。」
「前いらっしゃったのは夏でしたっけ?」
「うん、夏休みの前に父上を迎えにきたのが最後かな。」
結局そのときは、いつものようには組の補習のせいで、父上は帰ることができなかったのだけど。
よく覚えていたな、とひそかに感心しながらバインダーを返せば、はい、と受け取ってちらりと確認し、すぐに胸に抱え込んでこちらを向いた。
「今日はいかがなさったんですか?また山田先生の奥さんの預かりものを?」
「いや、最近顔を出してなかったからね。近くに寄ったから顔を出しただけだよ。」
「あ、そうなんですかあ。は組のみんなとか喜ぶと思いますよ。利吉さんが最近来ないって寂しがってましたから〜。」
「へえ、それはうれしいな。」
言われてみればなんだかんだ言いながら学園にはよく顔を出していたから、ここまで期間を空けたことはなかったかもしれない。学園を訪れなくても任務先などで顔を合わせることも多かったから、心配してくれたのだろう。あそこまでお人好しなのは少し心配だけど、懐かれて悪い気はしない。
けれど、小松田君のどこか他人事のような言い方が少し引っかかって、少し意地悪を言ってみることにした。まあ、私の意地悪はたいてい小松田君には通じないのだけれど。
「小松田君は、心配してくれなかったの?」
「してませんよ?」
「……ふーん。」
「だって、山田先生にお手紙出してたでしょう。」
「……記名はしてなかったはずだけど。」
仕事が立て込んでいたとき、どうしても伝えておきたいことがあって、知り合いの忍者に手紙を届けてもらったことがある。けれど封には宛名は書いたが自分の名を記した覚えはない。まさか中を見たわけではないだろう。
「中みたの?」
「そんなことしませんよう!利吉さんの字ですもん、お預かりしたらすぐわかりました!」
えへへ、と嬉しそうに笑う彼に、目を見開く。たぶん、入門表や出門表によくサインをするからだろう、けれど。
「利吉さんのお手紙見てたから、僕は大丈夫でした!」
そんなことで安心してくれるなら、今度手紙を出すときは、ついでに彼への手紙も封じてみようか。
会えない間の連絡手段
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