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誕生日だろ
 

 忙しい、と言っていたのはよく覚えていた。
 橘の引退以降、部長として同級生や新入生を引っ張ってきた神尾は、引退はしたものの、元部長としてかり出されることが多いらしい。嬉しそうに報告してきた様子や、逆に、ストレスからか暴発したようにときどきこぼれ落ちる愚痴から察するに、部室やコートが新しくなるらしい。当然と言えば当然だろう。公立校でありながら、激戦区の東京で2年連続全国に出場を果たしているのだ。いつまでも手作り感あふれるコートを使わせておくわけにもいかないのだろう。その過程で学校側との話し合いなどで元部長として後輩を助けているらしい。氷帝のような私立と違ってきちんと受験もあるだろうに、大丈夫なのだろうか。いや、大丈夫ではないから「忙しい」のか。
 そう、とにかく、忙しいと思っていたから、たとえ神尾の誕生日には跡部は平日にも関わらず会いに行って、そのときに10月に期待している、などとプレッシャーをかけていたとしても、会えることはないと思っていた。週末は家がやってくれるパーティーや部活で会えないということは前もって伝えてあった。
 だから、ちらちらと携帯電話を気にしながらも、早く帰る意味はないと判断して、誕生日を祝ってくれるという忍足たちとともにファミレスに寄って、そこそこ遅くに帰宅した。そして玄関で、鞄を受け取ったミカエルに言われた言葉に、らしくもなく固まった。


「かわいらしいプレゼントが届いていますよ。」


 かわいらしい、というのは跡部に近い使用人の中で使われる隠語のようなものだった。後ろにつく言葉はその時々によって遊ぶように変化するが、その言葉が示すのは、時たま気まぐれに跡部を訪れる神尾のことだ。
 跡部との初対面でもわかるように、基本的に神尾は人見知りはせず、誰に対してもなれなれしい。ただ、一度敵だと認めた相手に対しての警戒心はかなり強いため、跡部には未だに妙にとげとげしいが、最初から優しく接してくれたであろう跡部家の使用人に対してはよく懐いていた。
 そして、使用人の側にしてみてもそれは同じらしく、良くも悪くも大人びてかわいげのない跡部と違って、男子中学生らしく少し生意気で、けれど年相応に素直でかわいげのある神尾は跡部とはまた別の次元で使用人のお気に入りらしく、たいていアポなしで気まぐれに訪れるくせに、ミカエルたちは喜んで受け入れて、跡部に報告する。けれど最近はそれもなく、雑談をしていたメイドの最近神尾君来ませんね、という言葉に対してしばらく来ないと返し、落ち込ませたばかりだというのに。


「ワゴンはいつも通りお部屋においてありますので。」

「ああ。ディナーは二人分を。」

「かしこまりました。」


 礼をするミカエルを背に、いつもより大股に歩みを進める。信じられないような、けれど事実なのだという半信半疑で気分は高揚する。
 声もかけずに扉を開けば、お気に入りのソファの上ではなく、その前のラグに座り込んで、ローテーブルに向かっている神尾がいた。


「あ、おかえり、あとべ。」

「……なにやってんだ?」

「受験勉強に決まってるだろ。なに突っ立ってんの?」


 普段馬鹿にされている鬱憤か、ここぞとばかりに呆れたような視線が癪だ。けれども今は、そのことについて言うより聞きたいことがある。


「おまえ、忙しいとか言ってなかったか。」

「忙しいぜ?だから勉強してんだろ。あとべんちのソファふっかふかだから寝そうになったけどなー。」

「寝んなって毎回言ってるだろ。つーかそうじゃなくて……、」

「だって誕生日だろ。」


 きょとん、と。なにを当たり前のことを言っているんだと言わんばかりに。けれど、そうじゃない。俺が言いたいのは、そういうことじゃなくて。
 10月に期待してる。跡部がそういったとき、日付は言わなかった。言わなかったのは忘れたわけではなく、試して、そして期待したからだ。神尾は日付を自分で調べ、そして祝ってくれるだろうかという。
 女々しいと自分でも思うけれど、跡部は、神尾が自分を思う気持ちに対して疑いを持っていた。神尾という存在は、跡部がかなり強引に手に入れたものだ。さんざん抵抗する神尾を宥めてすかして、跡部に丸め込まれるような形で神尾は跡部とつきあうことになった。だから、どうしても。
 未だにこの感情は、一方通行なのではないかと、心のどこかで疑っている。8月に、跡部が不動峰に押し掛けたものと同じほどの重さを、神尾が持っているとは思っていなくて。けれど、もしかしたらメールくらいは来るかもしれないと、携帯電話を気にしていたのだけど。


「誕生日くらい、忙しくても祝うよ。おめでとう。」



 誕生日だろ



happy birthday King in 1004!



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