学アリ夢

8

 本日はバレンタインである。とはいえ、引きこもりマンのわたしにはそこまで関係ないけれど。……ないはずだった。

「なんでみんなここいるの?」
「いや〜……なんでってなぁ……」
「僕はちゃんと伝達事項だよ?」
「俺もだ」
「とかいって岬先生便乗のくせに〜」

 いつになく、本当にいつになくわたしの病室が賑わっていた。もともと個室で、広いベッドにソファ、テーブルを完備した良いお部屋ではあるけれど、明良くん(そう呼ぶように言われたのでくん呼びに昇格した)、鳴海先生に岬先生、それから穏やかに紅茶の時間を楽しんでる秀一くんと昴くんの五人がいると少々いつもより狭く感じた。お散歩に付き合ってくれていた看護師さんは、事情を把握しているようでクスクスと笑ってそれじゃあまたね、と密かに明良くんにウィンクをして業務へと戻って行った。明良くん、看護師さんにも手ぇ出してるんかい。

「おかえり、しじま。紅茶を淹れようか」
「マジ? ゴチになります」
「え〜、櫻野くんの淹れる紅茶楽しみだなあ〜」
「貴様らには淹れん」
「差別だ」

 邪魔だと言わんばかりの対応をされているけれど、明良くんも鳴海先生も気にした様子はない。唯一気まずそうな岬先生の手を引いて、少々手狭だけれど昴くんと並んで座った。すぐに暖かい紅茶が差し出される。それと一緒に今日のお茶菓子も。いかにも女児の好きなかわいいロマンティックテイストな缶に入っているのは、クッキーの詰め合わせだ。たまにこうして良いお菓子を持ってきてくれるんだけど、だいたいが行平校長先生からのお見舞い品である。律儀〜。あれから何度かお邪魔しているけれど、初等部の生徒と触れ合うことがあまりない、と言ってたからこその愛でなんだと思う。愛でられて悪いことはないので、ありがたく享受する次第だ。

「……あ、そういえばバレンタイン、」
「バレンタインがどうした」
「えっ? ……あ、いや、なんも用意してないな、って……」

 食い気味の岬先生に答えると、なぜか急に険しくなった雰囲気のみんなが、ほー……と安堵していた。ええ、なに?

「そっか、しじまちゃんはアリス学園のバレンタインは初めてだったね」
「うん。去年もここにはいたにはいたんだけどねえ、へへ」

 ずっと寝たきりだったから、バレンタインもくそもなかったのである。今ではもうすっかり……とまでは言いきれないけれど、それなりに元気だ。この前寝込んで以来は熱も出してない。すごい進歩!

「アリス学園のバレンタインって物凄くてねー……」

 ぐったりと呟いたのは鳴海先生。同意するように明良くんが頷く。本気で昴くんは二人にはお茶も淹れてあげないみたいなので、たまにはわたしが! と紅茶を淹れてみる。火傷するなよ、と過保護な岬先生に見守られながら淹れたお茶はまあまあの出来だ。

「あっ、ありがとー。しじまちゃんは優しいね」
「どういたしまして」
「小学生に気を使わせるなよ」
「全くだ」

 基本的にみんな鳴海先生には厳しい。なんでもフェロモンの餌食になったことがあるらしい。特に同性だとそりゃあ嫌だわな。椅子がないので立ったままの鳴海先生は、ひとつ紅茶を飲んでから、それでね、と続ける。

「一部の女の子達が手段を選ばない日だからね」
「? ……あー、そういう」

 なるほど。アリスという摩訶不思議能力を使って、たとえば惚れ薬の類だとか、そういう便利グッズに頼ってしまう子がいるってことかな。

「そう! ご明察」
「中にはいたずらや復讐目当ての奴もいるからな」
「モテる奴とか恨みを買う奴ほど地獄のイベントだよなァ」
「こわぁ」

 学内にいたら本気の情報網が張り巡らされているから、どこにいても見つかる確率が高いらしい。だからみんな逃げてきてるのか。微妙にぐったりしてるのもそのせいみたいだ。まあ、ここにいる全員顔のいい人ばっかりだもんね。そりゃあモテるわ。秀一くんとか、瞬間移動のアリスを持っているんだし逃げることは可能だと思うけれど、一か八か口に放り込んでくる人とかもいるから危険度は高いらしい。

「避難場所にして悪い」
「ううん、なんもお構いできなくてごめんね。なんかお疲れさまです」

 そう言うと、少しだけ口元を緩めた昴くんが、そっと頭に触れてきた。

「ウワ、潜在系代表ヤラシー……あぶねっ」
「しじま、アイツとはそれなりに距離を置いておけ」
「ええ、あはは」

 囃し立てた明良くんは制裁されかけていた。明良くん、見るからに不真面目だし、真面目が服着て歩いてるタイプの秀一くんとか昴くんとはちょっと相性が良くないらしい。
 明良くんと鳴海先生はまあまあ恨みを買ってそうだ。言えないくらいヤバいのもあったと聞いたらひえー、と恐ろしくなった。セントラルタウンでの闇の薬売りさんとかもいるみたいだし。

「……来年はバレンタイン参加できるかなあ」

 怖いけど、ちょっと興味はある。主に闇の薬売りに。流石に他人に使う気はないけれど、どんなものがあるのかワクワクする。わたしでも買えるのかな? 買えたらいいなあ。
 来年のことを考えてソワソワするわたしに、それじゃあ、と秀一くんが声を上げた。

「しじま、来年は僕にチョコをくれるかい?」
「……うん! ちゃんと手作りするね!」
「おー、じゃあ俺にも頼むな、チビちゃん」
「……うん、まあ……」
「アレッ、乗り気じゃねぇの!?」
「昴くんに距離おけって言われたし……」
「素直か」

 素直だよ。ソワソワしていたから、色々と別のことを思い悩んでいたと思わせてしまったらしい。考えなしに口に出すからこうして気を使わせてしまう、とは理解しているものの、なかなか直すのって難しいよねえ。まあいいか。

「バレンタインに寂しいしじまちゃんには先輩がイイもんやるよ」
「いいもの?」

 ほら、と投げ渡されたものをキャッチ。……出来ずに落としかけて、岬先生が代わりに取ってくれた。どんくさ……と和むような視線がウザイ。岬先生以外全員追い出そうかな。

「? 茄子の箸置き」
「違う違う」

 岬先生の手の中のそれを見ると、茄子色の小さな箸置きみたいな形をしていた。……石? これがいいものなの?

「アリスストーンだ」
「アリスストーン?」
「ま、簡単に言やァ能力を石として出したものだな」
「へええ……」

 手に取ってみると、色の濃い部分や薄い部分があって、なかなかに綺麗だ。アリスストーン。

「相性があるから使うのは難しいかもしれねえけど、持ってて損ではねーよ」

 特に俺のはね、なんて言う明良くん。使うのは難しいらしいけど、『増幅』のアリスだ。めちゃくちゃ便利だろう。

「ありがとう、明良くん」
「どーいたしまして。早く大きくなれよー」
「うん、頑張る!」

 そしたらもっと仲良くしような! なんてハートマーク付きで言うから、今度こそ明良くんは天誅を食らっていた。わたしも流石にどうかと思う。


「アリスストーンって、みんな作れるの?」
「本人の実力に寄るが作れるな」
「昴くんも? 岬先生も?」
「ああ」
「みんな紫色なの?」
「色や形は個人の性格や個性が反映される」
「へええ〜! どんな色!?」
「しじまちゃん絶好調だねえ」
「いつになく元気なー」

 だってアリスストーン、興味深い! 他人のアリスを使えるようになるなんて、魔法の石だ。すごい! わたしのは何色なのかな? 作れるのかな? 作り方は? なんてはしゃいでいると、落ち着け、と昴くんに背中を宥められた。

「ふふ、そんなに気になるなら作ってみたらどうだい?」
「えっ、つくりたい! どうやって作るの?」
「落ち着け」

 ポンポン、と優しく背中を叩かれた。はい。
 手を組んで、精神統一。心に乱れがあると、上手くできないらしい。集中して、イメージを大事に、一定のアリスを流し出す感じだと言う。集中、集中、集中……。

「……あ、できた」
「おお、できたな」
「おー、初めての割には上出来じゃん」
「色も形も綺麗だね」
「えへへ、やったあ」

 ころん、と手の中に転がった、乳白色の小さな丸い石。明良くんのよりはちょっと小さいけれど、まんまるいそれはなかなかかわいくていい。やったあ、と手を上げるとパチパチと拍手をいただく。一番年下、幼女、病室の主ということもあり、褒めそやされている。

「うん、上手に出来てるね!」
「わあい」

 鳴海先生にも見せると花丸をいただけた。やったー。実力次第では、もう少し大きくするともできるそう。石の大きさで使えるアリスの量が決まるから、大きいのは大きいのでいいらしい。

「しじまちゃん、気分が悪いとかはない? ちょっと疲れるとか、眠気が増すとか」
「うん? ん〜……アリスいっぱい使うと、ちょっと眠くなる時はあるけど、今は大丈夫、です」

 手をグーパーしてみる。うん、特に違和感はない。そう言うと、鳴海先生は満点の笑顔になった。

「じゃあしじまちゃん、再来月の四月から、学校に通おうか」
「……へ?」

 突然の展開にええーっ! と驚いたけれど、みんな知ってたらしく驚いたのはわたしだけだった。早く言ってよ。まあ祝ってくれたので良しとする。

「それって退院ってこと? 家……じゃないか、寮に入れるの?」
「そうだね、まあまずは様子見からだけど、来月の終わりには寮に移る準備をしよう」
「おお〜!」

 たしかにここ最近は調子が良かった。というか、前世を取り戻してからは劇的だ。半年ほど経つけれど、日に日に健康体に近付いていっている。春が来たら、一週間の仮登校で様子を見て、それから大丈夫そうなら本格的に通い出すことになるらしい。やったー!

「あ、そうだこの石誰かいる?」
「切り替えが早いな」
「えへへ、特技かも」

 喜んでいたけれど、手の中にあるアリスストーンがちょっぴり邪魔で我に返った。落として割っちゃったらやだし、自分のアリスストーン、使い道がないから明良くんみたいに人に渡した方がいいのかもしれない。とはいえ、昴くんとは性能が似たアリスだし、他の四人……。岬先生以外の人は、目が合うとニコッと笑みを返してくれる。……なんか胡散臭いんだよなあ。

「岬せんせー、これ大根くんにあげて」
「あー、そっちいったか」
「残念だなー」
「……アイツにか? 使えるか分からないぞ」
「ん、大根くん使えなかったら岬先生が使って」

 大根くん、とは二足歩行の大根である。まだ枯れてない、けれど、もうおじいちゃんらしい。延命のために是非ともわたしのアリスストーンを役立ててほしいものだ。はい、と渡すと、微妙に躊躇いながらも受け取ってくれた。よし。

「学校、楽しみだなあ」

 窓を開けると、冷たい風に乗って誰かの悲鳴が聞こえてくる。恐らくバレンタインの被害者の声だろう。……やっぱり、ちょっとは怖いかもしれない。


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