学アリ夢

7

 クリスマスもお正月も過ぎて、なんとなく世間が暇な一月半ば。ここ最近の冷え込みの酷さのせいか、久しぶりに三日ほど寝込んでいた。最初の二日はまあまあ意識が朦朧としたり高熱でふらふらだったけれど、もう微熱まで下がってきているから大丈夫だろう。病弱って、この身体になってから初めて体験したけど、想像よりもなかなか辛い。固形物が食べられない時もあるので、発育もあんまり良くないのがかわいそ〜ってなってる。自分で。最近は比較的標準に寄ってきてはいるけれど、それでもまだ小柄だ。
 コンコン、とノックの音が響くのに、はぁい、と気怠さの残る声で答えた。

「しじまちゃん、こんにちは〜」
「こんにちは」

 先陣を切って入ってきたのは鳴海先生。その後ろに岬先生と昴くん。そういえば以前の名前呼び事件から、昴くんと秀一くんの呼び名を変えたのだ。
 その後ろに、ひょこっと顔を覗かせる、黒髪ロングのお兄さん。大人っぽいけれど、高等部の制服を着ているので高校生なんだろう。またしても美形である。

「あれ、今日おおい……?」

 いつもならお見舞いは基本多くても二人なので、歴代最多人数だ。何事だろうか。先生たちと昴くんならわかるんだけど、人数の原因はたぶんきっと、このロン毛のお兄さんにあるんだろう。まだ本回復していないので、失礼ながらベッドに入ったまま見上げると、お兄さんはニコッと微笑んで、わたしの座るベッドの縁へと腰掛けた。

「聞いてた通り美人だなァ」
「ぅえ、あ、ありがとうございます」

 お兄さんの手がわたしの髪を梳くように撫で下ろす。オイ、と昴くんと岬先生が止めに入るのをあーはいはい、と流したお兄さんはなかなか大物だ。袖からうっすらと煙草の匂いがするので、喫煙者なのかもしれない。う〜ん、大物。年下に見えない。

「殿内明良だ。よろしくな、しじまチャン」
「よろしくお願いします……?」

 ちゅー、と迫ってくる殿内さん。流石に昴くんに殴られていた。……守備範囲の広い女好き?



「……あ、すごい」
「はーはん、なるほどな」

 殿内さんのアリスは『増幅』。現在弱々になっているわたしの身体を、殿内さんに増幅してもらった自分自身の癒しのアリスで回復できるのでは? という目論見だ。殿内さんと手を繋いで、アリスをかけてもらう。他者のアリスへの抵抗体質ではあるけれど、完全にかからないわけではない。殿内さんも事前に話を聞いていたんだろう、物珍しそうに目を開いて納得していた。

「すご〜い! 力がなんか……パワーって感じします!」
「しじま、落ち着いて日本語を話せ」

 アリスがこう、ぶわっと身体の奥から湧いてくる感じがするのだ。泉のように溢れてくる、とでも言えばいいのかな。心なしか体調も良くなった、気がする。

「いやー、俺は結構疲れんなこれ」

 対する殿内さんは、ちょっとお疲れ気味にぐったりともたれかかってきた。アリスを弾くわたしの体質は、慣れない人だと普段普通に力を使うのよりもかなり疲れる、らしい。出力を上げないとダメだからかな。にぎにぎと繋いだ手を握ってくる。疲れてはいるんだろうけど、単純にこの部屋で唯一の女性に触れたい欲とかなのかなあ。感じの良いイケメンなので悪い気はしない。

「……アリス使いましょうか?」
「そういうのじゃねぇんだよなあ」
「え〜……じゃあ、なぁに?」
「ん〜、……しじまちゃんがちゅーしてくれたら明良さん元気出るかも」
「? ちゅーでいいんですか」

 ちゅう、と言っても別に口じゃないだろうし、今のわたしは小学生だ。それくらいならまあ、問題ないんじゃなかろうか。美少女! といえど、小学生からのキスが嬉しいのかはわかんないけど。お、いいの? と笑顔になる殿内さんの太ももに手を乗せて、おでことかでいいのかな、と思案したところで後ろに身体が浮いた。同時に、殿内さんの脳天に昴くんの拳がクリティカルヒットしている。ガッ、と呻く声が聞こえたけれど、大丈夫だろうか。昴くんって意外と武闘派だ。

「そういうのは大人になってから好きな相手とするんだ」
「はぁい」

 殿内さんから引き離すようにわたしを抱き上げた岬先生に軽く怒られる。岬先生産のムチ豆? で縛られた殿内さんは、余計なことをするなと言っただろう、と昴くんに怒られていた。なんで今日のお見舞い、人数多いのかな〜と思ったけどこの人の監視役か。なるほど。

「駄目だよ殿内くん、しじまちゃんにはこわ〜い保護者が付いてるからね」
「過保護っスねー」
「僕もこの前岬先生に怒られちゃった」

 アハハ〜、と鳴海先生がめちゃくちゃ軽〜く笑う。この前、はフェロモンのアリスを使ってもらった時だろう。たしかに鳴海先生にデコチューされたな。怒られたんだ。岬先生、真っ当な大人だ……。いや、二人がふわっふわの吹けば飛んでいくような軽さがあるから対比で余計にそう見えてるのかもしれない。

「ゆらゆらしないでぇ……眠くなる……」
「ああ、悪い」

 抱き上げられたまま、岬先生がゆ〜らゆ〜らと穏やかなペースでわたしを揺らす。眠気を誘う振動に、岬先生の肩をぐいっと押した。ベッドへと戻されて、布団をかけられる。あ、完全に寝かしつけられるやつだこれ。せっかく元気〜! ってなってたのに。

「まだ熱があるのか」
「うん、微熱だけど……でも、殿内さんのおかげで結構よくなったよ」
「無理は禁物だ」

 そう言って、額に乗せられた昴くんの手から、じんわりと暖かい熱が伝わってくる。それから、体調が落ち着いていくのを感じた。穏やかで優しい、昴くんのアリスだ。

「眠たい、かも」
「寝ればいい」
「んんふふ、そうなんだけど」

 少しはしゃいだからだろうか、それとも昼下がりの柔らかい日差しのおかげだろうか。眠気が出てきたことを伝えると、昴くんらしいお返事がきた。そうなんだけどね。ちょっと勿体ない、と思ってしまう。先生たちは週に二、三程顔を出してくれるし、昴くんと秀一くんも同じくらい来てくれる。調子のいい時にはかなめくんと遊んだり、翼くんも遊んでくれる時もある。それでも、ひとりでいる時間の方が圧倒的に長くて、人が来ている時はなるべくなんか、ねえ、起きてたくなるじゃん。
 ああ、でも。子どもの身体の弊害だろうか。体温が高いからか、押し寄せる眠気に抗えない。雲の上を漂うような心地がして、意識は気持ちよく微睡みに包まれていく。額を撫でる昴くんの手が、髪をそっと掬うのを感じて、目を閉じた。


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