学アリ夢

8.5

 まだまだ寒さはあるけれど、太陽の照らす時間が長くなってきた三月に、傷だらけの少年と出会った。病院から徒歩で行ける花壇の隅っこ。人通りの少ないその場所に、何かが倒れているなと思えば今のわたしと歳のそう変わらないだろう少年だったのだ。

「……大丈夫?」
「……誰だてめー」
「え」

 誰だてめーと言われても。少年の近くにしゃがみ込んで、傷だらけの手を取った。火傷のような引き攣った後は、電流の傷だろうか。うわ痛そう。皮膚が裂けているところもある。うわうわ痛そう。

「……夜野しじまです?」
「……」

 そういうことを言ってんじゃねェよ、とのオーラがジトッとした目から伝わってくる。でも、他に言いようがない。ここに入院してます、っていうのは、いかにも入院着なわたしの姿を見れば分かるだろうし。まあとにかく、そんなことは置いておいてまずは彼の治療だ。持ち出したばっかりのハンカチを彼の傷口に添えて、アリスを発動する。

「なにすっ、ッ、」
「ひゃあ、痛そう……ちょっとじっとしててね」
「……」

 警戒した少年がわたしから距離を取ろうとしたけれど、ボロボロの身体では上手くいかなかったんだろう。まずは肉が裂け、痛々しく血のにじむ腕から治すと、わたしのアリスをだいたい把握したらしい彼は大人しくなった。

「……」
「……」

 彼もアリスなんだろうか。学園の制服を着ているからたぶんそうなんだろうなあ。こんなところでなにをしてるんだろう。ひとり? 怪我の原因とか、いろいろと聞きたいことはあるけれど、なかなかの重傷を負っている彼に聞くには気が引けて、お互い無言のまま癒しを施していく。

「えっと、全部治しちゃっても大丈夫なやつ?」
「……おう」
「じゃあ治すね。痛かったらごめん」

 別に痛みを伴う治療ではないけれど、一声かけることが大事だと看護師さんは言っていた。彼の怪我の原因がなにかわからない以上、勝手に全部治すのもなんか不具合あったらやだし、一応の確認である。支障はないらしいので、流し込むアリスを強くして、一気に少年の傷を癒した。

「ん、たぶん、大丈夫……なはず」
「……」
「あ、痛いところあったら言ってね。結構治すの、慣れてるから」
「……大丈夫だ」
「ふふ、ならよかった」

 アリスの特訓兼、慈善活動兼、お金稼ぎに病院内でわたしのアリスが役立てる治療行為に当たることがたまにある。とはいえ、学生且つわたし自身も病人として入院してる身のため、そこまで頻繁ではない。し、四つ目のアリスのタイプ、アリスにより削られた寿命を癒せることもトップシークレットなので、バレるような行動もあまり取れない。まあ、誰を治療するかとか、そこまでの裁量権をたかだか小学生であるわたしに委ねられているわけでもないので、そこまでの危険性もない、と思う。今回はちょっと特別だ。よいしょ、と燃えるような瞳の少年から離れて立ち上がろうとしたところで、立ちくらみだ。決して、断じて、体調が悪いからではない。しゃがんでて急に立つとよくなるあれだ。大きな木の幹によっかかろうとした二の腕を引かれて、バランスを立て直した。

「あらら」
「……気つけろ」
「うん、ありがとう」

 傷は治ったけれどボロボロの少年は、フン、と鼻を鳴らしてわたしから手を離した。ぶっきらぼうさんだ。……ツンデレのタイプの人なのかな? 今まで周りにいないタイプだからちょっと新鮮。それに、この子も綺麗な顔をしている。

「貰ってく」
「はぁい、お大事に〜」

 そのまま少年は、血で汚れたわたしのハンカチを持ってどこかへと去っていった。……名前聞くの忘れてたわ。


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