学アリ夢

2

「わたし、綺麗な顔好きなんだよね」
「おや?」
「……コイツは辞めとけ」

 岬先生が連れて来たド美人なお友達に、テンションが五上がった。
 岬先生と初めて会った日から、およそ一ヶ月。岬先生は、週に三度程、時間をとって会いに来てくれている。アリス学園の教師の実態をあまり知らないけれど、きっと忙しいだろうに隙を見て来てくれるんだから、律儀な人だと思う。

「大丈夫、岬先生が一番かっこいいから」
「おやおや」
「……」

 金髪に碧の瞳の美丈夫は、わたしの言葉にニンマリとして岬先生を見た。からかう気満々の顔をしている。ここ最近でわかったことだけど、岬先生って結構な照れ屋さんみたいだ。かっこいいのにかわいいって不思議〜。

「こんにちは、しじまちゃん。初めまして、ではないんだけど、僕のこと、覚えてるかな?」
「こんにちは。えーっと、鳴海先生……ですよね?」
「そうそう! 覚えててくれて嬉しいです」

 よろしくね、と差し出される手を取った。正確に言うと、覚えているというよりも、輪郭のぼんやりとした記憶を、岬先生から聞いていた話で肉付けした、が正しいけれど、余計なことは言わないのが吉だ。完全に忘れているわけでもないしね。なんとこのめちゃくちゃ綺麗な鳴海先生は、わたしの入る予定の初等部B組の担任の先生らしい。その関係で、何度かお見舞いに来てくれたことがあるんだけど、どの時も体調があまりよくなかったからはっきりとは覚えてない。ただ、えぐい顔整いなことだけは覚えてた。金髪碧眼とかさ、一部にぶっ刺さりですやん。鳴海先生に関しては、岬先生の苦労の要因の大部分を占めることを聞いていたから微妙に警戒していたのだけど、ちょっと厄介そうではあるけどいい人そうでもある。フリルのついたレディなお洋服のオシャレさんだ。岬先生が持ってくる歌ったり踊ったりするお花とは違って、極々普通のお花をお見舞いにとくれた。

「普通のお花、あったんだ」
「岬先生……」
「う、悪い」
「ふふ、ううん、岬先生のお花も好きだよ」
「アラ」

 あまり香りの強くないように改良されているんだろう、淡いパステルの花束からは控えめに清潔な香りがする。ジト目で見てくる鳴海先生に、岬先生がちょっと項垂れた。う〜ん、この成人男性、かわいい。アリス学園という閉鎖された環境で長くいるからなのか、岬先生ってちょっとズレてるとこあるんだよねえ。ここじゃあそれが普通なのかもしれないけれど。

「しじまちゃんが元気になって、こうしてお話出来るようになって僕はとっても嬉しいです」
「ありがとうございます」

 ニコッと笑った鳴海先生に、わたしもつられて笑い返す。鳴海先生は国語の先生らしい。美術か音楽かと思った。
 鳴海先生の言う通り、ここ最近のわたしは調子がいい。といっても、週に一度は熱を出すし、外で自由に暮らせるほど健康になったわけでもないけど。そろそろお散歩くらいは誰か同伴の元なら許可されてもいいんじゃないかな〜と思っている。ぶっちゃけ死ぬほど暇なもんで。

「わたしって、もう学校行けたりする……ますか?」

 岬先生相手だと最近はあんまり敬語を使わないけれど、鳴海先生はまだほぼ初対面だ、と思い直して少し日本語が逸れていった。わたしの質問に、鳴海先生はやんわりとした笑みを浮かべる。ああ……まだダメなんだな。まあそりゃあ、一週間の内二日は寝込んでいる状態ではまだ厳しいだろう。あ〜あ、暇なんだけどなあ。

「ごめんね、しじまちゃん」
「いいえ、えっと、自分の身体のことなので……」
「でも、しじまちゃんが楽しく学園生活を送れるように僕も、岬先生も一緒に頑張るから」
「はい、ありがとうございます」

 鳴海先生が、繋いだわたしの手をそっと撫でた。自分で見ても小さいなあ、と思うのに、大人の男の人の手が並んでいると、更にか細く、頼りないどころではない。繋がっている染みひとつない輝くような白い手に、ひとつ、火傷のような痕があることに気付いて、そっと指先を這わせる。指の腹が通ったその後には、爛れた痛々しい皮膚は綺麗に治っていた。

「うん! しじまちゃんはアリスの使い方が上手だね」
「えへへ、そうですか?」
「それに、とっても優しい力だ」
「ありがとうございます」

 褒められたくてやったところはあるけれど、ちゃんと褒めてくれた。照れる。はにかむと、鳴海先生は優しく頭を撫でてくれる。この人、先生とは思えないくらいにスキンシップが多いけれど、全寮制学園の中の先生ならこれくらい普通なんだろうか。イケの男に撫でられて悪い気はしないのでニコニコと受け入れているけれど。幼女最高〜。

「あ!」
「どうした」
「鳴海先生のアリスって、……だよね?」
「ああ、アレだな」
「?」

 頭上にはてなを浮かべている鳴海先生を蚊帳の外に、岬先生を見上げる。鳴海先生のアリスについて、岬先生から聞いたことがあるのだ。なんでも、老若男女問わずメロメロにしてしまう、「フェロモン体質」らしい。なにそれ、面白そう。

「あの、わたし!」
「はい、しじまちゃん! どうしたのかな?」
「元気だな」

 ビシッ、と挙手をすると、鳴海先生は先生みたいに当ててくれた。……みたいじゃなくてガチの先生なんだけどね。

「メロメロになってみたいです!」
「おっとと」

 メロメロ、どんな感じなのか想像が付かない。なってみたいじゃん? そんなの。勢いよく告れば、鳴海先生は予想外〜みたいに目を丸くして、岬先生は嫌そうにゲッ、と顔を顰めた。そこまで嫌がらんでもいいじゃん。

「う〜ん、メロメロか〜」
「ダメ……ですか?」
「ダメではないんだけどねえ、そうだねぇ」

 流石にまだ一桁年齢の幼女をメロメロにさせることは倫理的にヤバいんだろうか、と思ったけれど、どうやらそうではないらしい。

「……しじまちゃんは、自分の体質について聞いてるかな?」
「体質? ……あ、なんか、アリスに抗体がある、ってやつですか?」
「そうそうそれ!」

 なんでもこの身体、「癒しのアリス」を保持しているだけじゃなく、他人からのアリスが効きにくい、いわば「抗体のある」体質らしいのです。全く効かないわけじゃないけど、それなりに効きにくい。もしかしたら、自分自身へと発揮される癒しのアリスが、体内に侵入する他者のアリスという異物を排除しようとして効きにくくなってるのかもしれない、という説もあるそう。へえ〜。

「そう、だから、しじまちゃんをメロメロにしようするとちょっと僕でもね〜」
「難しい?」
「難しいっていうか……岬先生に怒られそうかな?」
「?」
「おい、何する気だおまえ」

 岬先生に怒られる? なぜ? と思っていたら、鳴海先生がわたしの両肩を優しく掴んだ。

「まあほら、本人がされたいって言ってるわけだし、ね!」
「だからってナルおまえ……っ、あぁ……」
「へ?」

 なんぞ? と首を傾げるのと同時に、ちゅう、と額に触れた柔らかく、少し冷たい唇。
 ……へ? と思ったのも束の間で、気付いた時には二人の前でぐにゃんぐにゃんになっていた。恥。もうお嫁に行けない。


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