学アリ夢

3

 冬が近付いてきた頃、アリスの訓練が始まった。同時に、わたしのお散歩も解禁されたのである。といっても、病院周りだけだけど、それでもこの「アリス」のある世界は、不思議なことがいっぱいで面白い。シャボン玉を生成するお花とか、メルヘンすぎて興奮して熱を出して岬先生にちょっと怒られたくらいだ。

「力の使い方が上手いな。初等部でそれだけ出来れば上等だろう」
「わあい、ありがとうございます」

 そして今日、何度目かの訓練日。いつもは神野先生という、雷のアリスを持った厳しい壮年の先生に見てもらうんだけど、今日は高等部の、同じ「癒し」のアリスを持つ先輩が指導してくれることになった。今井昴、という生真面目な顔をした、眼鏡の青年である。前世含めたら年下なんだけど、高校生とは思えないくらい威厳があるからちょっと背筋が伸びる。

「うんん、やっぱりちょっと、かなり威力劣ったなあ……」

 癒しのアリスの特訓といえば、とにかくひたすら癒して回るものだ。その点、わたしと病院は結構相性がいい。実験台にして申し訳なさもあるけれど、怪我とか病気が治ってるからまあwin-winってことにしといてほしい。さっきまでの治療を振り返るけれど、同じ程度の怪我でも昴さんは一度に治してしまえていた。その点、わたしは二度、三度と重ねがけすることの方が多い。まだ他人へアリスを使い始めたばっかだから仕方ないとはいえ、こんな不思議な力、使いこなせるようになりたいよね。
 お散歩がてら、中庭へと歩き設置されているソファに昴さんと横並びで座った。ぐーぱーぐーぱーと手を広げて、握って、を繰り返す。いつもよりだいぶアリスを使ったからか、ほんの少し、指先が重だるい気がした。

「君と僕では同じ癒しのアリスと言っても、その実かなり違う」
「?」
「僕のアリスは、患者の生命力に依存する。だが、君の場合は全て君自身の力に寄る回復だ」

 そう、わたしと昴さんの力、同じ「癒し」を冠していても、少し違ってるんだよね。昴さんの言った通り、わたしのアリスによる治癒行為では、患者の体力関係なくわたしの実力で全て担う。もちろん、実力なんて大したことがないので、昴さんの半分にも満たないくらいしか治療できないけど。

「その分、伸び代も大きい」
「……はい」
「現状、君のアリスの使い方は、上手いと言っても無駄は多い」
「うっ、はい」

 なんとなくそれは感じていた。自覚していた分、耳が痛い。昴さんは優しいけれど、言葉はストレートだ。

「そうだな……細かいイメージをしてみろ」
「細かいイメージ?」
「ああ」

 力を使う、イメージ。漠然とした治してやるー! ではなく、どれくらいの怪我を、どの程度の力で治すかのイメージが大事だという。なるほど。簡単そうに聞こえるけれど、なかなかに奥が深そうだ。まあ、これもトライアンドエラーしていくしかないのかなあ。身体の中を流れるアリスを感じはできるものの、はっきりとした形のないものだから余計に難しい。とはいえ、入学まで……正確には、もう入学はしているけれど、実際に学校に通い出すまでにはまだまだ時間がかかりそうだから、焦る必要もないんだろう。

「ふ……くしゅっ」
「冷えてきたな。……戻るぞ」
「はあい」

 ベンチから立ち上がると少しだけフラついて、そっと手を差し伸べられる。昴さんの手を取って、季節が変わっても変わらず咲き誇る色とりどりの花を眺めながら、病室へと戻った。



 アリスには、能力の形が四つある。らしい。ひとつは、細く長く力を使い続けられるタイプ。ひとつは、子どもの時だけ力の出るタイプ。ひとつは、ドカンと能力が使えるけれど、その分能力の寿命が縮まっていくタイプ。そして最後のひとつが、アリスに寿命はないけれど、自身の寿命と引き換えに能力を使えるタイプ。最後のやつ、やっば……になった。
 なぜいきなりこんな話かというと、わたしの能力のタイプが、四つめ、自身の寿命と引き換えにアリスを使えるタイプじゃないか、との懸念があったためだ。おそらく違うだろうとは思われていたみたいだけど、今回の検査結果で晴れてしっかりそのタイプではなく、細く長くの一番目のタイプ、いわゆる一番ノーマルで安定したタイプだと分かったのである!

「まあ、よかったな」
「ね、よかったあ」

 大根くんと一緒にお見舞いに来てくれた岬先生と、パチパチ三人で拍手をする。時期はもうすぐ、あと一ヶ月程度でクリスマスらしい。カレンダーやテレビの上では感じるけれど、外出をしても病院周りだけのわたしからはいまいち実感が湧きにくい。最近はお散歩の時間が少し伸びたけれど、風邪を引かないよう岬先生の温室や、病院の中を徘徊する程度だ。雪が降るほどではないけど、もうそれなりに結構寒い。

「学力の方は問題なし……どころか、かなり優秀だな」
「ふふん」

 キュッ、と丸付けを終えた問題集を見て、岬先生が褒めてくれる。そりゃあまあ大人だったことがあるので、たかだか小学生の勉強内容なんて余裕なのだ。最初は忘れてるところもあったけど、やってる内に思い出した。前世のことなんてもちろん言えるわけないので、とりあえず胸を張って誤魔化しておく。岬先生は生真面目な表情を少し崩して、それから控えめにわたしの頭に触れた。

「このままなら、来年の春には退院出来るそうだ」
「! ほんと!?」
「ああ。医者からも、校長からも許可が出た」
「やったあ」

 退院。それすなわち、自由の訪れである。『わたし』が前世を取り戻してから、常に死にかけだったわたしの身体は劇的に健康になった。覚醒した自身のアリスに助けられていることも関係しているし、日々そのアリスは訓練されて、自分の助けになっている。とはいえ、元の病弱が完全に治るまではいかないかもではあるけれど、退院出来るなら万々歳だ。

「クリスマス、なにか欲しいものはあるか」
「欲しいもの? ……先生から?」
「そうだ。……本来、教師から個人的に贈るのは良くないが、夜野は病院に籠りきりだから特別に許可が出た」
「わあい! えっとねえ、んん〜……」

 クリスマスプレゼント。なかなかに心躍る言葉だ。前世のわたしなら、ここぞとばかりに高いお酒! クリスマスコフレ! 限定品! と頼んでいただろうけど、今のわたしは小学四年生。そんなものを欲しがる年齢でもないし、身体年齢や脳みその若さに引っ張られているのか、少女らしさに寄った思考ではそこまでめちゃくちゃ欲しい! にはならないものばかりだった。……あ、クリスマスコフレはね、キラキラしてて欲し〜い、とは思うけれど。それにしたってもう少し大人になってからでいい。

「ゆっくり考えていい。次の時でもいいんだから」
「ううん……そだねえ」

 大根くんは肥料! 栄養! 日光! とここぞとばかりにアピールしているけれど、最初のひとつ以外はたぶん自然から貰うものじゃないかな。なかなか長持ちな大根くんは、なんと代替わりせずわたしのアリスに寄って保っているのだそう。これはわたしと岬先生と鳴海先生だけの秘密だと言われた。……なんでえ? とは思ったけれど、まあ、なんかあるんじゃないかな。知らないけど。

「一応、鳴海に言われていろいろと持ってきてある」
「なぁにこれ? ……カタログ?」

 どさっ、と病室の机に置かれたパンフレットの山。岬先生今どこから出したん。と思うけれど、これくらいの謎は全てアリスで片付くらしい。アリスのちからってすげー!
 クリスマスギフトらしいそれをパラパラと巡ると、どれもこれもが普通のものとはひと味違っていて、わあああ、と興奮に沸き立った。すごい! 気分に合わせて色の変わる口紅に、空飛ぶ写真立て。実用性に優れているのかは微妙だけど、魔法のアイテムだらけでめちゃくちゃ面白い。

「興奮しすぎてまた熱出すなよ」
「出さないもん! ……たぶん」

 確証はない。


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