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「うわ、ファンタジーゲームのダンジョンみたい」

 一際大きなパビリオン。いかにも研究施設っぽい見た目をしていて、展示内容は最新のヒーローアイテムだ。中心に聳える青いクリスタル塔のようなガラスの設備に、照明も合わせて青や紫で揃えられていて、幻想的な雰囲気を醸し出していた。

「え、めっちゃゲームみたい……テンションあがるんだけど!」
「楽しそうだな」
「超楽しい!」

 RPGの中盤〜終盤に出てくる、だいたい精霊と契約出来そうなダンジョンみたいな。青い光ってなんとなくセーブポイントっぽいじゃん?
 ド真ん中の聳えるガラスの中には、深海7000メートルまで耐えられる潜水スーツの展示らしい。

「すげぇな」
「使徒っぽい」
「使徒?」
「今度一緒にエヴァ見ようね〜」
「お」

 エヴァは聞いたことはあるらしい。見たことはないそうだ。旧アニか新劇、どっちがいいかなあ。まあ断然私はアスカ派だけどね。

「緩名はすげえな」
「え、なにが?」
「いろんなこと知ってて」
「……そうかなぁ?」

 そりゃあ、人生二周目……という言い方はまたちょっと違う気がするけれど、前世の記憶を引き継いでいるから、その分、同年代よりは知識はあるだろう。けど、こと戦闘技術とか、ヒーロー関連の知識においては轟くんの方が勝っている。

「好きな物いっぱいあんだろ」
「いっぱいはある」
「そういうの、すげぇな、って思う」
「そっかあ」

 褒められてしまった。人間生きてたら、好きな物なんて無限にできちゃうのが“普通”だと思うけれど、今までの轟くんは、その“普通”の状態ではなかったからなあ。

「これから好きな物いっぱいつくってこ」
「……ああ、そうだな」
「ゲームとか漫画とか、いっぱい貸してあげるからね」
「ああ、ありがとな」

 好きな物、の種類が限定されてしまう気がするけど、それもまあいいだろう。手始めに、帰りの飛行機では新劇を観ようと決めた。



「あ」
「どうした?」

 アイテム類の展示を見終わった後は、施設内の売店でちょろっとお土産を覗く。殺傷能力があるような物は売られていないけれど、それなりに便利なサポートアイテムが売られていたりするので、I・エキスポっぽさを感じた。そして、お土産屋さんといえば、やっぱりよく見るのはキーホルダー。

「これ絶対常闇くん」
「……剣?」
「剣! ピカピカの!」

 てのひらに収まるサイズの、ピカピカの金色の剣のストラップ。持った感じは見た目よりもずっしり重たい。日本の中学生や小学生男子がお土産によく買うものだけど、外国にもこういうの、あるんだ……。カラフルななんか玉を抱えてキツネのキーホルダーは流石になかったけれど、民族的なものとか、I・エキスポのご当地キャラ? っぽいやつのもある。

「轟くんこれ買わなくていいの? ご当地オルマイ」
「こういうのもあるんだな」
「オールマイトのやつ、めっちゃ見るよ〜!」

 流石オールマイト。世界的知名度が抜群だ。他にはスタストとか、サラームとか、世界でも有名なヒーローのご当地キーホルダーやタペストリーがあった。轟くんが、I・エキスポ公式キャラの着ぐるみを着たオールマイトのキーホルダーを手に取った。

「緑谷に買ってくか」
「あの人自分で買ってそ〜」
「……それもそうだな」

 あのオールマイトオタクのことだ、リサーチ済みな気がする。

「緑谷くんたちにお土産?」
「ああ」
「へえ、いいじゃん!」

 緑谷くんも飯田くんもここ来てるけど。お土産……? って感じはあるけれど、轟くんの初めてのお友達、初めてのお土産だ。微笑ましい。もうちょっとほかも見てみたら、というと、そうだな、と頷いた。

「あ、ねえ常闇くんたちも来てるんだって」
「そうなのか」
「うん。I・エキスポの剣いる? って聞いたらI・エキスポにいるっていわれた」

 常闇くんは障子くんと来ているらしい。まあ、ヒーローアイテムの学術研究発表会みたいなものだし、ヒーロー関係者も多く来る。ヒーローを志す学生に触れさせておいて損はないため、その上セキュリティも万全で、雄英や他の有名ヒーロー科だと、学割の他にも優待割引だったり、優先して入場券を買えたりするから、来てる人も多いんだろう。流石にプレオープンには来れなかったみたいだけど、明日からの一般公開に備えて、さっき空港に着いたらしい。常闇くんの、微妙に厨二になりきれていないメッセを読み解くとそんな感じだ。

「障子くんと来てるんだって」
「結構来てるもんなんだな」
「ね〜。先生たち来てないんかな」
「どうだろうな」

 雄英の先生たちって忙しそうだしなあ。来れても部活動とか、担任の受け持ちがない人くらいだろうか。ヒーロー科の担任持ってたりすると、合宿の準備あるから難しそう。……お土産買って帰ろ。
 ちなみに剣のストラップは、引き抜くと稲妻のような紫電が走るものだった。ちょっとかっこいい。雷ってやっぱかっこいいよね。インディグネイション!



「わあああ」

 時刻は16時を過ぎたあたり。エキスポの閉場は18時だけれど、少し早めにホテルに引っ込むことにする。ドレス着るならいろいろと準備したいしね。轟くんはもう少し遊んでていいよ、って言ったんだけど、轟くんも轟くんで招待を受けている以上やることがあるらしい。はへ〜、大変ですなあ。
 低層階にショップやレストランがあり、その上にオフィスや研究施設、そして22階から上の高層階にホテルがあるビルだ。The高級ホテルって感じある。ガラス張りのエレベーターに乗って、22階の受け付けまで登っていく。こういうの、外見たくなるんだよね。

「耳キーンする」
「高ぇからな」

 窓に張り付いてゾワゾワしている私の隣で、手すりに凭れる轟くんは、あまり興味がなさげだ。もっと感動して欲しい。こういうとこのエレベーター、動作が静かすぎてちょっとびっくりするよね。
 チン、と音が鳴り開いたエレベーターを降りると、いかにも高級なホテルのロビーが。このひとつ上の階に、宿泊者利用自由なスパがあるらしい。後で行っちゃお。ホワイトムスクを基調とした、清潔で高級な香りがするロビーで、轟くんがチェックインを済ませる。あんまりキョロキョロするのも田舎っぺっぽいかな、と思って、大人しくソファに座って自撮りした。高級ホテルin私だ。盛れたからあとで誰かに送り付けよ。

「わりぃ、待たせた」
「ううん、ありがと〜」

 轟くんがてとてとやってきて、キーケースを差し出してくれた。中を開くと、3702、と部屋番号が書かれていて、カードキーが一枚入っていた。もちろん部屋は別々だ。最上階の40階にラウンジとレストランがあるので、客室の最上階は39階だ。……え、絶対バカいい部屋じゃん。やば。金額調べるのが怖くなる。やば。タダなの恐ろしいんだけど、いいんか? 轟くんは全く気にした様子もないけれど。……まあ、日本のNo.2ヒーローへの招待なんだから、そりゃいい部屋用意するよなあ。高級ホテルはここだけじゃないし。あくまで招待側のご好意、ということなので、少々気が引けてしまう気持ちは一旦ぶっ飛ばして、ラグジュアリーホテルを満喫することにした。切り替え、大事。あと怖々歩いてたけど、絨毯がふかふか過ぎて歩き心地まで高級になってしまった。
 客室階へ向かうエレベーターに乗り込むと、轟くんがルームキーを翳す。静かだ。37階で降りると、明らかに部屋の数が少ない。なんとなくわかってたけど。轟くんとはお隣のお部屋だ。流石に一緒の部屋ではない。流石にね、流石に。

「19時前くらい?」
「ああ、そんくらいで」
「ん! じゃあ余裕だ」
「じゃあ、後で」
「はあ〜い。ありがとう」

 轟くんと一度バイバイして、カードキーを翳し、部屋へ入った。うわ、部屋も凄い。入ってすぐにリビングがあり、そこから続くベッドルーム。全体的にシックな色合いで、ベッドルームには大きな窓が。窓からは、I・アイランド内が見渡せた。まだ明るいけれど、暗くなれば夜景が綺麗に見えるだろう。ひろ〜い! すご〜い! 絶対高〜い! 正直めちゃくちゃスケベな部屋だ。感想が下品〜!
 とりあえずベッドはびょんっ、とダイブする。すごい。私一人なのにツインだ。どエロいな。あとやたらクッションとか枕ある。こういうとこ、めちゃくちゃクッション類多いの謎だよね。

「……シャワー浴びるか」

 このままだったら絶対寝る。確信がある。ので、ガバッと身体を起こして気合を入れた。招待のおこぼれにあずかった以上、せめてパーティで轟くんの添え物としての役割ぐらいは果たしたい。準備だけさっさとしちゃお。まずはスマホを充電に繋ぐ。まだまだ余裕はあるけど、一応ね。運んでくれていたキャリーを開いて、身支度の道具を出す。スキンケア、化粧品、ヘアアイロン……アイロンは借りれるけど、自分のやつの方が巻きやすいよね。吊るしてもらっていたドレスをベッドに広げて、キャリーから出した下着類をポイポイと放り投げた。

「あ」

 ウェルカムフルーツの隣に添えられていた、ちょっとしたお菓子類。赤いパッケージのクッキー、美味しいやつだ。ちょいシナモンの味がするやつ。コーヒーマシンもあるし、お茶の種類も豊富だ。アメニティが本気出してきてる。クッキーを齧りながら、ヒーローコスチュームを脱いだ。全裸のまま、ぶぶっ、と振動したスマホを開く。爆豪くんから切島くんの半裸が送られてきていた。やめたれよ。三奈へ転送しとこ。数件メッセージを返して、ついでに先程の盛れた自撮りを轟くんに送っておく。それから、動画サイトでこの部屋の雰囲気に合った、いい感じのBGMを流しておいた。完璧。

「うわ、えろ……」

 バスルームもやっぱりえろかった。独立したシャワーブースはガラス張りだし、浴槽のすぐ隣に大きな窓があって、そこからも街を見渡せるようになっている。スパイ映画のターゲットの富豪が豪遊して綺麗なお姉さんとイチャついてるお風呂じゃん、こんなん。え〜、後で絶対お風呂浸かろ。今はとりあえず、汗を流すことが目的だ。



 下地にファンデ、軽くコンシーラーを落とし、パウダーで抑える。普段は下地もいらないくらいだけど、今日は特別だ。着飾ることは好きだし、なにより今世は容姿がとびきりいいので、より楽しい。いい匂いのするハイライトをちょんちょんと鼻先や顎先に付けて、馴染ませたアイシャドウの上から細かいラメの綺麗なものを重ねていく。ラメの輝きが最高にかわいい。最高。アイラインは少しだけはみ出して、ホットビューラーでまつ毛を上げ、マスカラはしっかりめに。轟くんってホットビューラーなくてもいいから楽そうだよね。自分の指で上げれるじゃん。最後にちょん、とリップにグロスを重ねた。
 よし、化粧終わり。あとは濡れた髪を乾かして巻く! カジュアルな立食パーティだと聞いてるし、コスチュームで出るヒーローも多いらしいので、髪は上げなくてもよさそうだ。ハーフアップにしとこ。ドレスもイブニングドレスほど格式張ったものじゃないし。髪乾かすのだる〜。思ったよりスピーディに準備できたから、時間に余裕がまあまあある。まあまだ全裸だけど。暇なのでイタ電でもかけることにする。

『……ァんだよ』
「ねえきいて、暇」
『シネ』

 ブチッ、と切られた。は? 気が短すぎる。なんだアイツ。うんこ。スタ爆したろ。と思ったら、切島くんから折り返しがかかってきた。

『爆豪がわりィな!』
「いや彼女か」
『で、どうしたー? 緩名』
「ん? や、ただ暇だっただけ」
『なんだよー!』

 彼女か。もはや保護者か? 切島くんと喋りながらドライヤー付けたら、うるせェ! ってキレた爆豪くんに強制終了された。気短。



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