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 スマホも繋がらず、エレベーターも止まってしまった。おそらく島全体のネットワーク的な電波もろもろが遮断されているんだろう。緑谷くん曰く、パーティーにはオールマイトが来ているらしく、困った時のNo.1頼り……のつもりだったんだけど。

「え、オールマイト捕まってない?」
「嘘だろォォォ!」
「峰田さん! 敵に気付かれます! お静かに……!」

 非常階段を駆け上がって、パーティー会場の数階上へと辿り着く。ちらりとホールの上から覗き込むと、そこから見た光景は衝撃だった。
 オールマイトを含むヒーローらしき人たちは捉えられていて、一般のお客さんだろう人たちは拘束さえされていないものの、銃を持った敵に占拠されている状態に、戦意喪失しているように見える。ま、そりゃそうか。状況は絶望的だもの。

「オールマイトから状況を聞いてくる」
「俺たちは一度非常階段まで戻ろう」

 緑谷くんと響香が吹き抜けに残り、どうにかオールマイトとコンタクトを取るらしい。響香の個性って、つくづくめちゃくちゃ便利だよねえ……。



 階段の手すりにもたれかかると、ひんやりとした冷たさが背中に伝わった。隣に立つ轟くんが、汚れるぞ、と言うのでたしかに、と背中を離した。見えるところにホコリはないけれど、めちゃくちゃ綺麗なわけでもない。非常階段だしそんなもんだ。

「オールマイトからのメッセージは受け取った。俺は、雄英高校教師であるオールマイトの言葉にしたがい、ここから脱出することを提案する」

 どうやら、タワー占拠に、システム掌握。島内の全員が人質になってしまったらしい。オールマイトからのメッセージは、「すぐにここから逃げろ」ってことだったけれど。……正直、逃げたところであんま変わんないんじゃないかなあ、と思う。さっきのアナウンスでは、アナウンスから十分以降の外出者は身柄を拘束する、って言ってたし、警備システムが完全に敵の手に落ちてるなら、すぐに見付かって拘束されるのが関の山だ。ならまだここで立ち往生してた方がマシ……だけど、それもそれでうぅん、だし。だからといって、立ち向かって戦うにしても、私たちはみんな学生の身だ。一応I・アイランド内では個性の使用が日本より自由だとはいえ、対敵となるとまた話が変わってくる。

「なら脱出して外にいるヒーローに、」
「ヒーローみんな捕まってるって言ってなかった?」
「言ってたね」
「うゥん」

 上鳴くんの提案をポッキリ折る。唸られた。

「そもそもここ、脱出できんの? 警備システム握られてるならソッコーばれん?」

 出入口も自動ドアだし、それもシステムの内だ。ちょっと破壊して脱出したところで、速攻警備システム作動するだろうし。詰みじゃん? メリッサさんに視線を送ると、深刻な表情で頷いた。

「磨さんの言う通り、脱出は困難だと思う。ここは敵犯罪者を収容する、タルタロスと同じ防災設計で建てられているから」
「……じゃあ、助けが来るまで大人しく待つしか……」
「……うーん」

 それもそれでなあ。いや、具体的な提案のひとつも上げられない私がケチをつけるものでもないけれど、大人しくここで待っていたからと言って、直ぐに事態が好転しそうな雰囲気もない。I・アイランドが独立した島だから、他国が異変に気付いたとして、そこから応援が来るまでどれくらいかかるかもわかんないし、その間に最悪死人が出る可能性もある。正直学生であり、ただのヒーローの見習いである私たちが出しゃばる場面ではないのは承知の上で、少々の寝覚めの悪さはね、感じるよねえ。
 プロヒーローたちは全員拘束されている。敵の主犯格は、たぶんこのタワーの中。んで、タワー内で比較的自由に動けるのは、見付かってない私たちだけ。……たぶん。

「上鳴、それでいいわけ?」

 待機か……、と思案する私たちを前に響香が立ち上がった。オールマイトすら捕まってるのに、自分たちの出る幕はない、と主張する峰田くん。それもわかる。

「俺らはヒーロー目指してる」
「ですから! 私たちはまだヒーロー活動を……」
「だからって」

 なにもしないでいいのか、と自分の手を握る轟くん。場の空気が沈む。みんな、葛藤してるんだろう。

「救けたい」
「デクくん?」
「救けに、行きたい」

 空気を裂くように、緑谷くんが呟いた。



 I・アイランドの警備システムは、このタワーの最上階にあるらしい。おそらく敵たちは、まだシステムの扱いに慣れていない。なんとかそこまでたどり着ければ、システムの再変更ができるかもしれない、というメリッサさんの提案に、希望の光が差した。緑谷くんを初め、轟くんや響香、上鳴くんは向かう気満々である。真面目な飯田くんや百まで、戦わないなら、を前提に参戦する流れになっている。抗っているのは峰田くんだけだ。が。

「システムの扱いに慣れてないからこそ、見張りいると思うよ」
「あっ……」
「ここまで用意周到に掌握できるくらいなんだから、敵もそこらへん対策してると思うし、戦わない、って結構無茶じゃないかなあ」
「緩名!」
「磨さん……」

 仲間を得た! と言わんばかりに峰田くんが私を見る。いや、別に私も上に向かうのが反対なわけではないんだけどね。雄英の学生として、ならこの場で待機が一番模範的だろうけど、ヒーロー志望として、なら突っ込んだ方がいいんだろうし。わかってはいても、私は一応、これでも前世を引き継いでいる、この場では最年長の自覚がある。未来ある若者たちの危険性を指摘しないのも、ちょっとアレじゃん?

「……でも、ここに残っているだけじゃなにも始まらない」
「そりゃさ〜、そもそも私たちが始める必要はないからね。なにかしらやらかしちゃったら、責任を取らされるのは、私たち自身じゃなくてその保護者だって、わかってる?」

 緑谷くんのまっすぐな視線を見つめ返して言うと、みんな、特に緑谷くん、飯田くん、轟くんの顔が歪んだ。職場体験で、ステインに接触した組だ。あくまで未成年、学生、被保護者の私たちが万が一なにかしてしまったとして、責任の所在を考えたら、軽率な行動を慎むべきだ、って考えくらいは頭に入れといてほしい。

「システムがどういうものなのか、そこらへんは知らないけどさ。敵の目を掻い潜って解除できる、ってほど安易なものではないと思うよ」
「……それでもヒーローかよ」
「磨はそれでいいの!?」
「まだただの志望生だよ」

 轟くんの目には、少しの憤りを感じる。意外と轟くんって頭に血が登りやすいよね。血気盛んだ〜。そもそも。私はヒーロー科に在籍してヒーローになるための勉強はしているけど、ヒーローになるからまだ定かではない。なれるか、じゃなくて、なるかの意思決定の段階でそもそもそこまで強くなりたいと思ってないのだ。ここにいるヒーロー志望生たちとは、前提が違う。

「……磨ちゃんは、反対なん?」
「ん? いや、反対じゃないよ」
「え?」

 だけど、反対なわけじゃない。意気込む学生たちに、無粋ではあるけどちょろっと釘を刺すのは大事だよね。

「まあさ、対敵しないなんてぬるいことは多分……ほぼ確で無理だと思うのよ。ね?」
「……う、ん」
「緩名……?」
「つまり……?」
「つまり。ぶん殴る覚悟で行こ! ってこと」

 拳をぐっと握ると、みんなの顔が呆気に取られた。いや、私は殴るつもりはないけど。戦わないつもりで向かって不意の戦闘になるより、端から戦う気持ちで挑んだ方がこういう時はもういいじゃん。

「緩名さん……! ……うん!」
「緩名くん! 戦闘行為は認められない!」
「も〜、そんな生ぬるいこと言ってられないって。正当防衛ならココでは個性使用認められてんだから、監視カメラの前で一回殴られたら大義名分立つじゃん」
「やり方がこすい!」
「君はそれでもヒーローか!?」
「志望生だからこそ、若い芽を摘みたくないだけですぅ〜」

 これはほんとだ。他国で問題起こしてヒーロー科除籍とかになったら目も当てられない。もっと最悪なのは、癒えない大怪我をしたり、命を奪われるパターンだし。元々緩んでもなかったけれど、ちょっとは気が引き締まったでしょ。

「あああもォわかったよ行けばいいんだろ行けば!」
「峰田くん!」

 唯一私という味方を失った峰田くんが、泣きながらヤケクソ気味に参加表明だ。まあ、みんな行くなら置いてかれる方が怖いよね。それに、峰田くんの小ささはいろいろ便利そうだ。ふふ、とみんなが峰田くんを励ましている光景を微笑ましく見ていると、隣にいた轟くんが少し距離を詰めてきた。見上げると、気まずそうなお顔。

「……その、わりィ」
「ん?」
「……頭に血、登ってた」
「ふふふ、いいよ、大丈夫」

 さっきとは打って変わって、少しだけシュンとした轟くん。素直に謝るところ、かわいいな。別に気にしてはないんだけど。

「でも、焚き付けといてなんだけど私あんまり戦えないからさ」
「ああ」
「頼りにしてるよ轟くん」
「……ああ。任せてくれ」

 目線を合わせてくれるため、屈んだ長身。手の届く私のセットした頭に触れると、少しだけ嬉しそうに切れ長の瞳が緩んだ。



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