ミッション:理想のデートを遂行せよ!(上鳴/10万打)



 ある晴れた休日の午前。寮の前の道は、綺麗に舗装された石畳だ。少しヨーロピアンな感じのする石畳の上に、ばら撒かれた薔薇の花弁。それから、ジャパニーズ土下座。

「わあ、す〜っごい綺麗な土下座〜」
「イヤイヤイヤ! なに呑気なこと言ってんの!? つーかアンタも、女の子が石の上で土下座とかしちゃダメっしょ!?」
「上鳴くんがまともだあ」

 土下座する女子生徒からは、ポコポコと真っ赤な薔薇が生み出され続けていた。それを、迷惑そうに座った目で見下ろす相澤先生と、彼女の担任らしい経営科の先生が見下ろしている。この、半端ないペースで生み出される薔薇は、彼女の“個性”。……ではなく、事故らしい。“個性”事故、よくある響きです。
 上鳴くんが肩に手を添えて土下座を辞めさせた彼女は、とはいえまだともすれば切腹しそうなお顔で、石畳の上に正座している。拷問?

「この薔薇を止めるには、コイツの一番の望みを叶えるしか方法がない」
「はああ、そりゃ大変だねえ」
「ちなみに、薔薇は燃やす等しない限り消えないし、生産速度は次第に増していって、三日程で地球を埋め尽くす見込みだ」
「バイバインの栗まんじゅう!?」

 なんちゅう恐ろしい“個性”事故だ。室内にいては薔薇が溢れて埋まって死にかけるから屋外に出るしかないみたい。そこら中に溢れる薔薇は、三奈が集めて飛び込んで遊んだり、轟くんが燃やしていってくれているけれど、これが地球を埋め尽くすって思うとまあまあ怖い。それなりの数なら綺麗なんだけどねえ。薔薇の中でも、匂いもそれなりにある種類みたいだし。

「で、なんで俺ら土下座されてんスか?」
「望みが私たちに関係あるの?」
「ああ、話が早くて助かるよ。ちょっとおまえらデートして来い」
「「……デート?」」

 相澤先生の言葉に、隣に並んだ上鳴くんと顔を見合わせた。……デート?

「私と上鳴くんのデートがその子の一番の望みってこと?」
「俺!? 俺が!? 緩名と!? デート!? ……俺!?」
「うるさっ」
「そうだ」
「っぐ……っぐふぅ……」

 また土下座に近いほど身体を倒した経営科の少女。ゾンビのような呻き声が聞こえてくる。腰が低いとかのレベルじゃないけど、そんなことより、なんで私と上鳴くんにデートさせるのが望みなのか。三奈が散歩に行きたくてはしゃぎ倒す犬並みに興奮して薔薇の海を泳いでいる。

「それは本人から説明が」
「ッぐうぅ……すみません……申し訳ありません……」
「いや、いーけどお、どしたん?」
「デート……デート……っへへ……」
「キッショ」
「ひどくね!?」

 ニヤける上鳴くんに辛辣な響香。は置いといて、しゃがんで目線を合わせた。……いや全然目線合わんな。猫?

「ん?」
「っひいぃ……あっ、その、大変申し訳ありませんそのっ、それがですね、あの、その、」
「おまえら二人のカップリングが好きだそうだ」
「無慈悲なるイレイザーの暴露!」
「私たち二人のカップリングが……へええ」

 痺れを切らした相澤先生がサラッと告げてきた内容に、少女は石畳に拳を叩きつけた。はあ、なるほど。彼女の担任が補足するには、なんかまあ、私と上鳴くんがイチャつく薄いブックデート編を描きたいが、スランプらしく参考資料が欲しいらしい。なるほど……? である。一番の願いがそれって欲がなさすぎない?

「……?」

 上鳴くんはそういうカルチャーに詳しくないらしく、あんまり理解してない顔だ。あはは、あほっぽ〜い。でもなるほど、そういうことなら。

「まあいいよ〜」
「ッありがとうございます……!」
「イヤイヤまじで土下座しなくていいから! な!? 足痛ェっしょ!?」
「あはは、キャラ濃〜」
「呑気〜!」

 再び土下座が深くなる。おもしろ〜。ちなみにデート中に発生する費用は経営科から出してくれるらしい。相澤先生には「各上限三万」と決められたので、絶対に三万ピッタリ使い切ったる……! の気持ちだ。まあ、迷惑料も込なんだろう。

「てかさ、磨はまだわかるけどなんで上鳴?」
「なー」

 響香と瀬呂くんが首を傾げている。ちなみに、いきなり寮の前に呼び出された私と上鳴くんに、A組のほぼ全員が見物に来て様子を見守っていた。百と梅雨ちゃんとお茶子ちゃんは、薔薇を有効活用できないかな? と相談して、砂藤くんにジャム作りをしようかと持ちかけている。いいな〜。暇をしている男子たちを使って地面に落ちない内に回収しているけれど、かなりの量を収穫してるっぽいので私もデート終わりに参加しよ。バスソルトとか、ポプリ作ってもいいな。今度の経営科主催雄英バザーでは、薔薇製品が多く出品されそうだ。

「轟とかいるじゃん、うちのクラス」
「俺か?」
「磨ちゃん爆豪くんとも仲良いよねぇ!」
「……人の名前出すなや」

 ふむ。まあ、たしかに。響香や透の言わんとしてることもわからんでもない。たしかに、私と上鳴くんは仲良いけど、そもそもうちのクラスほぼみんな仲良いとはいえ、爆豪くんとか轟くんとの方が私は一緒にいることが多い気がする。

「それはあの、私に報われない系チャラ男萌え属性があるので」
「何それ!?」
「あー……わかるかも……」
「わかるんかい」
「えっ、俺、報われない系なの……?」

 なんとなく、わかる気はする。報われない系チャラ男属性に分類された上鳴くんは、自分を指さし短い眉をへにょんとさせていた。



 さて。地球の未来を救うため、デートである。軽く化粧をして、根元を緩く編み込んだ二つ結びにしてくるりんぱ。オフショルニットに裾がファーになっているタイトミニ、後はロングブーツでいいでしょう。上鳴くんっぽいし。相澤先生の運転する車に、百と響香が付き添いで乗って着いてきてくれる。経営科の先生の車の方に上鳴くんと、付き添いの瀬呂くんと轟くん、経営科の子らしい。一人は完全に薔薇燃やし係だ。
 ショッピングモールに着いて、まずは待ち合わせからだ。先に着いてる上鳴くんが、いかにも待ち合わせスポットって感じの時計の下でソワソワしながら待っていた。まじで傍から見てもソワソワしすぎている。そこまでテンパる!?

「私あれと行くの?」
「いってら」
「頑張ってくださいまし!」
「頑張りま〜す……」

 まあ、やらなきゃ始まらない。百と響香たち付き添い組は基本自由行動をしつつ見張り、相澤先生と経営科の人たちは距離を置いて着いてくるらしい。雄英の先生って、大変だな。

「はいおまたせ〜」
「ッ、オ、オー、緩名、ハヤカッタナ」
「いや演技下手か」
「仕方なくね!?」

 カッチコチのロボット大根役者である。なにをそんなに緊張してるのか。わからん。ちなみに、私たちの声は一応聞こえるように小型のマイクが付けられていて、イヤモニで聞かれているらしい。まあ、目的が目的だから。

「はい褒めて」
「尊大すぎね? いや、うん、まァ……」

 両手を広げて、デート服の私を褒めろ、とアピールすると、上鳴くんは私を上から下までサッと見る。サッと、じっくり、じっくり見る。それから、口元に手を添えて一気に赤くなった。

「かっ、かわいいデス……」
「そうでしょう」
「正直めちゃくちゃ好きッス……」
「そうでしょう」

 そう、私はかわいい。こんなにかわいい私が自分のために着飾ってかわいくなってるのも、男からしたらたまらんくらいかわいいだろうなっていう自負もあるので腕を組んで尊大に頷いた。後方からバッと薔薇が噴き上がっている。萌えポイント?
 上鳴くんも、意外とパーカーではなくデート着〜って感じだ。ちょっとのチャラさはあるけれど、チャラ男萌えのある彼女にはむしろ好都合なんじゃないかな。

「でもちょっとお腹んとこもこもこしちゃった」
「あんまわかんねェよ? 緩名細ェし」
「そ?」
「そーそー!」

 スカートのウエストに少しだけ押し込めたニットは、腹周りがなんとなくもこもこになる。まあ、あんまりわかんないならいっか。

「はいじゃあちゃっちゃか行こ」
「お、うぇい……」

 デートらしく腕に腕を絡ませると、上鳴くんはウェイる。

「急にウェイんのなに?今日のウェイ数に寄って罰ゲーム課すから」
「厳しくねェ!?」

 俺のトキメキを、とかなんとか言っているが、数メートル後ろには護衛の先生たちや願望の持ち主が居ることを思い出してほしい。ほら、上空から薔薇の花が降ってきた。今日の天気は晴れのち薔薇か?
 組んだ腕を引いて、ショッピングへと歩き出した。何はともあれ、久しぶりの買い物だ〜!

「いうてさ、最近あんまり買い物とか行けてなかったらちょっと楽しみなんだよね」
「それはマジでそうなんよな。外出難しいしなー」
「ね。お金出してくれるし!」
「つか最高じゃね!?」
「さいこー!」
「予算上げろー!」
「上げ……イヤそれは怖ェわ、俺」
「いくじなしめ!」

 急に我に返るの、上鳴くんの良くないとこだと思う。わりと。



「どっちかわいい?」
「おお、っえー、んー……」

 両手にワンピースを掲げて、上鳴くんへと小首を傾げる。顎に手を当てて上鳴くんは、意外と真剣に悩んでいた。どっちがいい? って聞くの、デートの定番だよね。ちょっとの間迷ってから、上鳴くんは右のワンピースを指した。フェミニンな襟付きのウェンズデーみたいなワンピースと、ちょっとカジュアルさのあるスウェットワンピなら、スウェットワンピの方がいいらしい。

「こっちじゃね?」
「その心は」
「丈が短い方が嬉しっスンマセン嘘ですごめんなさい!」

 下心丸出しの意見にジト目で睨めば、秒速で上鳴くんが腰を折った。綺麗に直角で頭を下げる姿に、思わずふっ、と笑いが溢れる。

「嘘、怒ってないよ別に」
「……マジ? 許された?」
「いや許してはないけど」
「スンマッセン!」
「あはは、うそうそ」

 素直なのはいいことだ。男の子にある程度下心が付属するのもまあ仕方ないし。峰田くんほど丸出しじゃなければ、友達なら私はま、許容範囲だ。無意識を装って触ってきたりしないしね。
 似たようなの持ってるから、って理由で、結局ワンピースは買わず、数店舗ふらついて別のトップスとスカートを買った。ショッパーは上鳴くんに持ってもらう。続いては、上鳴くんの希望のショップだ。メンズのが多いやつ。アクセサリーも多く置いていて、へえ〜、と私も眺める。

「あ、このピアスかわいい」
「緩名してそう」
「ね、私似合うよね」

 小さめのフープピアスに、土星っぽいブランドモチーフがくっついているのがかわいくて、指先で揺らす。ピアス、かわいいの多くていいよねえ。

「穴開いてんだっけ? つーか緩名穴開けれんの?」
「んーん、すぐ塞がっちゃうから固定が難しいっぽい」
「あーね」

 そう、“個性”の都合上、回復力に優れた私の身体は、ピアスホール程度ならすぐに塞がってしまうので、ワンチャン肉と金属がくっついて治ってしまう可能性があり、ピアスを開けられないのだ。正確には、絶対に開けられないわけじゃないんだけど、ちょっとめんどい手順と道具がいるのでらまあ別にそこまでしなくてもいっか、って置いてる感じ。

「上鳴くんも開いてないよね」
「うおっ、……うん」
「あ、耳薄〜。開けやすそう」
「……」

 上鳴くんの耳たぶに触れると、薄っぺらくてピアッサーでも簡単に開けれそうな感じだ。薄すぎると勢いついて逆に痛いとかいうけど、どうなんだろ? ふにふに、自分と違う触感の耳たぶを揉むと、上鳴くんは微妙に赤くなって微妙に照れていた。照れんなって。

「なんか買うの?」
「ん? イヤ〜、俺アクセ基本特注だからさー」
「あーそっか、電気だもんね」
「そーなんよ」

 ゴツめのリングとか、シルバーチェーンとか、男の子が好きそうな感じがあるけれど、そういえば上鳴くんはそもそも体質的に金属アクセに向かない人だ。なので、全てオーダーメイド、っていってもそういう電気“個性”人向けのブランドがあるらしく、そこで買うらしい。インナーとかベルトもそうだっていうから特殊な“個性”は大変だ。

「ガチかわいくね?」
「ガチかわいい」

 真っ赤なハートに衛星の輪、それからテッペンにクロスのついたピアスがめちゃくちゃかわいい。え〜かわいい。響香もこういうの好きそう。上鳴くんはブルゾンを買おうか迷っていたけど、支給された三万を余裕でオーバーするので、超葛藤の末諦め、マフラーだけ買っていた。ま、そういうもんだ。



「パフェをあーんだっけ」
「それ」

 今回のデートは、私たちに任されているとはいえなんとなくの筋道はある。言わば「プロット」ってやつだ。まずはショッピングして、パフェをあーんしてちちくりあって、ゲーセン行ったりして最後は夕日の中公園で……みたいな。本人の希望に沿ってなんとなく私たちは動いているのだ。その中のひとつ、カフェでパフェあーん。……定番っちゃ定番かな?

「どれがい?」

 横並びのソファ席、メニューのタブレットを上鳴くんに寄せる。と、指先が触れて、ビリッと痺れた。

「……」
「……」
「……ウェイ」

 普通に痛くて思わず手を引いて、上鳴くんと見つめ合う。無言の圧に耐えられなくなったのか、ウェイ、と零した。ウェイじゃねんだよ。

「いや静電気来たんですけど?」
「恋のトキメキじゃね?」
「っふふ、仮タイトル言うな」

 上鳴くん×私の同人誌の仮タイトル、「恋のトキメキ」なんだよね。ナマモノ同人誌を本人たちが知るのはどうかと思うけれど、経緯が経緯なのでまあ仕方ない。本格的にヒーローになれば、人気の層はもうかなり無法地帯らしいからね、将来の予行演習とでも思っとこ。流石に年齢指定とか注意書きが必要そうな内容なら私もドン引いてるが、今回のはちょっとかわいそ〜、の気持ちである。

「俺チョコの」
「自分で頼んで」
「あ、はい」
「私ねえ、いちごとジンジャーのプリンパフェ」
「ッス、わかったっス」

 上鳴くんにタブレットを押し付けて、注文を任せる。パフェに、それから紅茶だ。上鳴くんは意外にもブラックコーヒーを頼んだ。

「珍し、いつもカフェオレじゃん」
「や、甘ェもん食う時は流石によ」
「ケーキの時とかは普通じゃない?」
「なんてーの? サイズ感っつーの?」
「ああね」

 この会話中、ずっとソファを隔てた後ろの席からオタクの呻き声が聞こえてきていた。何を隠そう、後ろのボックス席には薔薇を振り撒く少女と、その担任と、黒づくめの我らが担任と、薔薇燃焼係の轟くんが座っているのだ。その向こうには百と響香と瀬呂くん。なんか愉快だよねえ。

「パフェに生姜ってなんなん!?」
「ね、私も思った。美味しそうじゃない?」
「予想出来ね〜」
「ふふ、だから分けたげるって」

 オシャレなカフェってレアみの強いパフェ置いてて良きである。そうこう話している内に、飲み物が運ばれきて、パフェがやってきた。キラキラと輝くその姿に、「わあ」と思わず感嘆の声を漏らす。パフェ! 雄英からあんまり出られなかったから、なんか久しぶりのパフェ! え、実物見たらテンション上がる。

「美味しそ〜!」
「お、でけェ〜!」

 丁寧に置かれたパフェ。本気で美味しそうだ。とりあえずカメラを立ち上げて、パフェを、それから上鳴くんとツーショも撮っておく。

「まってパフェうつんない、上鳴くん撮って」
「任せろ!」

 上鳴くんがインカメを構えて、私はパフェスプーンを構えた。カメラを持っていない方の上鳴くんの手が、おずおずと私の肩に周り、おずおずと抱き寄せてくる。普段肩組むくらいならわりとあるのに、こういうシチュエーションだから力が入っているらしい。それがなんかかわいくて、口元が緩んだ。

「いただきま〜す」
「いただきまッす」

 私が手を合わせると、上鳴くんも手を合わせた。一口。……うま! え、うま〜! と感動しながら食べ進めたら、なぜか食べ始めない上鳴くんは戸惑った目で私を見ていた。なに?

「ん?」
「いや、あーん、しねェのかなって……」
「あ、忘れてた」
「っだよな!? 忘れてたよな!?」

 焦ったァ〜! なんて声を上げる上鳴くん、完全に食欲に我を忘れてたよねえ。まあ、仕方ない。プリンと、薄切りのいちご、ジンジャーゼリーに生クリームをバランスよくパフェスプーンにすくって、上鳴くんに「ん」と差し出した。

「エ、……ヘッ?」
「えっなに? 上鳴くんが言ったんじゃん」
「いやっ、イヤイヤそうだけど、そうだけどよォ!?」

 差し出されたスプーンの先に、上鳴くんが動揺した声を上げた。ほの赤く染まっていく耳の先。も〜!

「関節キスとか普段わりとあるのに今更ぁ?」
「おまっ、おまえ知んねーかもしれねェけど、普段俺らめちゃくちゃドキドキしてんだからなァ!?」
「そうなの?」
「そーなの!」

 わりと爆豪くんとか、上鳴くん、瀬呂くんに切島くんたちとは回し飲み食いをしがちだ。もちろん三奈たちもだけど、ノリの軽い子たちの間では比較的普通かと思ってた。が、まあ、思春期だし、それなりにドキドキしてくれたみたいだ。
 ったく、と赤い顔で悪態を付きながら、上鳴くんはやっとスプーンの先を受け入れた。

「あ、うま」
「でしょ?」
「美味ェわこれ」
「ふふん」

 ぐい、と胸を張っておく。作ったの私じゃないけど、頼んだのは私だし? 行儀は悪いけど、テーブルに肘をついてドヤって見せた。それから、あ、と小さく縦に口を開く。言うまでもなく、上鳴くんの分のあーんの催促なんだけど、しっかり意図は伝わってくれたみたいだ。コツン、ブーツのつま先が、上鳴くんの靴の先に当たって、固い感触を伝えてくる。散ったフランボワーズと、たっぷりのチョコクリームをすくった震えるスプーンが、私の口元へと運ばれた。

「……ど?」
「おいし〜い」

 甘酸っぱい果実と、濃厚で少しビターな、でもいっぱい甘いチョコがマッチした味わいに、頬が緩んだ。



 パフェを食べ、また少しショッピング。キッチンカーでからあげを摘んで、ゲーセンでプリを撮り、お土産代を引いて残った予算をありったけUFOキャッチャーに注ぎ込んだ、ラストは!

「ブランコ好きなんだよね」
「久しぶりに乗るからテンション上がるわ」
「ね」

 夕暮れの公園である。寂れたって程ではないけれど、ブランコしか遊具の残されていない公園には、あまり人気がない。今日の締めはキス。ついでに同人誌の締めもキスだ。二人は幸せなキスをしてハッピーエンド、みたいな感じなんだろうか? まあ、一区切りって印象はたしかにあるかもしれない。地面を蹴ると、ブランコが高く浮いて、少しの浮遊感。風を切り降りていくこの感じ、好きなんだよねえ。中身が大人だからあんまりブランコとかしてなかったけど、たまにやるとおもしれ〜! になる。原始的な遊びが結局一番楽しいのかも。

「……、緩名ってば!」
「ぁん? ん、ごめんぼーっとしてた」

 なんて思いながら、ぼーっとブランコに熱中していたら、上鳴くんに呼びかけられていたらしい。いつの間にか、並んでブランコを漕いでたはずの上鳴くんは、ブランコを降り柵に寄りかかって私を見ていた。短めの眉がキュッと寄って、照れなのか焦燥なのか、あるいはそれらのごった混ぜなのか、困ってます! と主張する表情を浮かべている。それに、チラッと視線を逸らしていくと、上鳴くんの更に向こう、ベンチの二つ並ぶその奥、木の茂っている中に、大勢のギャラリーが居座っているのが見えた。一部先生たちや瀬呂くんは私たちからなんとなく目を逸らしてくれているけれど、百や響香、轟くんはわりとしっかりこっちを見ていた。しかも、さっきはいなかったはずの三奈まで湧いて出てきている。グラサンをかけてカチンコまで持ってるし、映画監督のつもりか? 望みが満たされつつあるらしい自体の張本人は、落ち着いた速度で薔薇を生み出しながら、オペラグラスでこっちを見ていた。こわいわ!

「キス、マジですんの……?」
「んん、まあ、別にキスくらいいいでしょ」
「マジかぁ……いや俺的には嬉しいんだけど」

 なんて言いつつ、上鳴くんの顔は晴れない。普段あんだけ彼女欲しい甘酸っぱい青春送りてえ〜! って峰田くんと一緒になって騒いでるくらいなんだから、やったマジ? 僥倖〜くらいには喜びそうだと思っていたけれど、上鳴くんって結構ヘタレっていうか、だよね。

「絶対ないとは思うけど私が嫌ってわけじゃないよね?」
「そーーーれはマジでねェって! マジで!」
「だよねえ」

 よかった、それはなかった。まあ、私ってほんっと〜にガチまじ美少女だし、性格も超絶良いので! それで嫌がられてはないとは思ってたけども。

「……ッ」
「ふふ、意気地なし〜」
「しゃあなくね!? っ、緊張、すんじゃん」
「んふふ」

 ブランコから飛び降りて、その勢いを借りて上鳴くんの方へと踏み出した。と、と、と軽やかに歩めば、そこまで離れていなかった距離が近付く。上鳴くんと向き合って、柵に付いた手に手を重ねた。見上げると、私がヒールを穿いてるからいつもよりも距離が近い。私の鼻の先が、上鳴くんの顎に触れると、ビクッ、と肩が揺れた。

「ファーストキス?」
「……おー」
「そっかあ、もらっちゃうね」
「ッ、」

 香水、ではないな、おそらく制汗剤の匂いがうっすらと香る。琥珀みたいな薄黄色が、迷いにか揺れていた。ポン、ポン、と急に勢いを増して溢れてくる薔薇。これはなかなか、耽美で良いはじめてのチュウになるんじゃないだろうか。「少女漫画ってそういうシステムだったんだな」なんて、轟くんの場違いな天然発言に少し笑った。
 背伸びをして、少しだけ距離を詰める。上鳴くんが仰け反りそうになって、しかしグッと戻ってきた。熱くて震える手が、私の腰を支える。抱き合ってるレベルに引っ付いてるから、うるさい心臓がよくわかった。暑くもないのに首筋に、汗が伝っている。それから、覚悟が決まったんだろう、ギュッと強く目が閉じられた。……流石に、私も衆人環視の元友達とちゅーすんのは、ちょっと恥ずかしさはあるけど。
 唇が触れ合う、その直前。

「わあっ」

 腰に回った腕が、私が手を添えていた手が、一生懸命に私を抱きしめた。勢いに少しよろけるが、流石にヒーロー科なだけあって鍛えられた体幹はなんなく受け止めてくれる。それから、上鳴くんは魂を込めて叫んだ。

「ッ、キスくらいじゃねーじゃん!やっぱ、なんか、違うくね!?そういうの、俺が緩名をちゃんと惚れさせてからじゃないと……っ、ダメじゃん!」
「お、おお」

 ちょっと見直した。まあ、一般的な倫理観に基づけばそうだよねえ。誰とでもキスはできても、好きな人と両思いでしたい、っていうのが一番健全だ。響香や百が、おー、と拍手している。三奈も悔しそうだけどしっかり手を鳴らしてるから、共感したんだろう。う〜ん、青い。中でも、今回の事態の原因とも言える同人作家なんて、腕がちぎれんばかりに拍手してるもんね。泣いてる。オタクってまじで泣くんだ!?

「あ、薔薇止まった」
「マジ!? ……マジだ!」

 そういえば、いつの間にか薔薇の放出が止まっている。よかったよかった、これで地球が薔薇で埋もれて終わる危険性は無くなったんだ。よかったあ。実際まあまあ地球のピンチだったのでは? って思わなくもないもんね。
 振り向いた勢いで、上鳴くんは私を抱き締めていたのを思い出したらしく、ワーッ! と叫んで両手を上げて、そのまま後ろへ倒れ込んでいた。大丈夫?

「イッテ頭打った……!」
「ゴンって言ったねえ、大丈夫?」
「大丈夫じゃねェかも……」
「はいはい、いい子いい子」

 いてぇ、って涙目の上鳴くんを撫でて、コブになりそうな頭を“個性”で治してあげる。わーん、と泣き真似して腰に抱き着いてくるから、さっき上がった株は微妙に下落を見せ始める。こう言うちゃっかりは出来るの、マジで男の子の不思議だ。

「ご苦労だったな」
「磨、上鳴、お疲れ」
「あっ、ありがと〜」
「クランプアップかなんかかよ」

 相澤先生が疲れた顔で言って、百が即席で作った薔薇の花束を、響香が私と上鳴くんに渡してくれる。おつかれ〜と三奈が抱き着いてくるのをポンと受け止めた。そして。

「本ッ当にありがとうございました……!」

 深々と頭を下げられる。ほっとけばまた土下座でもしそうなくらいの腰の低さだ。そういえば、一個聞きたいことあるんだよね。

「ねえねえ、結局キスしなかったけどいいの?」
「ウェッ?」
「緩名、おまえね、蒸し返さなくてもよくね!?」

 私の疑問に上鳴くんと瀬呂くんが驚きの声を上げる。だって、ねえ? 推しカプまぐわえ〜、みたいなの、やっぱあるじゃん? そう首を傾げたら、私のその所作にも萌えたらしい経営科のオタクは、いえいえ! と声を上げた。

「いやおふたりが公式なので……公式からのアンサーが正解なんで……」
「はえ〜」
「そんなもんなん?」
「なんだろ」

 オタク心は複雑である。それから、どうか今日のことは忘れていただければ、ともう一度頭を下げた少女に、上鳴くんと顔を見合せて笑った。



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