爆豪くんの安眠枕になる話(仮)(if爆豪)



※同棲している



「おつかれさまでぃ〜す……」

 眠い。眠すぎる。それなりの連勤からの、本来なら休日だったはずの昨日にアホバカ敵の大暴れがあって呼び出されて、からの怒涛の事件ラッシュで流石にくたくたもくたくただ。明日は元々休み、明後日は振替で休日にしてくれたので、呼び出しがなければ二連休である。喜ぶ元気もないけれど、嬉しいのは嬉しい。

「うっ、眩しい……」
「すまないな、私の輝きが眩いばかりに」
「寝てんの?」

 ジーニアスオフィスの所長室、それなりに高層な上でっけえガラス張りの窓のせいで、寝てない目に登ってくる朝日が眩しすぎるのだ。仮眠開けのジーニストはまだ寝ぼけてんのかな、ってくらい素ですっとぼけるから凄い。笑ってあげる気力もねえんよ。

「ああ、磨。仮眠室に寄っていきなさい」
「んぇ? ……わかった〜」

 仮眠室、仮眠室か。ルームキーを受け取って、ロッカーで荷物を取ってからペタペタと移動する。直帰の予定だったけど、まあどうせシャワーも浴びたいしいいか。勝己くんも出勤中だから、寝るなら事務所の仮眠室も家もそこまで変わんない。たしか勝己くん、夕方には上がりの予定だったはずだし、起きて勝己くんと一緒に帰ろ。
 ルームキーをかざして、言われた仮眠室のロックを開く。仮眠室、とは言うけれど、ここジーニアスオフィスの仮眠室はなかなかに豪華だ。ミニキッチンにシャワールームまで付いているし、なにより身体が資本のヒーローにとって睡眠は大事だと言う最もなポリシーにより、ベッドの寝心地がめちゃくちゃいい。所長であるジーニスト自身が大きいから、ベッドも大きいんだよねえ。

「ア?」
「……あれ? 勝己くんだ」
「おー、おつかれ」
「あれ? ……ああ、そっか」

 開いた扉の向こうには、書類片手にパソコンに向き合う勝己くんがいた。そういえば、この時間勝己くん仮眠時間か。走り寄れば、デスクから立ち上がった勝己くんが軽く受け止めてくれる。いい匂いがするし、室内着のスウェットだし、もうシャワーを浴びた後なんだろう。胸元に顔を埋めてスゥ……と息を吸い込めば、勝己くんの匂いで肺を満たされて、そのまま落ちそうな心地になる。身体中を巡る安心に脱力した身体は、勝己くんが支えてくれるから大丈夫なのだ。アイツ、と勝己くんが呟いた。

「余計な気ィ回しやがって」
「んふ〜……ね〜?」

 本当に、ジーニストはお見合いババみたいな真似をする。私たちをカップリングするの、あの人の生きがいみたいなもんだし、こうして勝己くんとの時間を取れるから別にいいんだけども。勝己くんは生真面目なので、報告書を纏めてから仮眠するつもりだったんだろうけれど、ジーニストはそれを見越して私を派遣したに違いない。

「しゃあねェな……寝るか」
「うん……でも、シャワー浴びたい……」
「……五分で浴びてこい」
「え〜っ」

 じゅっぷん……と言いながらシャワールームに押し込められる。とはいえ、髪と身体を洗うだけだ。十分で事足りるのは事足りる。お風呂に浸かるのは家でいいしね。眠たいから本当に最低限、備え付けの家のより高いジーニスト愛用のケアセットを使って洗っていく。ついでに歯もみがけば完璧なのである。適当に身体の水滴を拭って、タオルを肩にかけて、勝己くんの用意してくれた着替えを素通りしてガラっとシャワールームの扉を開けた。パソコンを閉じた勝己くんは、呆れたように目を細める。

「せめてパンツくらい履けや」
「もう……ゴールしてもいいかなあって……」
「よくねェわ」

 なんて言いながらも、オラ来い、と私を引き寄せてタオルで包んでくれる。パンツはけ、と投げ付けられるのはちょっと雑だけど、私を抱き上げてベッドへ下ろし、ヘアオイルからボディクリームまで、ケアしてくれるのは優彼氏すぎる。雑に結構大きいスウェットを被せられて、雑なのに優しくドライヤーを掛けられた。髪を撫でる手つきが優しくて、心地よくて、もう意識が飛びそうだ。

「ねむ〜〜〜〜……い」

 なんとか寝ちゃわないように、意味もなく喋ると勝己くんが背後でくくっ、と喉を鳴らした。

「寝ていい」
「ん〜んん」
「つかもうほぼ落ちてンだろ」
「ぅんんんん」

 冷風に切り替えたドライヤーが、乾いた髪を撫で付ける。ぽてん、と後ろに倒れて勝己くんにもたれかかると、カチ、とドライヤーがオフになった。コードを巻いてベッドヘッドの棚にドライヤーを纏めた勝己くんの腕が、お腹へと回ってくる。つい三十分くらい前までは外で静かかつド派手に飛び回っていたんだろう勝己くんの、赤い瞳が瞬いた。パチ、と弾けるような赤色が、ついさっき見た目を焼くほどの朝焼けを思い出させる。振り向き見上げたまま、勝己くんの肩あたりを掴んで、少し背伸びをした。
 唇が、額に落とされる。閉じたまぶたへとくすぐるようにキスをされ、そのまま柔らかく、顔の輪郭をなぞっていく厚い唇が、鼻先に触れた。唇に一度、軽く触れる感触。重たいまぶたを持ち上げると、すぐ近くにある勝己くんもねむた〜い顔をしていた。

「ねむ〜いね」
「……ん」

 抱き締められ、すうぅ、と肩に埋まった勝己くんが、私を思いっきり吸い込む。勝己くんも、急に限界が来たみたいだ。そのまま、抱き締められたまま二人してベッドへと倒れ込む。足を伸ばして爪先で拾い上げた掛け布団を、勝己くんが引っ張りあげた。

「行儀」
「わるい?」
「うん……」
「……やだ?」
「んーん」

 肩まで引き上げられた掛け布団。微睡みの中にいる溶けた勝己くんの声に、モゾモゾと腕の中で態勢を変えた。向かい合う形になれば、既に眩い瞳はほとんど隠れていて、髪よりも濃い白金のまつ毛が重たそうにふさふさとまたたきをする。いつになく億劫な緩慢さで持ち上がった勝己くんの手が、私の頬をなぞって、少しクマが出来ているかもしれない目の下を撫でた。

「ねろ」
「……うん、おやすみ」
「……おやすみ」

 布団の下で、脚を絡める。勝己くんの、ちょっと熱いくらいの体温を感じながら、幸せの中へと落ちていった。



「ねー、出前頼んでい?」
「おや、おはよう。よく眠れたか?」
「うん、途中のアラーム気付かないくらいには」
「ああ、爆豪も少し慌てていたよ」
「まじ? 見たかったあ」

 身支度をして所長室へ向かう。朝と変わらない姿だけれど、どうやら今パトロールから帰ってきたらしい。勝己くんは仮眠なので、三時間くらいで起きていったっぽいけど、全然気付かなかった。勝己くんは? と聞けば、iPadを渡される。ダイナマイトのアイコンを辿ると、おー、やってるみたいだ。勤務中は各自スマートウォッチなりスマホなり、それぞれGPSを付けて居場所を確認できるようなっている。無事そうだな、とぼんやり見て、ふわあ、とあくびをひとつ零した。寝すぎたかもしれない。

「爆豪を待つんだろう?」
「うん。でも時間あるし買い物でもしてこようかなって」
「ふむ、それはいいな」
「でしょ? そろそろ寒いし」

 昼、結構過ぎ。勝己くんと一緒に帰る予定だから、ついでにデート出来るかもしれない。じゃあデート服とか欲しいよねえ? 泊まり込むこともあるので事務所に着替えは揃っているけれど、デート向きかっていうとまあ……まあ悪くはない、くらい。デート服って名目で新しい服が欲しいだけでもある。SNSの情報収集用垢を見ながら、欲しいものに目星を付けていく。

「ねえねえ、これかわいくない?」
「辞めなさいそんな粗悪品」
「口悪〜」
「磨、君も名の知れたヒーローなんだからきちんとした物を着なさい」
「うーい」
「こら、ちゃんと聞きなさい」

 ジーニストにエグ安い海外通販ブランドの服見せるとまあまあ怒るんだよね。こだわりがある人だから、値段とかデザインではなく縫製の粗さと生地に不満があるようだ。実際届いた謎の臭さを発する布を、縫製が微妙だからとジーニストに縫い直してもらうこともたまにあるし。文句言いながらもやってくれるんだよね、この人。お小言は多いけど。……小姑?
 スマホをデスクに置いて、ベーグルサンドを摘みながらまだ余裕のある事務仕事を片付けていく。時間外労働ではあるけれど、少しでも勝己くんとのイチャつき時間を確保するために終わらせときたい。難しい事務仕事はちゃんと事務の人たちがやってくれるので、雇われサイドキックの私としては報告書とかくらいしかないのだ。ただ、治療した人が多ければそこらへんの経過は私自身でやることも多いけれど。ヒーローの勤務時間って、その時の事件や敵によって求められる“個性”が違うので、他のどの職とも少し違った勤務時間だし、給与形態なので、時間外労働をあんまり気にしてない。高給取りだし。

「んじゃ、ダイナマに帰ったら連絡してって言っといてくださ〜い」
「了解でーす!」
「お疲れ様です!」
「おつかれさまです〜」

 ぱぱっと仕事を終わらせたので、ロッカールームへと戻った。備え付けのドレッサーに向かい合って、ぱぱっとメイクだ。……あ、動画撮ろっかな? SNS用の。来た道を戻って事務室へ。

「SNS用のメイク動画撮っていいですか?」
「後でチェック貰えればOKでーす!」
「ありがとうございま〜す」

 まあ基本断られることはないんだけど、楽に許可貰えたのでオッケーだ。つい最近、モデルをしているブランドの新作が出たのでそれも使っておきたい。学生時代はそんなに表に出ないつもりだったけれど、なんというか、時代も変わればやっぱり変わるよねえ。所長のジーニストからしてモデルをしているような人なので、必然的にというかこんな奇跡の美女たる私にそっち方面のお声がかからない訳もなく、そんな感じだ。オールマイトから貰ったサンリオコラボのキティちゃん×オールマイトヘアクリップで前髪を止めて、ドレッサーの光をバチバチにして、背後のカーテンをちゃんと閉めて、お化粧開始だ。



「あ、おつかれ」
「おう」

 晩ご飯にはまだ少し早い時間帯、夕陽のオレンジを背負って勝己くんがやってきた。デートらしく外で待ち合わせだ。一緒に住み始めるのが早かったから、あんまりこうやって待ち合わせから始まる定番のデートってやってないんだよね。伊達メガネで少し視界の悪い中、勝己くんを見上げて隣に並んだ。

「飲む?」
「なに」
「新しいやつ」
「……」

 少し屈んだ勝己くんに、冷めて飲みやすい温度になってきたカップを差し出した。コーヒーのとこの紅茶専門店のやつだ。私の手ごとカップを持った勝己くんが、それを傾けて中身を飲んでいく。

「あっま……」
「アップルキャラメルティーだって」
「甘すぎ」
「ね、ちょっと思った」
「飽きてンだろ、おまえ」
「んふふふ」

 カップから口を離した勝己くんは、口内に広がる甘さに眉間を寄せた。そう、甘いんだ、これ。キャラメルソースぶっかかってるからまあそりゃあそう。そんで、ちょっと飽きてきてもいたのをバレてる。笑って誤魔化せば、勝己くんは私の手からカップと、結局服以外にもいっぱい買っちゃったショッパーを奪っていった。出来る彼氏やでほんま。甘すぎ、なんて言ったくせに、半分以下まで中身を減らしたそれを一気に飲み干して、近くのゴミ箱へとポイした。

「食べたいのある?」
「肉か魚」
「んー……魚!」
「鮨行くか。電話する」
「やったー!」

 とりあえず繁華街の方へと歩き出す。ショッパーを下げた腕で勝己くんが馴染みになったお鮨屋さんへ電話をしてくれているので、反対の手に絡み付いた。勝己くんは話しながら、当たり前のように繋いだ手を握り返してくれる。チラ、と勝己くんの視線が私を見て、それから電話を切った。男の人の電話ってさ〜、短いよねえ。

「いけた?」
「19時から」
「ん、ありがと〜。どっか行くとこある?」
「おまえは」
「ニトリ行きたい」
「ああ」

 言っとったな、と勝己くんが思い当たったようだ。それから眉間の皺を深くする。

「“アレ”は買わねェぞ」
「え〜、欲しくない? “アレ”」
「あんなん買ったらおまえ絶対リビングで寝ンだろ」
「まあ勝己くんが運んでくれるし……」
「アホ、俺いない時どうすんだ」
「コタツで寝るのさいこー! になる」
「脱水舐めんな」

 “アレ”とは、よくSNSとかで見る、コーナークッションのついたふわふわのラグである。そろそろ寒い時期だし、コタツを出すならああいう形にしたいよね〜! 夢じゃん。我が家、なんだかんだ人結構来るし。勝己くんもちょっといいなとは思っているらしく、ネックなのは手入れが少々面倒なのと私がコタツで寝落ちて脱水だったり風邪を引いたり、が心配らしい。過保護〜。

「あ、ダイナマとビアンカじゃん」
「うわデートしてるいいな」

 ニトリの入っている商業施設に向かって歩いていたら、通りすがりの女子高生に発見された。一応心ばかりの変装はしてんだけどね、輝く美貌ですぐバレちゃうの。付き合った当初は交際を隠してはいたんだけど、めちゃくちゃすぐバレたから開き直ってる。ヒーローの交際相手は時に危険が及ぶことも多いのであんまり公表はしないけど、お互いヒーローだし、一緒に住んでるし。そもそも勝己くんは対敵が多いので逆恨みを買うことも多いし、私は“個性”柄狙われやすいしあんま変わんないよね〜って感じ。

「オフだ散れ散れ」
「ちょ、ウチら犬じゃないんだけど!?」
「まじダイナマしつれー」
「ビアンカいじめられてない? 美女と野獣じゃん」
「誰が野獣だ」
「あははは」

 シッシッ、と女子高生たちを追い払おうとすれば野獣扱いされてる勝己くん、めちゃくちゃウケる。でも女子高生の一人がいやいや、見てみ、と勝己くんの持ってるショッパーを親指でグイっと指さして、ああ〜……と納得したらしい。

「じゃ、デート中だからまたね〜」
「いいな〜! 楽しんで〜!」

 ヒラヒラと手を振ると、絡んできた子達はあっさりとバイバーイと振り返してくれた。引き際のいい子たちだ。

「ね、パン屋さん行かない?」
「買いすぎんなよ」
「勝己くんがストップしてよ」

 おすし前ではあるけれど、どうせ個室なので少々荷物が多くてもいいだろう。なんか急にパンの気分になったのだ。パン屋さんからのニトリ、うん、ファイナルアンサー。

「明日日勤なった」
「あれ? そうなの」
「んで明後日休み」
「えっ、やった」

 勝己くんは明日夕方からの夜勤だったはずだけれど、シフト変更になったみたいだ。昼まで一緒にいれるはずだったのに、と一瞬落ち込んだけれど、明後日休みになったなら問題なしだ! 嬉しい。私と勝己くんのカップリング大好きおじさんの存在が背後に見えるシフトだけど、私たち最近頑張ってたし、社員の私生活を守るのも所長の仕事だと言われたらそれもそうかもしれない。なにはともあれ嬉しい。
 日も暮れてきて、肌を撫でる風が少し冷たくなってきた。日陰に入ってしまうともう寒くまで感じる。繋いだ手にぎゅう、と力を込めると、少しだけ引き寄せられた。ん? と見上げると、真っ赤な瞳は、いつだって変わらず優しく私を見つめていて。ふいに押し寄せる幸福に、溢れるようにはにかんだ。




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