忘れじの夜、またきてしかく(if瀬呂)
※付き合ってるようなまだのようなまだの空気
※微妙に生々しい
※プロヒ軸
ジットリ、雨の前の湿った空気が、汗になって背中を伝う。まだ夏と呼ぶには早いのに、久しぶりのアルコールで火照った身体には、梅雨時のぬるい空気が暑かった。
「コンビニ行こ」
「ん? いーよ」
「ん」
ぐいっ、と斜め前をゆっくり歩く瀬呂くんの服の裾を引いて、見慣れないマンションへと向かっていた身体を方向転換。朝だろうと夜だろうと関係なく眩しく光るコンビニへと歩を進めると、裾を握っていた手がぬくもりに包まれる。
「ん?」
「皺寄っちゃうから、一応ね」
「一応」
「そ、一応」
一応、らしい。細長い指に私からも指を絡めると、マメが潰れてところどころ固くなった皮膚の感触が伝わった。
自動ドアが開いて、キンキンに冷えた風が身体を包む。あ〜、涼しい。
「酒は?」
「いー……る!」
「おっけ」
お酒、いるでしょ。うん、いる。瀬呂くんの家で飲み直そう、が当初の目的だったし。手を繋いだまま、瀬呂くんが持つカゴにぽいぽいと缶を入れていく。そんな飲むのお嬢さん、なんて声は無視だ。
「あ、シュークリーム食べたい」
「いいけどサ、食べきれんの?」
「よゆー」
「本当かァ?」
呆れ顔の瀬呂くんの手を引いて、アルコールに染められたカゴの中へシュークリームを放り込んだ。俺のも、と言うのでもう一個。自分も食べるんじゃん。カスタードとホイップの、別々のシューが乱雑にカゴに着地する。お水はあるみたいだし、もういいかな。無性にサラダチキンが食べたい気がするけれど、この食欲はまやかしだ。たぶん。
お泊まり用のスキンケアを忍ばせて、レジへと向かおうとすると、瀬呂くんが繋がったままの私の手を引いた。
「ん〜? ……」
瀬呂くんが手に取った物に、つい無言になってしまう。生活用品の隅っこにある、四角い箱。帽子の縁からじろっと見上げて、ちょっとだけ睨んだ。
「一応ね、一応」
「むん……一応」
一応、らしい。
「たっだいま〜」
「いや俺ん家俺ん家」
靴を脱いで、はじめましての家にあがる。舌触りの良い甘さに、ほんの少しのスパイシーが香る。ああ、そうそう。高校の時、瀬呂くんの部屋とか、瀬呂くん自身からもよく香ってたやつだ。落ち着いているけれど、センスの良い匂い。
「ほい、鞄」
「ん〜……」
「酔ってんじゃん」
「酔っ払ったぁ」
どさっとソファに大きく座ると、瀬呂くんが腕を伸ばしてくる。胸前で斜めにかけたボディバッグを外すのがめんどくて、両手を立ったままの瀬呂くんに向けて伸ばした。苦く笑った瀬呂くんは、それでもバッグに手をかけてすぽん、と上から抜いてくれる。弾みで落ちた変装用の帽子は、ソファの角にひっかけた。
バッグを置いた瀬呂くんが、私の隣に並んで座る。重みで、少しだけ傾いた身体。
「めっちゃ片付いてんじゃん」
「でしょ」
「瀬呂くん綺麗好きー?」
「いや普通。……でも上鳴は二度とウチ上げねー」
「ええ、はは、上鳴くんなにしたん」
酔っ払ってコンセント一個ダメにしたらしい。そら出禁になるわ。ウケる。へへ、と笑いながらコンビニの袋を漁って、缶チューハイを取り出した。瀬呂くんと合わせて小さく乾杯する。……あー、お酒って感じ。甘い。
「最近どう?」
「っあは、なにそれぇ、さっきも話したじゃん」
「イヤイヤ、また違う最近よ」
「ええ〜……?」
さっきまでの飲み会で、近況報告はそれなりにした。鬼連勤したこととか、瀬呂くんが撮られたこととか、意外とモテてるってこととか、……なんかいろいろ。瀬呂くんが撮られた雑誌は出版よりも先に事務所から手を打ってもらって差し止めになったらしいけど、その代わりいろいろと大変だったみたいだ。かわいそ〜。
「んー……」
「聞いたぜ、前の人振ったんだろ?」
「んー……」
「んーてなによ」
「いやーねぇ? ふふ」
瀬呂くんとは直接関わりがない人だったけど、まあ業界の近い相手だったからそれなりに知ってる人もいるみたいだ。割愛。ぐび、と手元の缶を煽って、シュワシュワ甘いアルコールを喉へと流す。
「まあまあまあ……まあ、ですわ」
「急に関西人なるじゃん」
「ファットさんとこいたしね」
「あー、大阪いたんだっけ」
「そうそう」
いた、といっても一週間程度だ。“個性”柄、この程度の出張はよくある。
「もーね、たこ焼き食べすぎてしばらくいいわ」
「いーな、俺も大阪行きてー」
「え、いいじゃん。美味しいよ」
「飽きたんじゃねェの?」
「今は飽きたけども」
あと一ヶ月もしたらまたソース味ポテンシャル戻ってる、はずだ。ファットさん、相変わらず愉快だったし、切島くんたちも相変わらずだった。思い出し笑いをしながら、アルコールを取った時特有のむくみそうな感覚に、膝を抱えて体育座りになる。
「こら、パンツ見えるでしょ」
「んーふ、瀬呂くんしか見てないしまあね」
「まあねじゃないから、もーさァ」
なんて言いながら、瀬呂くんは私の膝にエスニックなブランケットをかけて、ソファに置いた私の手に、手のひらを重ねてくる。窓も開けていないからな、少しだけ汗が滲んでいた。
「瀬呂くんはどーなの」
「俺? 俺は……まあまあ、まあですよ」
「ええー? とかいって〜?」
「いや、マージでなんもねェの。それが。悲しいくらい」
「うっそだあ」
「マジマジ」
ぜーったい嘘! さっきの飲み会でも、なんかたぶん先輩の女の人に擦り寄らせてたし。交わし方も慣れてるソレだったから、経験積んでるに違いない。おしりの重心を瀬呂くんの方へ傾けたら、身体ごとぐらついて頭が広い肩へと着地する。まあいいや。
「撮られてたしー」
「いやいや、緩名のが撮られてるの多いじゃん」
「それはー、私がかわいすぎるから……」
「ふはっ、まァそうね」
「でしょ。ぜーんぶだいたい嘘だし! ……9.5割」
「0.5はマジじゃん」
「まぁね、それはね?」
ヒーローとしての活動スタンスでは表に出ることが少ないけれど、われらが事務所の所長、ジーニストからモデルも兼任してるヒーローだ。当然私にもそういったお仕事が回ってくるわけですよ。いくらヒーローの扱われ方があの大戦を経て変わってきているとはいえ、ショービズの色が完全に抜けるわけでもない。
「……瀬呂くんっていい匂いするよね」
「そ? さっきシャワー浴びたからかも」
「ふふ、私も一緒」
「ま、緩名はいつもいー匂いするけどね」
「そう?」
「そ」
「そっかあ」
くにゃくにゃになった背筋を少しだけ伸ばして、瀬呂くんの肩に顎を乗せる。至近距離で見つめる瀬呂くんの肌は、荒れがなくて綺麗だった。
「んー……」
「んー? なによ」
「ううん」
「どしたの」
鼻先に触れる瀬呂くんの匂い。なんか、やっぱ久しぶりだし、落ち着くなあ、なんて思ったら呻き声のようなものが漏れていた。瞼を閉じて、ちょっとだけウトウトしてきたら、太ももが冷たくなった。あ、お酒こぼした。
「ほら、零す」
「やー」
「やじゃなくてね」
掴んでいた缶が傾いていたらしい。瀬呂くんの手が私から缶チューハイを取り上げて、ローテーブルへ置いた。ちょっとだけどスカートが濡れてしまった。やだ〜……。瀬呂くんがポンポンとタオルを押し付けてくれるので、水分は取れた。けれど。
「べとべとになった」
「そりゃお酒だからね」
「……シャワー」
「お、借りてく?」
「借りるー……」
「いーよ、瀬呂クンは」
「?」
ベタつく感触に立ち上がろうとしたら、腕を引かれてソファへ逆戻り。それから、お腹には瀬呂くんの腕が回って、抱き締められていた。
「……俺さ、なんか結構、チャラく見られてること多いのよ」
「ね、知ってる」
耳元に触れる声がこそばゆくて、くすくすと笑ってしまう。めっちゃこそばい。お腹に回った手に触れると、長い指に絡め取られた。
「でもさ、意外と一途なんだぜ?」
「えー? どうかなあ」
現に今、なんとなく私たちの間には、ソウイウ空気感が流れている。これでいくともうセフレ一直線コースなわけだけど……どうかなあ? 一途……ではないんじゃないかなあ。
「緩名」
「ん……」
「俺さ、手ェ出さない自信、あんまないんだよ」
「うん」
くる、と乗っかった膝の上で身体の向きを変えられて、瀬呂くんと向かい合う。飲み会の終わり、わざわざ二人で抜け出して、それなりに仲良い男の家に来た時点で、私だって理解してる。どうかなー瀬呂くんだしなー……って気持ちはあったけど、別に嫌なわけでもない。だから素直に頷くと、瀬呂くんは困ったように眉を下げて、ほんとにわかってんのかね、なんて笑った。
「……じゃあ言い方変えるけど」
「ん? うん」
「もーね、こんなことしてる時点で言いにくいんだけどさ」
瀬呂くんの腕が腰を支えて、真っ黒な瞳がじいっと私を見つめた。
「俺ね、好きな子は大事にしたいタイプなの」
……ほんとに一途だったわ。
結局、コンビニで買った四角い箱は、その日は使われることなく大切にされた。
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