迎撃許可は出なかった(ホークス/10万打)



※2、3年時設定


 いろいろと壮絶だった戦いが終わって、しばらく。犠牲者も多く復興地域も広いので、まだまだ世間は平穏とは言い難いけれど、なんとか社会が回ってる今。私たちヒーローのひよっこ達に求められるのは、やはり変わらず即戦力である。そのため、現役ヒーロー達が度々講習としてやってくる頻度が増えて、今日も例に漏れず、である。赤い羽をはためかせるプロヒーローにいじめられ、死屍累々となっているクラスメイトを回復したら、本日の授業終了である。ぐぐっと伸びをすると、授業中もかなり個性を使ったので、少しだけくらっときた。眠い。くわぁ、と欠伸を零すと、全く疲れを見せない飄々とした鷹の目に気付いた。あくびしてるの見られるの普通にはずいんだけど。思ったよりもずっと近くにいたホークスを見つめ返すと、すっと手が伸びてくる。

「んあ、なに」
「涙出とう」
「あくびしたから……ふわぁ」
「ハハ、眠そうだね」

 目尻を優しく擦ったグローブ越しの親指は、どうやら涙が気になったらしい。そらあね、涙も出ますよ。欠伸してんだから。そのまま指先が滑って、頬をぷみ、と摘まれる。なんなん。ゔ〜、と唸ると、楽しげにぶみぶみされた。

「ん゙んんぶぶ」
「アッハ! 赤ちゃんみたいやね磨ちゃん」
「やめ〜い!」

 首を振って手を振り払うと、アッハッハ、とホークスが笑う。なにわろてんねん。な阪関無。

「元気だね磨……」
「ん? まあそりゃ前線組よりは」

 生きる屍、リビングデッド三奈が演習場の地面に座り込みながらへばっている。細々した怪我は回復したけれど、疲労まではね、なかなか回復しきらない。

「轟とか爆豪すらもへばってるしなー」
「ああー、そりゃ徹底的にいじめたんで」
「へ?」

 珍しく立ち上がる気力もないほどへばっている轟くんと爆豪くんを見ながらの切島くんの言葉に、ホークスが答えた。なんで。あと常闇くんもめちゃくちゃにいじめられてた。愛のムチ?

「なんで? 仲良かったっけ」
「いんや?」
「ぐえ、重」

 後ろから回されたホークスの腕が私の肩に乗って、ぐぐっと体重をかけられる。やめて、潰れる。ホークス剛翼分重たいんだから。

「重いんですけど」
「愛の重さかな〜」
「ホークスの愛軽そうだなあ」
「いやいや、ンなことないって」

 首に回った腕に、そのまま引き寄せられた。重くはなくなったけど今度は暑い。構ってちゃんかこの大人。

「まあほら、若い芽は早めに……って言うでしょ」
「え〜、潰しにかかったの?」
「大人気ねぇー!」
「まさか! 期待をかけてだよ」
「へえ〜」

 そんなもんなのかな。ふぅん。後ろのホークスに思いっきり力をかけて凭れかかると、三奈と比較的疲れの浅い響香と目が合った。じとっ、と目が座っている。

「磨とホークスってなーんか仲良いよね」
「ね! だよね! アタシも! 思ってた!」
「え〜……そう?」
「うん」

 さっきまでの疲れた様子はどこへやら、テンションの上がった三奈が騒ぎ出す。いつまでも新鮮にこの手の話題で盛り上がれるの、いいなあ。やっぱり元気なのが人間一番ですよ。

「べつに仲良くないけどなあ」
「うっそ、俺仲良くしてるつもりだったんだけど」
「あへ、まじか」
「や、傍から見ても距離近いから」
「え〜、私元から対人距離近いタイプだし」 
「そうなんだけどね」

 瀬呂くんまで参戦してきた。ホークスも私も、お互い上っ面がフレンドリーの押し売りだからそう見えるだけ、ではないのかな。いや、仲悪くはないけど。それなりーだ。あとこの人貢ぎ癖あるのちょっと恐い。友達少ないんかな。
 ぼーっと思考を巡らせていると、きゅるるる、と小さく私のお腹が鳴った。キュートな音を立てやがって。

「お」
「鳴りましたなあ」
「お腹空いたの?」
「まあまあ? 空いたかもしれない」

 美味いもん食いて〜、と訴えかけてくる私のお腹を、ホークスがぽん、と撫でた。少しだけ視線を隣にずらすと、ホークスの黄土色の髪が見える。あれ。

「ホークスちょっと髪短くなった?」
「お、分かる? ちょっとだけ切ったんスよ」
「へ〜」
「うわー、聞いといて興味なさげだ」
「んなことないっスよ?」
「アラ、ほんと?」
「んんん、ふふ」

 ちょっとはあるよ。ちょっとは。

「磨ちゃんは伸びたね」
「ん? まあねえ」

 入学時と比べると今がちょっと長いくらいだけど、福岡での事件、の後に比べるとそりゃあ大分伸びた。顔の近くにあるホークスの髪を摘むと、太めの毛がチクチクした。ふわっと撫でると柔らかい。雛か。

「イチャついとる……」
「インコーヒーロー」
「いやでも磨とホークスぐらいの年の差ならありじゃない!? むしろイイっしょ!」
「やっぱ年上カッコイイよねー!」
「……ですって、インコー元No.2」
「いやァ、高校生は手厳しいっすねー」

 別にイチャついてるつもりはない。たぶん、私とホークスにそんな甘酸っぱい恋愛的な感情が沸くとも思わないし。ホークスからの感情なんて、初対面時に未成年の私を巻き込んだ罪悪感やちょっとの同情、それからなんとなく性質が似ているから同族意識くらいだろう。そろそろ施設内の点検に出た先生と委員長コンビが帰ってくる頃だろうと、羽みたいな髪から手を引くと、手首をやんわりと握られた。いつの間にグローブ外したん。するっ、と手首の内側を指先が滑って、手を包み込まれた。感触を確かめるようにニギニギされる。今日のホークス、なんか甘えたじゃない? そういう気分、あるよね〜わかる。週5くらいで甘えたday来るもん。

「なに、どしたの」
「磨ちゃん、指細いなって思って」
「そうかなあ? ……ああ、ホークスは結構しっかりしてるね」

 包まれた指を伸ばして、ホークスの指を挟む。うん、関節が結構太め。何回も折ったからねー、とサラッと怖いこと言われた。プロヒーローこわい。

「指の太さ全然違うけん、ペアリング作るなら結構デザイン考えなあかんね」
「……ん、ペアリング? え、誰と作んの」
「え、俺と磨ちゃん」
「ハアッ!?」
「初耳〜」
「なんでそんな呑気なのあんた!」

 訝しげに(一部ワクワクさんだったけど)ホークスを眺めていた面々が、流石にペアリングという単語には驚きで声を上げていた。地面とお友達だった爆豪くんと轟くんがのっそり起き上がるのが見える。回復したんかな? 乙〜。

「あ、磨ちゃん結婚指輪とかいらない派です?」
「結婚ン!?」
「待って磨どういうこと!? アタシ聞いてない! どういうこと!?」
「うわうるさ」

 まあ、ホークス、会う度に結婚する? って聞いてくるからそのノリだなって把握はしているけれど、クラスメイトはそうじゃない。詰め寄ってくる数人をうるせ〜、と笑って見ていると、なんだかひんやりと冷気を感じた。爆破の時に立つニトロのような甘い匂いが鼻先をくすぐった、ような気がする。

「まーたそうやって年下いじる」

 も〜、と形式的に頬を膨らませると、ふ、と耳元で密かに低く笑いが落とされた。

「?」

 ヘラヘラ軽薄に笑ういつもとは少し違った反応に、表情を仰ぎみようとすれば、それよりも先に大きな声が割って入った。

「君たち! 賑やかだがどうかしたか!」
「ただいま戻りました」
「あ、おかえり〜」

 特に問題はなかったようで、委員長コンビとその後ろに相澤先生がのっそり歩いてくる。んじゃ、そろぼち解散かな。寮帰ってなんかおやつつまも。わあ、先生の眼差しが鋭い。刺さりそう。ホークスと繋がれたままの手で視線を塞ぐようにすると、ますます増したような気配がする。こわい。

「先生〜! ホークスが!」
「あっ告げ口してる」

 ワッ、と数人が先生に寄って行って報告をしていた。小学生か。ウケる。

「賑やかやね」
「ね。楽しいでしょ」
「俺高校生活灰色だったから羨ましか」
「わあ、触れにくい話題」
「ホークス」

 薄暗い過去を匂わされて反応に困っていたら、低い声がホークスを呼んだ。

「通報されたいか、おまえ」
「ええ? 俺まだなんもしてませんって。ね、磨ちゃん」
「う、う〜ん……」

 振らないで欲しい。友達の距離、といえばまあそうだけど、世間一般的には未成年相手に近すぎるのは問題なこともあるし。ハア、と大きく溜め息を吐いた。

「第一、本気なら問題ないでしょう?」
「……おまえがその気でも緩名にそのつもりがなければダメだろ」

 頭上で交わされる問答。これ私どうすればいいの。ホークスの言動がある程度遊びの域だろうと判断しているけれど、傍から見るとそうではないんだろう。サンドされてしまって、きょろきょろと視線をさ迷わせると目が合った三奈が応援するようにグッと拳を握った。顔がイキイキ乳酸菌なんだよなあ。完全に楽しんでる。

「わっ」
「お、っと。強引っスね」
「生徒を守る義務があるんでな」

 先生に手を引かれて、その背中に隠される。先生ってなーんかホークスに対して警戒心強いんだよねえ。一年の時、熱愛記事みたいなのが出回っちゃったのも関係してるのかもしれない。

「磨ちゃんのおばあさんは歓迎してくれましたけどね」
「ぅえ!?」

 それは聞いてない。なにそれ。寝耳に水だ。先生の背中からぴょいっと顔を覗かせると、笑顔のまま手を振られる。

「面識あったの!?」
「そりゃー磨ちゃんの保護者ですから。ちょくちょくお茶してるよ」
「初耳なんだけど」

 まあホークスってご老人に好かれそうな感じ、あるもんな。人懐こいですよ〜、オーラを出してるから。

「そう、だから磨ちゃん、そろそろ俺の事意識して欲しいんやけど」
「え?」

 意識? どういうこと。先生を見上げると、頭が痛そうに額を手で覆っていた。え〜……。

「ノリじゃないの?」

 ほぼ初対面の時に結婚します? と言われたのがずっと続いているけれど、その時は正しく、酷い目に合わせた贖罪とか、暗い雰囲気にさせないためとか、そこらへん諸々ひっくるめた軽いジョークだったはずだ。……だったはずなんだけど、先生越しに向かい合うホークスの目は、思ったよりも真剣で。そこから何も言えなくなってしまった。星屑ロンリネス。
 冗談めかした好意はたびたび見せられていた。けれど、揺らがない目をするほどだとは思っていなかった。てっきりお気に入りのひよっこ、くらいだと自認していたのに。声を出そうとすると、急速に乾いた喉が張り付いて、一度口内に溜まった唾液を飲み下した。目の前の黒いコスチュームの裾を掴んで、ほんの少しだけ勇気をチャージした。

「……いつから?」
「さァ、いつからでしょう?」
「なにそれえ」
「磨ちゃんが俺のとこ来てくれた時に教えるよ」
「ええ……」

 ズルだ。ずるい大人だ。イ゙ーッ、と威嚇する声を出したら、軽やかな笑い声を上げた。
 ホークスは、よく笑う。一番関わりの多かった一年生の終わりから二年の始まりの時期は、全員が必死だったからなりを潜めていたけれど、きっとそれが元々のこの人の性質なんだろう。ねえ、と少しだけ甘い声が私を呼んで、伸びてきた手が頬に触れる。

「俺本気やけん、磨ちゃんも本気で考えといて」

 すり、と優しく目の下を擦られて、片目を閉じた。本気、本気かあ……。マジか。本当に本気なのか。照れとかそういうものよりも、驚愕の方が先立っている。そっかあ、そうなんだ……。今の私からははああ、と感嘆のような吐息しか出てこない。う、でも、意識したら急に、こう、鼓動が少しだけ忙しなくなってきているような、気がする。

「俺を挟んでするな」
「アラ」
「あっ、先生待って退かないで」
「なんでだよ」

 ハア、と呆れの溜め息を漏らした先生に待ったをかける。そうだよね、そろそろ帰らなきゃだしね。演習場でなにやってんの、って話だしね。分かってはいるんだけど、先生というバリアがなくなったらちょっと、自分がどうなるかわからないから防壁になってほしい。ぎゅう、と先生のコスチュームにしがみつくと、一瞥されるけれど振りほどかれはしなかった。いいみたい。

「いやァ、妬けるなぁイレイザー」
「ホークス」

 少しだけ固い声で、諌めるように先生が呼ぶ。いかにも先生!って感じのその声を聞くと、身が固くなるのは私だけじゃないだろう。散々慣らされたクラスメイトたちも、ピッ、と固くなっている。ちょっと面白い。
 
「言っておくがこいつはまだ未成年だ。物の分別がつかない程馬鹿じゃないが、それでも庇護される対象だ」

 わかってんな、という脅しにも似た正論のお説教に、ホークスは勿論、と片眉をあげた。

「先生、好きだ……」
「そりゃドーモ」
「ちょっとちょっと磨ちゃん、俺は?」
「先生、好きだ……」
「ウワ、俺眼中にない感じ?」

 全力で生徒を守ってくれる先生の姿勢がめちゃくちゃ好きだ。かっこいい。結婚して……としがみつきながら呟いたら、ポン、と一度頭を撫でられた。それから、軽く頭を掴まれてぐらぐらと揺らされる。なに、酔う、酔うって。

「ぐらぐらする〜」
「帰ンぞ、バス来てる」
「ぅあい」

 おまえらも、と観客になっていたみんなにも声をかける先生に、ハイ! と元気に揃った声が返ってくる。みんなある程度回復したらしい。やっと揺らされるのから解放されて、私も歩き出そうとすれば、後ろから軽く手を引かれた。ぽす、と柔らかい布地に後頭部が着地する。

「卒業したら迎えに来るから」
「え、」
「またね、磨ちゃん」

 ちゅ、とこめかみの辺りで軽い音。触れたやわい感触に振り向くと、ホークスは既に飛び立っていた。ぐんぐん上昇していく姿に、ひら、と落ちてくる羽の産毛。ひええ。

「……」
「凍らすか?」
「上空なら俺のが強ェわ」
「校長に撃ち落とす許可を取る」
「見られてるしさあ!」

 確実に触れた唇を、数人に目撃されていたらしい。三奈と透は飛び上がって歓喜しているし、既にアップ済みの轟くんと爆豪くんがバチバチガンギマリでホークスを追おうとするし、先生に至っては雄英のセキュリティシステム作動の要請まで出そうとしている。キスくらいで雄英バリアー発動するの、絶対やめてほしい。あの校長愉快犯的一面あるから血迷う確率若干あって怖いのよ。
 さっきにも増してギャーギャーワーワー騒ぎ出す面々の声を聴きながら、ほのかに熱の残るこめかみにそっと触れる。見上げた空には、ホークスの姿はもうどこにもいなかった。



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