やっとかよ、と呆れられた(if爆豪/10万打)



※プロヒ軸

 炎天下のヒーロー活動は辛い。外で動き回るヒーローにとって、夏は最も過酷な季節だと言えるだろう。……まあ、BOOOM! とド派手な音を立てて上空を自由に飛び回る彼にとっては、最適な季節かもしれないけれど。
 大・爆・殺・神ダイナマイトのハッチャケ大活躍っぷりに、それなりの規模でチームアップが組まれた敵事件も昼過ぎにはあっさりと片がついた。バッファー兼ヒーラーの私は、ヒーラーのお勤めがほぼなく、今はお手伝いさんのようにスポーツドリンクを配り回っている。怪我より熱中症の方が治療数多いのってどういうことって感じだよね〜。

「あっ、ビアンカちゃん!」
「は〜い、スポドリどうぞ〜」

 名前を呼ばれて、頑張ったヒーロー達に冷え冷えのドリンクを渡す。顔を赤くした男のヒーローは、たしか2つ3つ上の先輩、だった気がする。正直個性柄日々多くのヒーローと連携を組むので、重要度の高い個性持ち以外なかなか覚えられない。よっぽど特徴的だったり、めちゃくちゃ声デカかったりしたら覚えられるんだけど。

「お疲れさまで〜す。水分取ってね」
「ビアンカちゃんもお疲れ!」
「うん、ふふ、あんまり今日活動してないけど」
「そんなことないよ! ビアンカちゃんの個性のお陰で調子良かったし……! そ、それに、君がいるだけでやる気が出るって言うか、その……」
「んえ?」

 声が小さすぎて後半聞こえなかったけど、多分口説かれてるんだろう。聞く気がなかったとも言う。まあ彼氏いないしな〜、今。わかる、私かわいいから口説きたくなるよね。ならもっと腹から声出して元気に口説いてほしい。夜嵐くんなんてこの間「緩名さん!!! 久しぶりっすね!!! あれ!? また綺麗になったっスか!?!?!?」って私を口説く声で雲を割ってたよ。後半全部嘘だけど。

「あ、じゃあ私他の人にも、」
「あの! この後、予定とか……あるかな……」
「あー……」

 聞こえてしまった。予定かあ。一応今日はあがりの予定だ。誰か暇な人間でも捕まえて飲みに行こうかな〜、って考えてたぐらい。うーん、暇っちゃ暇なんだけど……。三奈とか響香とか爆豪くんとか、雄英時代の友達と飲むことが多いし、まあたまには気分を変えるのもいいか。タイマンでご飯とかは流石に遠慮するけど、周り巻き込めばいいし。空いてますよ、と答えようとしたところで、コスチュームの襟元を軽く引かれた。

「緩名」
「あ、爆豪くんおつかれぃ」
「おー」

 振り返って見上げると、さっきまで敵顔負けと謳われる楽しそうな顔で飛び回っていた爆豪くんがいた。爆発さん太郎だ。いつもより多めに爆破していたからか、甘い匂いが濃くて、いい香りにスンスンと鼻を鳴らしてしまう。おいしそう。

「飲んだ?」
「まだ」
「はい」
「ん」

 持っていたラストのスポドリを爆豪くんに渡すと、そのまま一気に半分ほど飲み干す。いい飲みっぷりだ。まだ、と言っていたけれど、爆豪くんの後にスポドリの空ペットボトルが三本あるのを知っている。汗をかくのが仕事みたいなもんだから、特に夏は多汗な時期だし、水分が必須だ。周りより少し色素の薄い肌が、日に焼けて赤くなっていた。

「おまえは飲んだんか」
「ん?」
「顔赤ェわ、アホ」
「んん」

 飲みさしのペットボトルを、そのまま口に押し付けられた。飲んだと言えば飲んだよ、一応ね。私が熱中症になったら溜まったもんじゃないし。とはいえ、この暑さだ。内側から熱されているような熱気と湿気に、頬もそりゃ頬も火照る。押し付けられたスポーツドリンクを、そのまま抵抗なく飲みこんだ。あまい。

「この後予定ねェだろ、おまえ」
「うん」
「前行きたいっつっとった所行くか」
「え! 行く! ……どれ?」

 行きたいって言ったところ、多すぎる。爆豪くんとのメッセージ、ほぼメモ帳だと思ってるから、ここ行きたい! ってお店のURLを送り付けまくってるのだ。しかも爆豪くん律儀に覚えててくれるから私が忘れててもあっこ行くぞ、って誘ってくれるんだよね。ラブじゃん。心当たりが多すぎる私に、残ったスポドリを飲み干しながら、爆豪くんがフ、と口角を上げる。

「点心のヤツ」
「あ! いくいくいく。あれ爆豪くんいなきゃキツいって思ってたの」
「ヨユーだろ」
「え〜、めっちゃ辛そうじゃない?」

 おすすめコースのみが提供される、完全個室の中華料理屋さん。その中にはいかにも辛そうな料理もあって、でもめちゃくちゃ美味しそうだし評価も高いから気になっていたのだ。

「あ、でも先にシャワー浴びたい。汗かいた」
「車回す」
「やった! ラブ豪くん」
「ハ、しょーもな」
「んだと」

 ラブ豪くん、鼻で笑われた。かわいいのに。

「あの……」
「あ! ……じゃあ先輩、また現場で会うことがあればよろしくお願いします〜」
「……っス」
「はは……はい……」

 声をかけられたことで、そういえば他の人と話してたんだった、と思い出した。ちょうど用事も出来ちゃったので、ぺこっと頭を下げると、同じように少しだけ頭を下げた爆豪くんに肩を組まれて、方向転換をした。一回事務所帰って、シャワー浴びて、ウキウキ点心だ!

「ねえ、私汗かいてる」
「俺も同じようなモンだわ」
「も〜」

 抱かれた肩はそのままに、オラ、と顔にタオルを押し付けられる。これ爆豪くんの使ったやつでしょ! 別にいいけどさ。出会った頃はあんなにツンケンしていたのに、年々くっつきたがりになっていく爆豪くん。ふてこい猫に懐かれた気持ちだ。悪い気はしないよねえ。あーつーい〜、と首を緩く振ると、ハ、とまた笑われた。



 『10分』、とのみ来たメッセージに、身体を拭きながら髪巻きたいです、と返した。頭は濡らしてないんだけど、やっぱね。髪若干ボサってるからさ。ひんやりするスプレーをして、コテをあっためてる間に服を着、薄い化粧を軽く直して、適当に低い位置で結んだ髪の毛先をくるくるに巻く。あ、もう解すの後でいいか。後れ毛だけちゃんと巻いとこ。マスクをして、『裏口』と2分前に着ていたので、むかいます、とスタンプを返して、かわいいサンダルに足を通して向かった。事務所の裏手に止まっている見慣れた車に近付くと、助手席のドアが開いた。爆豪くんが内側から開けてくれてるから、ほぼ自動ドアだ。

「おまた〜」
「ちゃんと拭いたんか」
「ん、大丈夫」

 乗り込むと、ひんやりとした冷気が身体を冷やす。すずし〜。一瞬でも外暑かったからな。私がシートベルトを締めたのを見てから、車がゆっくりと動き出す。

「予約した」
「え、しごできすぎる。ありがと〜」
「時間あるから映画でも行くか」
「わあい! 行く! あ、時間あったらね、デパートも行きたい」

 下地と粉が死にかけ、欲しいリップもあるのだ。そう言うと、爆豪くんは映画館を併設してある大型デパートに向かってくれるみたいだ。

「この色かわいくない?」
「まァいいんじゃね」
「てきとう〜!」
「実物見ねぇとわかんねェだろが」
「たかし」

 信号で停車した間に、バズりツイートの写真を見せる。めちゃくちゃかわいくて、夏っぽくていいな! となったのだ。爆豪くんってセンスがいいし言葉も率直だから、似合うものは似合う、似合わない物はキッパリ言ってくれてありがたいんだよね。意外と買い物にもめちゃくちゃ付き合ってくれるし。優豪くんである。

「あ、映画どれがいい?」
「……これ、前オールマイトが良いっつってたな」
「へえ! 気になるかも」

 古い映画のリバイバル上映だ。名前だけは聞いたことがあるけれど、観たことはない。映画通のオールマイトが言うなら、私たちの好みに刺さるかはともかく、面白いのは間違いないんだろう。時間も今からちょうどよくて、チケットを二枚ネット予約した。あとは発券するだけだ。

「あ〜、ポップコーン食べたい。あ、辛いナゲットも食べたい」
「入んなくなんぞ」
「爆豪くん食べてくれるでしょ?」

 へへ、と笑えば、仕方ねぇな、とでも言うみたいに爆豪くんが眉尻を少しだけ下げた。無言は肯定である。いつかの時期からしだすようになった、この優しい顔をされると、少しだけ照れちゃうんだよなあ。誤魔化すようにグローブボックスを開けると、小物入れが。あとポケットティッシュに除菌シート。小物入れの中身はほぼ私用だ。リングやネックレス、イヤリングとか、細々した物をよく忘れちゃうので爆豪くんが絡まらないよう纏めて入れて置いてくれるのだ。忘れすぎ。

「あれ、私また忘れてたっけ」
「ん」
「へ〜ちょうどいいや、付けちゃお」

 先週から見ないな、と思っていたリングがあって、今日は装飾品をひとつも付けていないから指に嵌めた。シンプルなデザインがかわいい。ペアリングではないけれど爆豪くんがネックレスにして首から下げているのと、同じデザインなんだよね。シンプルで使いやすいから気に入ってる。

「マスク取れよ」
「え〜、でも今日変装道具なんもない」
「暑ィだろ」
「それはそう」

 車が駐車場に入って、出る準備をする。ショルダーバッグにはスマホにミニハンカチ、ミニポーチにリップ。あと三つ折りの財布だけだ。爆豪くんに至っては基本鞄持たない。

「ねえ、あれやって」
「またか」
「好きなんだもん」
「オラ」
「ふへへ、きゃ〜」

 駐車の体制に入った爆豪くんにお願いをすると、助手席に片腕をかけて、全女子の憧れと言っても過言ではない、あのときめき駐車ポーズをしてくれた。呆れつつもなんだかんだノリノリでお願いを聞いてくれる爆豪くんを、パシャと激写。あとで緑谷くんにでも送ったろ。

「被っとけ」
「ん、ありがとう」

 ポス、と乗せられたお揃いのバゲットハットを、少し深めに被る。代わりに、言われた通りにマスクは取った。助手席の扉を開けてくれる爆豪くんが差し出してくれた腕をとって、車を出る。地下の駐車場とはいえ、ムッとした熱気が来た。

「今日暑すぎ」
「それ」
「茹だっちゃう」
「どうせすぐ寒ィっつーだろ」
「え〜、エアコンによる」

 エレベーターのボタンを押して、開いた中に乗り込む。一番奥に行くと、登っていく景色が透明のガラスからよく見えた。平日の昼間とはいえ、B1、1階では、それなりに人が乗り込んでくる。映画館は最上階なので、詰めなきゃだ。爆豪くんが私を囲うように、銀の手摺に手を付いた。

「登ってくの見てるとゾワゾワしない?」
「しねェわ」
「しりきうとぅんどぅの呪いだよ」
「タワテラじゃねぇんだよ」

 小声でボソボソと囁く爆豪くんの声って、なんか面白い。対敵中とか、対緑谷くん中とかは声大きいから。思い出したらまた夢の国行きたくなってきた。最後に行ったのは去年、爆豪くんと、上鳴くん、切島くん、三奈、響香とだ。また行きたいね、って言うと、その内な、と腰のあたりをポンポンされた。行ってくれるみたいだ。

「ポップコーンなにがいい? キャラメルとバター醤油ね!」
「決まってんなら聞くなやァ」
「ふふふ」

 発券して、開場がもう始まるので、ポップコーンと飲み物を買う。待ってる間手持ち無沙汰の爆豪くんは、昔よりまた伸びた身長を活かして、ズシ、と私の頭に顎を乗せてきた。甘えたさん太郎め。
 館内に入ると、人はぼちぼちだった。古い映画のリバイバルの割りには多い。一応顔を知られている職業なので、最後列を陣取った。そこも運良く疎らに空いていて、両隣にも、前にも誰もいない。まあそういう席選んだからそりゃそう。席に着いて、ドリンクを一口。あ。

「……ちょっと寒くなってきた」
「だろォな」

 知ってた。とこっちを見ない爆豪くんに、むっと頬を膨らませる。知られてた。仕方なく肩を爆豪くんに軽くぶつけると、持っていたジャケットを渡してくれる。やったね、防寒具ゲット。せびったとも言う。大きなそれに袖を通すと、ほのかに爆豪くんの匂いがした。
 膝の上に帽子を置いたら、フッ、と館内の電気が落ちる。予告は手短に、それから、静かに本編が流れ出した。



 アクション映画のように大きな出来事こそ起こらないけれど、地位も人種も性別も違うふたりが、ゆっくりと友情を結ぶ映画だった。ほんのり暖かくて、少しもの寂しい。終わってからの余韻も心地よくて、グズ、といつの間にか熱くなっていた鼻を啜る。感じた視線に隣を向くと、一斉に灯りが着いた。

「泣いちゃった」
「……ん」

 指先でまつ毛についた雫を拭うと、爆豪くんの手が頭に乗って、くしゃりと一撫で。それから、私の頭に帽子を被せ、空になったポップコーンたちの器を抱えて、行くか、と立ち上がった。

「あ、私お手洗い行ってくる」
「ン」

 そこまで長い映画ではなかったけれど、水分を取れば出るというもの。爆豪くんもトイレに向かうようだ。
 手を洗って鏡を見ると、少しだけ赤くなった目尻。化粧もよれていないし、これなら泣いたのもバレない、だろう。爆豪くん以外には。軽くリップを塗り直し、ポーチとハンカチを鞄にしまった。

「おまたせ」
「ん。行くか」
「うん」

 外で待っていた背の高い姿に、ててっと走り寄る。腕の触れる距離に並んだまま、階下を目指した。コスメ売り場は2階だ。エレベーターが混んでいそうなので、エスカレーターで降りることにする。

「あ、見て。あれかわいくない?」
「どれ」

 少し下に見える服に指を指すと、前に立つ爆豪くんがちょっとだけ顔を伸ばしてくる。鍛えられた肩に手を付いて、私も少しだけ身を乗り出した。

「似たようなの持ってんだろおまえ」
「持ってるけど欲しいじゃん?」
「寄るか?」
「ううん、大丈夫」

 欲しいけど、似たようなの持ってるし。そういうと、ぴしっ、と軽くデコピンされた。
 2階まで降りてくると、香水の混ざった匂いが鼻につく。なんか一個めちゃくちゃいい匂いのヤツある気がするけど、匂い混ざりすぎてどれかわかんない。あ、香水瓶かわい。目当てのショップに着くと、整理券を貰う。下地とパウダーは元から使ってるやつだから、タッチアップしなくてもいいのだ。

「ちょっとだけ待ってね」
「おー」

 爆豪くんに声をかけると、ぬる〜いお返事。それから、腰を引かれて、爆豪くんが軽く頭を下げる。どうやら後ろの人の邪魔だったようだ。私もぺこっ、と頭を下げると、相手の方もぺこっとしていた。彼女たちが走り去る時に、ビアンカだっ、と小さく聞こえた。かわいい。
 お会計を済ませて、ショッパーを下げて店のブースを出ると、爆豪くんが手早く私の手からショッパーを奪っていった。続いてはリップだ。

「タッチアップはなさいますか?」
「ん〜……大丈夫です!」
「いいンか」
「うん」

 タッチアップして揺らぎたくない。これがかわいいから欲しいんだもん。キラキラの細かい青ラメが入ったグロスは、夏らしくて今限定だ。合わなかったら三奈にあげよ。絶対似合うし。
 人にぶつからない様、小さなショッパーを二つ持った爆豪くんに引き寄せられたまま、それなりに人の多いデパート内を歩く。まだ少し予約の時間まであるから、ぶらついて暇潰しだ。

「あ、水着」

 特設の催事は、どうやら水着フェアのようだ。うん、夏っぽい。水着ってかわいいの多いから見ると全部着たくなっちゃう。ふらふらと歩みを進めると、爆豪くんもそのまま着いてくる。

「これかわいい。あ、こっちもかわいい」
「……」
「……かわいくない?」
「布が少ねェわ」
「そりゃ水着だもん」

 布面積の多い水着もあるけど、やっぱり個人的にかわいい! とときめくのは、それなりに露出度のあるやつだ。その中でも、一際ときめくものがあった。

「え〜! これかわいい、かわいすぎる」

 一見すればスポーツブラのような形状だけど、胸元に斜めにジッパーが付いていて、半ばまで開くようだ。めちゃくちゃセクシーでかわいい。

「それ、買うんか」
「ん〜、迷う。海行く予定ないし……」

 いくらヒーローだからって、休暇が取れないわけでもない。昔よりも融通が効くようになっているらしいし、比較的有給もすんなりだ。勤務時間が不規則なので、今はだいぶ連勤中だけど。だから、誘えば何人かは遊びに行けるんじゃないかなあ、なんて思っているり

「うん、買っちゃお」

 買えばその気になるでしょ。よし。水着を手に取れば、ハア、とすぐ近くからため息が聞こえた。

「……海行く時声かけろ」
「当たり前にそのつもり」
「それ、俺以外の前で着たらタダじゃおかねェからな」
「え〜? ふふふ、なにそれ」

 別に私たち、付き合っているわけではない。まあ、爆豪くんのかわいい嫉妬も、許してあげよう。脳内でスケジュールを思い出して、行けそうな日を思い浮かべながら、レジに向かった。



「夕方なのにまだ明るい〜」
「夏だからな」

 デパートから車で少々。予約をしているお店に向かう。近くに駐車場がないので、少し離れたところからせっかくだし歩こうか、となったのだ。冬なら真っ暗な時間帯だけど、まだまだ明るいしまだまだ暑い。新しいリップを塗った唇を擦り合わせると、少しだけザラザラする。ラメたっぷりだとこんなザラザラするのか。なるほど。

「緩名」
「なーに」
「あっこ」
「ん? ……あ、星」

 爆豪くんに名前を呼ばれて、その指先が向くほうを見上げると、一番星が。まだ明るいけどギリ見えた。爆豪くんよく見付けたなあ。

「点心なに出てくるかなあ」
「これ美味そう」
「え、うまそう」

 お店を調べていたらしい爆豪くんが、SNSに上がった写真を見せてくる。〆らしい中華粥だ。めちゃくちゃおいしそう。

「ヨダレ出そう」
「ハ、きたね」
「ンだと〜?」

 爆豪くんが美味しそうな物見せるのが悪い。期待値爆上がりだ。はやくはやく、と自然と足が急く。エレベーターのない雑居ビルの階段を上がって、予約の時間より数分早いけれど、辿り着いた店の扉を開けた。こじんまりとしているが、清潔でオシャレ、しかも映えそうな店内。間接照明で照らされて、外よりもよっぽど薄暗い店内を案内される。雰囲気の良い個室に通されると、爆豪くんと向かい合って座った。



「めちゃくちゃ美味しかった〜!」
「な」
「ご馳走さまです」
「おう」

 階段を降りながら、感想会だ。今まで食べた中華で一番美味しかったかもしれない。

「でもあれ辛すぎん?」
「どこがだよ」
「やあ、私はまじギブだった」
「ああ、てめー涙目だったなァ」

 思い出したのか、爆豪くんが楽しそうに笑う。いや、あの水餃子は普通の味覚の人にはまじで辛すぎるから。辛さ調整できます、って言われたけど、爆豪くんが最強で、っつったんだ。死ぬ。でもめちゃくちゃ美味しかった。また来ようね、って言うと、おー、とご機嫌な声が返ってきたので、爆豪くんも気に入ったらしい。今から二軒目でも行っちゃおうか、と思っていたところで、思いがけない横槍が入った。

「あれ、磨ちゃん?」
「あ?」
「んえ?」

 呼ばれた名前に振り向くと、そこには以前チームアップを組んだ事務所の、たしか事務員さん……だったはず。あんまり覚えてなくて申し訳ない。とにかく、そういう感じの人がいた。ちょっとだけチャラそうな感じがするけれど、上鳴くんとはまた違ったチャラさだ。暗髪で前髪長めのワックスでウェッティセットみたいなやつ。偏見〜。

「あ、……ダイナマイト!? え、二人って付き合って……いや、でも彼氏いないって言ってたし……」
「あぁ?」
「も〜、爆豪くん威嚇しないの! 付き合ってないですよ〜」

 威嚇する爆豪くんの腕を引いて抑え込む。付き合ってはないんよ。そうなんだ、とその男の人が笑って、一歩距離を詰めてきた。

「ダイナマイトとご飯? いいなあ、俺とも行ってよ」
「あはは、またね〜」
「いいじゃん、ソイツとはただのお友達なんでしょ?」
「うーん……」

 グッ、と距離を縮められる。ご飯なあ。楽しい人とのご飯以外、楽しくないしなあ。わざわざ時間を割きたくないのが本音だ。流してるんだからこう、気づいて欲しさある。ね。今から飲み行かない? と言われても、それはちょっと……無理だ。
 言葉に困って詰まった私に何を思ったのか、更に畳み掛けてくるその人。あー、名前なんだっけ。忘れてしまった。どしたん? 話聞こか? さんでいいかな。

「俺さ、磨ちゃんのことわりとマジなんだよね。……ダメかな」
「んん、ちょっと、」
「ダメに決まっとンだろボケ」
「なっ、!」

 伸びてきた手が私の腕に触れそうになった瞬間、爆豪くんがその手を払い除けた。そのまま、お腹に回った腕に引き寄せられ、すっぽりと抱き締められる。ビッ、と目の前で中指が立てられた。こらこら。また一般人を恐喝!? って記事書かれるよ。

「あは、じゃあまあ、そういうことなんで」
「えっ……は……?」
「チッ、二度とコイツに近寄んじゃねェクソが」
「クソは言い過ぎ! じゃ、ばいばい〜」

 何が起きたのか理解が追い付いていないのだろう、困惑の声が後ろから聞こえるけれど、無視したまま爆豪くんにほぼ抱き着かれたまま歩みを進める。歩きにくいて。まあ、そういうことだ。二週目なので一応人生経験は、同じ年齢の人と比べたら豊富な方、のはずだし、そもそもいくら鈍くても、ここまでされて相手からの好意に気が付かないわけがない。爆豪くんが私にメロメロメロウなのは、わりと早い段階で察してしまった。

「ナイス牽制〜」
「てめェ誰にでもいい顔してんじゃねえわ」
「ええ、してないもん……あててて」
「ヘラヘラすんのはこの頬かァ?」
「い〜た〜い〜」

 むにむにと両手で頬を押し潰される。モチモチされるとそんなに痛くはないけれど、顔が潰れちゃう。スっと手が離れていったかと思うと、深く溜め息を吐いて、爆豪くんの顔が私の首筋に埋まった。あらまあ。暗いとはいえ、道端に避けているとはいえ、繁華街ですわよ、爆豪さん。

「いい加減頷けやボケ女ァ……」
「んっふふふ、うーん」

 ツンツンとしているのに柔らかい髪を撫でる。頬に触れる毛がくすぐったい。
 意地悪を、しているんだろうな、と自覚はある。向けられる好意を自覚しているのに、答えはせず、断りもせず、ふよふよと濁したまま受け入れて。誰よりも一緒にいるのがなぜか、なんて聞かれたら、ちょっと困ってしまうんだけど。まあ、最低だよね。言い訳のしようがない。
 いや、言い訳だけさせてほしい。でも、だって、思春期の恋の病的なものだと思ってたんだ。だって。爆豪くんから向けられる感情に気付いたのは高校の時だし、爆豪くんも、私が気付いたことに気付いてたし。高校生の恋なんて、一時的に実ってもすぐに枯れていくのが殆どだし、付き合って別れて、とかになると気まずくなっちゃうじゃん。せっかく仲良くなった爆豪くんと、そんなことで疎遠になりたくなかったのが始まりだ。それが、いつの間にかこんなとこまで、ズルズル引きずってしまっていた。

「……ごめんね」

 思い直しても、自分の最低さに悲しくなる。要は、楽だったんだ。爆豪くんに甘えるのが。三奈とか響香とか、瀬呂くん、上鳴くんに切島くん。挙げ句の果てには緑谷くんにまで、かっちゃんと向き合ってあげて、と言われてしまった。マジごめん。本当にごめん。申し訳。謝罪の言葉に、びくっ、と震えた目の前の肩に手を回す。本当は、私だって。

「爆豪くん、私のこと好き?」

 そう聞くと、ゆっくりと顔が持ち上がって、赤い瞳がきゅうっと細まった。爆豪くんの向こうでは、やっと濃紺に染まった空で、さっき見つけた一番星が輝いている。

「……好きだ」
「うん」
「おまえが、緩名が、……磨が、好きだ」
「……うん」

 想いを、知ってはいた。何度も態度で思い知らされたから。けど、そういえば、言葉にして聞くのは初めてかもしれない。好きだ、という爆豪くんの声はただただ真っ直ぐで、強くて、胸がキュウウ、と痛くなった。それでいて、どうしようもなく愛しくて。

「あのね、知ってた」
「……オウ」

 爆豪くんの目が、少しだけ赤い。……爆豪くんが、本当は意外と泣き虫なことも知っている。今日も、涙こそ零さないけれど、映画を見て目を赤くしていたことも、知っている。真っ直ぐすぎる感情が、赤い目を揺らした。あのね。

「私も、爆豪くんが好き」

 知ってた、と言葉と共に抱き締められた勢いに、被せられた『DYNAMIGHT』とロゴの入ったバゲットハットがパサリと落ちた。重なった唇は、ラメのせいでざらついて。やっぱりこのグロスは三奈にあげよ、と思った。
 遠くでフラッシュの光が見える。さて、明日の一面に載る前に、クラスのグループで報告しないとだ。



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