あなたの言葉が甘いので、(if相澤/10万打)



※プロヒif


 遅くなった。日付けの変わるギリギリだ。とはいえ、ヒーローなんて不規則な仕事をしているので、慣れたものだけど。日勤から深夜ぶっ通しとか平気であるからね。生ぬるい風が頬を撫でる夜道をスキップしていると、猫ちゃんがいたので写真を撮っておいた。

「ただいま〜」
「おかえり。遅かったな」
「ね、もうちょっと早く帰れる予定だったんだけど」

 玄関を上がると、お風呂上がりだろうタオルを首から下げた消太くんが迎えにきてくれた。ので、両手を伸ばす。近付いた身体にぎゅっと抱き着くと、そのまま抱き上げられる。あ〜、甘やかしだ。ダメ女製造機め。嘘、ダメ私製造機だ。ノットオール女、オンリー私甘やかしイエス。

「いい匂いする」
「そりゃよかった。風呂湧いてるぞ」
「ん、入ってこようかな……一緒に入る?」
「おまえ俺の状態見えてるか?」
「お風呂上がりだねえ」

 一緒に入りたいかと思って。なんて言うと、それは明日な、と笑われた。ソファに下ろされると、消太くんがリビングに向かおうとするので、その前に、と引き止めた。

「ただいま」
「……おかえり」
「ふふっ」

 屈んだ消太くんの首に腕を絡めると、ちゅう、と四十路の男に不似合いな音を立てて唇に触れた。

「明日学校だっけ」
「ああ、まァ何も無ければ午前中で終わるよ」
「やった〜、私あした休み」
「知ってる」

 今年は担任を受け持っていないので、学校にいる時間も比較的短い。おかげで家で一緒にいれるんだけど、来年とかがちょっと怖いな〜、って思う。いっそ私も非常勤で雄英行こうかな。治癒系個性の保健医が不在な為か、根津校長からのお誘いが最近益々激化しているし。

「こら、くすぐってェ」

 緩い部屋着から見えている鎖骨に、ぐりぐりと頭を押し付けると、くすぐったそうに逃げられた。ここで逃がす私ではない。引き寄せて、更に強くグリグリした。

「ん〜、マーキングマーキング」
「もうおまえのだよ」
「でも大事でしょ」

 マーキングは非常に大事である。なんせこの男、歳を取るほど雰囲気が柔らかくなっているのか、元からモテないわけではないが、もっとモテ始めている。もう私のなのにね。人の物ほど輝いて見えるって言うけれど、そういう感じなのかなあ。女子高生に興味がないのは知っているけれど、先生と出会った時の自分が女子高生だったからか、なぜか女子高生を警戒しちゃうんだよねえ。

「ほら、さっさと風呂入ってこい」
「うん。……入浴剤誰の?」
「芦戸。……目がチカチカすんぞ」
「三奈か〜、そりゃそう。いってきま〜」

 消太くんは先生なので、プロとしてデビューした生徒達からグッズを貰うことが多々ある。その中でも、商品化しやすいからなのか、なぜかプロヒーローは入浴剤のグッズが多い。私もある。……イレイザーヘッドはないけど。いろいろと波乱の時代を過ごした同期達は、ほかの世代と比べて結構売れっ子が多くて、その影響で元A組の入浴剤だけでも、アドベントカレンダーにできそうなレベルで家に溜まっていた。

「うわ、目がチカチカする」

 タオルと着替えを出して、服を脱ぎ捨てて浴室の扉を開けると、とにかくショッキングピンクが飛び込んだ来た。三奈のイメージカラーっていうのはわかるけど、流石にショッキングすぎる。安らぎのバスタイムどこ? あ、でも匂いはミルキーなフローラルで、結構落ち着く感じかも。浴槽はギンギララメラメだけど。
 メイクを落として、シャンプー、もこもこの泡で身体を洗って、トリートメントを付けたまま浴室へ。目さえ瞑れば癒される空間だ。消太くんはガンガンに熱いお湯を好むけれど、いい感じにちょっと温度が下がってる。

「お、ラメってる」

 お湯の中から手を持ち上げると、キラキラの細かい粒子が肌に付いていた。……これ掃除するの大変じゃない? 後で三奈にご意見おきもちメッセ入れとこ。
 暫く浸かって、そろそろ逆上せそうになったら、トリートメントと身体を流す。あ、でも結構すんなり落ちるわ。おきもちしなくていいかも。

「消太くーん、あがった!」
「なんの宣言だそれ」
「私がお風呂から上がった宣言」
「いいから服着てこい」

 とりあえず足だけ拭いて、一応タオルを巻いて、おそらくリビングにいるだろう消太くんへお風呂上がり宣言だ。ひょい、と顔をのぞかせると、乾かしたらしい髪を一つに結って、眼鏡をかけてパソコンへ向き合っていた。お風呂上がりって暑くてしばらく全裸でいたくなるよね。あつい。

「アイスたべていい?」
「服着てからな」
「着たくないんだけど……」
「そりゃ残念」
「ぐわー」

 わざわざ立ち上がって近付いてきた消太くんに捕まって、洗面所まで逆戻り。タオルを剥ぎ取られ清潔な匂いのするボディクリームを全身に塗られて、その間にしぶしぶスキンケアだ。

「消太くんのえっち〜」
「足上げて」
「無視かい、ん」
「介護だからな」
「面倒見るのすきでしょ?」
「はいはい」

 服まで着せてくれるらしい。いや着たくないんだけどね。ボディクリーム塗った後ってベタベタするじゃん。なんてイヤイヤをするけれど、慣れっ子の消太くんは何処吹く風で私にパンツと寝巻きを着せていった。あ〜あ、着せやすい寝巻きにするんじゃなかった。でもかわいいから許す。

「かわいくない?」
「はいかわいいよ」
「心がこもってなーい」
「かわいいかわいい」
「じゃ今度メンズのも買ってくるね」
「……別にいいが、おっさんのモコモコした部屋着、どこに需要があんだ」

 サラッとしたワンピースも、羽織らせられたもこもこのパーカーも、クリスマスや福袋が速攻売り切れるジェラートなところのである。おじさんとかわいいは結構需要あるもん、言うて。

「アイスたべたい」
「先に飯食えよ」
「え〜」
「健全な精神は健全な肉体から、だろ」
「……それ消太くんに言われたくないかも」

 私と住み始めるまでご飯なんて全然ちゃんと食べなかったくせに。まあ元々器用な人なので、自炊を初めてからはちゃんと三食……とまではいかないけれど、それなりの食事をするようになった。今日なに? と聞いたら豚キムチらしい。うーん、なんでもキムチ入れたらそれなりに食えるだろ思考だけは抜けきらないっぽい。



「やっぱバニラアイスしか勝たん」

 食後、バニラのモナカを食べながらソファへ寝転がる。消太くんはまだやることがあるみたいだ。パソコンに向かう横顔を、斜め後ろから見つめた。

「消太くんも食べる?」
「いらん……って言ってもどうせ食わすんだろ」
「え、私のことよくわかりすぎ……?」
「何年磨を見てると思ってンだ」
「やだ〜! めっちゃ私のこと好きじゃん」
「好きだよ」

 付き合ってからも結構経つけれど、出会ってからを数えるならもう10年くらいになるのか。うわ、思ったより長。消太くんが私のこと好きすぎてツラい。うそ、ラブい。キスミー……と後ろからソファに寝転んだまま首筋に抱き着くと、アイスが顎の辺りに触れていたようで冷てェ、と眉を顰められた。かわいい。バニラアイス付きおじさんだ。

「あ、ねえ今度ね、三奈が言ってたんだけど、」
「ん?」
「同窓会しよ〜って。みんな来れるわけじゃないっぽいけど」
「ああ、行っておいで」
「や、消太くんも行くから」
「……俺はいいよ」
「行くんでーす」

 うげ、って顔をした。ふふふ、消太くんがこういう顔をするのには理由がある。私たち、先日、入籍しました〜! だからなのだ。先日って言ってももう一ヶ月は経ってるけど。

「今日現場に爆豪くんいたんだけどさあ」
「話コロコロ変わんな。うん」
「消太くん、って呼ぶと、未だにめちゃくちゃ不審な顔するんだよねえ」
「……想像できるな」
「めちゃくちゃ面白くてしきりに消太くんの話しちゃった」
「働けよヒーロー」

 三奈とか百でも消太くんを消太くんって呼ぶと鳩豆な顔するけれど、爆豪くんは露骨すぎて面白い。全世界にあの顔配信したい。変顔うますぎんだよな、あの人。

「だから、同窓会行こ?」
「接続詞おかしくねェか」

 首筋にスリスリと頭を擦り付ける。ハア、とため息。それから、眼鏡を外して目頭をぐっと抑えた。元教え子との結婚、そんなにあれかなぁ。あれだな。A組でヤイヤイ言ってくる子はいないだろうけど、先ず確実にからかわれるので、そこらへんがネックなのだろう。消太くんって意外と照れ屋さんだから。四十路の男に使う言葉ではない。

「磨」
「ん?」

 くる、と消太くんが向きを変えたので、なんとなく真剣な顔付きになった消太くんと向かい合う。なんだろう。

「……いっそ結婚式にしないか?」
「うえ」

 今度は私が眉を顰める番だった。

「結婚式はねえ……」
「そんないやか?」
「うーん……まあしてみたさはあるけど……」
「けど?」

 結婚式。たしかに、人生で一回きりだろうその晴れ舞台を、死ぬほど心の底から拒絶しているわけではない。けれど、やっぱりなんかさあ。

「小っ恥ずかしいよねえ……」
「……おまえの羞恥の基準がわからん」
「え、消太くん平気な人?」
「したことはないから想像になるが……まァ、平気だろ」
「うーん……」

 なんかあの、ねえ? 言い表し方がわかんないけど、こう、むず痒くなるような、いや幸せなことなんだけどさ。おしり痒くならん? って言うと、微妙な顔をされた。表現違ったみたい。

「……おまえのドレス姿、見たいけどな」
「! 消太くん!」
「グッ、締まってる締まってる」

 私のドレス姿見たい消太くんはかわいい。し、私も消太くんのドレス姿みたい。違うな、タキシード姿だわ。見たい。

「……明日着よっか? 多分探せば持ってるよ」
「なんのプレイだそれ」
「や、そういうの好きかと」
「嫌いではねェけど違うだろ」
「ふふ、冗談」

 いや、ドレスプレイの提案はそこまで冗談じゃないんだけど。多分絶対消太くん好きだし。それはまた置いといて、観念するかあ、という気持ちになった。消太くんも、A組や同僚に弄られる決心着いたみたいだし。

「しよっか、結婚式」
「……応」
「ん! 楽しみだね」

 そうと決まればとりあえず宣言である。結婚式するぞ〜! とはいえ、一応二人とも現役プロヒーローだし、消太くんに至っては雄英にもまだ勤めてるから、スケジュールが大変だ。年単位で調整かかりそう。なんとか年内にしたい気持ちがある。まあ、だいぶ先にはなっちゃうな。

「磨」
「ん? ……ん」

 スケジュールアプリを眺めていたら名前を呼ばれて、顔を上げると、唇に触れる柔らかい感触。キスしたくなったのかな。かわいいな。そこにある感情を確かめるように、何度も触れるだけのキスを繰り返す。下唇を食むと、寝転んだままの私に消太くんが覆い被さってきた。あ、待って待って。

「ん、どうした」
「アイス溶けちゃう」
「ああ、まだ持ってたのか」
「うん、あ」

 もう残りあと三口くらい、だったのに、消太くんがぐわっと大口を開けて食べてしまった。あー。

「もー」
「冷てェな」
「口おっきいのかわいい」
「ソリャドウモ」

 はやくイチャイチャしたかったみたいで、一口で私のアイスをかっさらっていった大きな口を揉むように、両手で頬を挟んでうりゃうりゃする。伸びてきた髭のチクチクが、消太くんに触れてるな、って気分にさせてくれていい。消太くんは消太くんで、乾かしたばかりで柔らかい私の髪を撫でて楽しそうだ。

「さっきね」
「うん」
「帰り道に猫いてね、いいなあ、って思った」
「……タクシーじゃねェのか」
「あ」

 忘れてた。私もプロのヒーローだし、それなりに強いってことは担任をしていた消太くんが一番分かっているだろうに、なにかと迎えに来たりしてくれるのだ。心配性。……昔から、そうだったなあ。

「だから迎えに行くって言っただろ」
「ええ、いいよお。過保護だなあ、先生は」
「過保護にもなる」
「んふ、開き直りだ」

 腕を引かれて身体を起こすと、ソファに座った消太くんの膝に乗せられた。甘えるように胸元に顔を擦り寄せられる。かわいい。昔よりも艶のある黒髪をくしゃりと撫でた。腰に回った腕の温度が、あったかくて心地いい。よいしょ、とスマホを引き寄せて、さっき撮ったばかりの猫ちゃんの写真を見せた。

「ね、でもかわいくない?」

 夜道での邂逅のわりによく撮れている。最近のスマホすごすぎ。プロ級じゃん。ちょっとふくよかなキジシロ猫ちゃんは、目付きがぶみっとしててキュートだ。

「そうだな、かわいい」
「でしょ! 私とどっちがかわいい?」

 付き合いたてのカップルのような質問をしてみた。多分絶対私の方がかわいい自信はある。自信だけは無限に湧いてくるもんで……。スマホから目を離した……あ、いやスマホ全然見てないな? ずっと私を見ていたらしい消太くんは、フッ、と小さく笑いを落とした。

「最初からおまえしか見てないよ」
「ぎゃー!」

 ギャー! である。消太くんの目があまりにもこう、好き、を雄弁に語っていて、直視出来ない。無理。限界。

「まってむり照れる」
「……おまえそのリアクション何年やるんだ」

 顔を手で覆って、仰け反った背は消太くんの手に支えられた。呆れたようにそう言われるけれど、照れるもんは照れる。付き合って五年近くは経ってるんだけどね、言ってもまだ新婚ホヤホヤなので。うわ、新婚だって! 最高。

「だってさあ」
「うん」
「もうほら、そのうんとかもさあ」
「なんなんだ」
「う〜……」
「唸るな」
 
 消太くんの相槌、優しいんだよなあ。昔より、もっとずっと。こんなの、照れるじゃん。だって。唸るな、って注意する声は学生時代もよく聞いたやつだけど、声色は全然違うのだ。だから、何度だって照れちゃうし、何度だって消太くん好きだなあ、って再確認させられる。毎日好きを更新していってる状態なんだろうなあ。

「消太くんだいすき」

 報われないだろう片想いをしていた。それが、今ではこうやって、ちゃんと好きだと伝えれている。元々思ったことが口に出やすい質なので、一緒にいる時はポロポロと好きの言葉がこぼれてしまう。

「……俺も好きだ」

 長い指が目にかかる私の髪をそっと耳にかけた。鼓膜を震わせる低い声も、優しい指先も、ずっと私を見つめてくれる目も、全部が大好きだ。私が想像していた以上に、素直に気持ちを伝えてくれる、薄い唇も。前、聞いたことがある。マイク先生が飲みに来た時だったかな、この人、マイク先生の前でも結構この、素の状態が出るから、それはもう驚かれたものだ。意外だよね、って話をしていると、言葉を話せる口があるのに気持ちを伝えないのは合理的じゃねェだろ、とのことだった。たしかに、合理主義な消太くんらしいといえば、らしいのかもしれない。マイク先生は、最初は冷やかしていたが回数を重ねる度に慣れて、たまに呆れるくらいになった。
 するりと指を滑らせて、消太くんの髪を縛っていたゴムを解く。絡まりを解くように指で梳くと、肌に触れてくすぐったいのか、少しだけ身動いだ。

「……もう寝るか?」
「うん。消太くん明日早いよね」
「そうだな」

 もう二時が近付いてきている。私も今日も働いたし、眠い。並んで歯みがきをして、ミント味のキスをして、愛しい体温を感じて、幸せな眠りについた。
 結婚式やるかも、とクラスラインに送ったメッセージは、翌朝、大量の出席予定で溢れかえっていた。



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