カフネの日記(if相澤/10万打)



※モブ→夢主表現あり
※ちょっとだけ倫理観薄め




「ずっと好きでした」

 目の前で、少し照れを残しながらも覚悟を決まった顔をする、名前も知らない先輩を見ながら、卒業シーズンってこうだよなあ、とぼんやり思った。去年の終わりは、バタバタ……で言い表せないほどいろいろな事が起こっていて、こんな雰囲気に浸れるような時でもなかったから。今年は3月が近付くに連れて、有難いことにこうやって声をかけてくれる人が多くなるのは、生まれ変わってから数度目だ。モテるって辛い。

「それで、あの……緩名さんさえよければ、なんだけど、」
「うん」
「……好きです。付き合ってください」

 定番の校舎裏。片手を出して、頭を下げた先輩。今どき古風で潔い。好感。見た目、背も高めで、顔もわりと好み。モテそう。雄英に入る前の私だったら、二つ返事でOKしていたところだろう。本気で好きな人とか、いなかったからなあ。転生しちゃって、遊びとしての恋ならまだしも、本気で好きになる人ができるとは正直思ってなかった。……まあ、いろいろと弊害が多いし、叶わないだろう、と思ってもいる。だから、誰にも気付かせないように振舞っているつもりだ。今のところ、バレている気配はない。多分。
 意識を逸らしてしまったけれど、今は、向き合って思いを告げてくれる先輩を見た。

「先輩の気持ちは、すごく嬉しいです」
「……はい」

 そう言うと、覚悟を決めたように顔を上げて、私を見る。

「でも、ごめんなさい」
「……はい。……うん」

 少しだけ頭を下げると、先輩は苦く微笑んだ。

「……緩名さん、俺の名前知ってる?」
「ぅえ? あー……知らない」
「はは、だよね」

 頬をかくその人は、改めて自己紹介をしてくれた。覚えておきたい気持ちはある。なんでも、数度話したことがあるらしい。……申し訳ないけど全然覚えてなかった。っていうのが、顔に出てしまっていたんだろう。先輩は笑って、だと思った、と言っていた。

「緩名さん、好きな人いるよね」
「……え!」

 びっくりした。誰にも気付かせないようにしてるつもりだったんだけど。目を丸くして目の前の人を見上げた。なんで。

「分かるよ、緩名さんのことが好きだから」
「え……」

 ちょっと怖い。

「あはは、っていうのは冗談なんだけど」
「おお」
「俺の個性、大したものじゃないけど、感情の揺れがわかるんだ」
「ほあ〜」

 なるほど。そりゃあ筒抜けになるのかもなあ。……ん?

「それ、相手とかって、」
「ああ、うん……まあ、その、俺が言うのもなんだけど、頑張れ」
「ひえ〜! バレてた」

 告白してきて振った人に激励されてしまった。なんだこれ。恥ずかしい。うわー、と両手で顔を覆ってちょっとした気まずさを誤魔化していたら、あと、と先輩が。

「それがなくても、……なんていうか、緩名さん、ちょっと、変わったから」
「変わった?」

 そうかなあ。人格形成は20歳まで、と言うけれど、前世の記憶や経験が引き継がれている私にも、その方式を採用されているのだろうか。自分じゃわからん。

「……連絡先、聞いてもいいですか」
「ん? ああ、それくらいならいいですけど……あんまり返さないかも」
「うん、そこは、頑張る」
「おお……がんばれ」

 厄介そうな人なら断るけど、いい人そうだし。QRコードを見せると、友達追加のお知らせが出て、私からも追加しておいた。
 嬉しそうにスマホの画面を見た先輩が、視線を私に移すと、少しだけ、切なそうな顔をした。手の中のスマホを一度ぎゅ、と握ったように見えて、それから、緩名さん、と呼ばれた。

「……髪、葉っぱついて、て」
「ん」
「と、って、いいかな……」

 少しだけ言い淀んだ先輩。……ああ、なるほど。

「いいよ」

 笑って答えると、僅かな震えを伴った指先が、そっと私の髪に触れた。一度、二度、確かめるように撫でて、すぐ弾かれたように手を退ける。青い。それから、赤くなった顔を隠すように、それじゃあ、時間取らせてごめん、と帰っていく先輩の背中が、なんというか青春のエモさと眩しさを感じてしまう。あそこまでの初々しさ、私にはどう足掻いても出せないからね。

「……若いなあ」
「おまえも若いだろ」
「ぬわっ!」

 びっくりした。後ろから響いた低音に、驚いてパパスのみたいな声が出てしまった。

「せんせえ」
「邪魔したか?」
「いや、用事終わってたし。びっくりはしたけど」
「そうか」

 のっそりと校舎の窓から顔を覗かせた先生。ああ、ここ、準備室の真裏だったんだ。知らなかった。雄英では、教員一人一人に準備室が与えられている。あんまり使われてない、というか、ほぼ資料置き場のようなものらしいけど。

「こっちこそお邪魔した?」 
「いや、声までは聞こえてなかったよ。……最近多いな」
「ん、ね。やっぱ卒業近付くと多くなるよね」
「おまえの場合はそうだろうな」

 靴箱に手紙が入っていたり、教室まで呼びに来る生徒がいたり、様々な方法で私が呼び出されているから、教員にまで告白ラッシュの噂は響いているらしい。あと轟くん、百も私と似たような状態だ。
 窓枠に肘を付く先生の隣、窓ガラスに凭れかかる。窓抜けたりしないよね? 雄英のガラスは全部強化ガラスだから大丈夫だと思うけど。

「先生はなかったの? 高校のとき」
「おまえ、俺がモテそうに見えるか」
「わりと」
「……ないよ」
「え〜」

 モテそうだよね、普通に。ガラスに頭を預けたまま横を見ると、どこを見ているのか、遠くを眺めている先生の横顔。高くてしっかりとした鼻に、精悍な輪郭、カサついているけど薄くて形のいい唇。気怠げな眼は、言い換えればセクシーだ。背も高くて、高校の時の先生は知らないけれど、雄英ヒーロー科だったんだから、筋肉もその頃から付いていただろうし。うん、見た目は普通にモテそう。

「私が同学年だったら絶対告ってる」
「へェ」

 なんのへェなの、それ。お世辞だと思ってる?

「ね〜、嘘じゃないよ」
「そりゃまた光栄なこって」
「先生顔と身体かっこいいし」
「……見た目重視なのか、おまえ」
「やあ、そういうわけじゃないけど」

 見た目がよくても性格合わないと面倒臭いし、とはいえ性格重視と言いきれるほど見た目の重要性を知らないわけではない。大事なのは結局トータルバランスだ。ま、あんがとね、と心のこもってない感謝をいただいた。

「同級生におまえがいたら、近寄らなかっただろうな」
「で、同級生の私にいじり倒される、と」

 どんな高校生だったのか、わからないけど私なら絶対する。自信があるもん。先生も想像が出来てしまったのか、苦虫を踏み潰したような顔をしていた。
 はー、と息を吐き出すと、ほんの少し白く濁る。暦の上では春になったとはいえ、まだまだ一番寒い季節だ。出来るなら暖房の効いた部屋でゴロゴロしたい、けれど、こうして先生の側にいれるのもあと一年かと思うと、降って湧いた二人きりの時間は僥倖だろう。片側に、少し低い温度を感じられるだけで幸せだ、なんて、さすがに慎ましやかすぎるかな。

「緩名は」
「ん、なに」
「おまえはしないのか」
「え?」
「告白」

 なにを、と言う前に告げられた言葉に、どう返事をしていいのか躊躇ってしまう。しないのか、と言われましても。私が告白するならあなたなんだけど、とは絶対に言えないし、そもそも先生は、私に好きな人がいる、って分かってたりするんだろうか。

「いるんだろ、好きなやつ」
「えっ」
「……違ったか?」
「や、あー、ん? や、どうだろうね」
「なんだそれ」

 そんなに分かりやすいかな、私。

「……参考までにさ、聞かせてほしいんだけど」
「あ?」
「生徒に威圧しないの! ……私ってさ、そんなわかりやすい?」

 前世分を人生経験に含めていいのかはわからないけれど、それもあって自分ではわりとポーカーフェイスなつもりだ。先生は一度私を見て、それからあー、と気まずげな声を上げた。

「なに?」
「いや……」
「え、気になる。なになに」
「あー……セクハラになるかもしれん」
「セクハラ?」

 先生とセクハラ、まあまあ遠い言葉だと思うんだけどマジでなに。マイク先生とかならわかるんだけど。濁されると余計に気になる。

「いまさらそんなん気にしないけど」

 そう言うと、先生は一度髭を撫でて、ううん、と微妙な表情をした。ここまで言い淀むの、ちょっと珍しいよね。いつも悪即斬並にスッパリしてるから。
 うろついていた真っ黒な瞳が、ふと、私を捉えた。真っ直ぐな視線に、トッ、と胸の鼓動が少しだけ早くなる。

「綺麗になったから」
「……え?」

 キン、と世界から音がなくなった気がした。

「綺麗なんだ、最近のおまえ」
「あ……りがとう」

 他意はない。たぶん、きっと、先生にとってはなんでもない一言なんだろうけど、いい歳のくせに拙い恋をしてしまってる私の心臓は、そんな一言で馬鹿みたいに忙しなくなってしまう。熱を持つ頬は、薄くのせたチークと寒さのおかげで誤魔化せているだろうけれど、うるさい鼓動が伝わってしまいそうで困る。なんとかバレないように、せめて表面だけは冷静に振舞った。

「私、元からかわいくない?」
「まァおまえは昔から整ってたが……そういうんじゃねェよ」
「そういう?」
「なんつーんだ……最近はこう、輪にかけて……大人びてきたと言うか」
「ふぅん?」

 大人びた、と言うけれど、たぶん同学年の中じゃ大人びてはいると思う。普段の振る舞いこそ年相応に見えるようにしているけれど、やっぱり溢れ出る大人の色気はね、ほら、隠せないし。なんて考えているのが伝わったのか、先生はほんの少しだけ、呆れたように微笑んだ。

「ぐう」
「なんだそれ」
「ん? ぐうの音」
「急になんだ」

 だって、先生の顔が、めちゃくちゃに優しいんだもん。先生の表情筋はヒョロガリだから普段ほとんど同じような表情のくせに、自分に恋してる生徒の前で綻ばせるんだから、そりゃぐうの音も出る。ぐう。
 やわく唇を噛むと、少しだけカサつく感覚。外にしばらくいたから、乾燥してしまったんだろう。いろいろを隠したくて、ポケットから取り出したリップを塗り直した。色付きのリップは、甘いバニラの匂いがしてドキドキドンドコフィーバー中の私の心を落ち着けてくれる。

「? なに」
「……校則違反」

 横から伸びてきた手に疑問を向けると、唇の下を優しく、少しだけ触れた体温の低い指先。はえ、と間抜けな声が口から出て、先生がふ、と落とすように笑った。なにそれ、そんなのズルい。そんなの聞いてないんだけど!

「……校則ゆるゆるなくせに」
「おまえね、一応あるにはあンだぞ」
「ずる! 先生のずる!」
「はいはい」
「きーーーっ、はいは1回!」
「はい」

 今度こそ、紅潮してるだろう頬は、誤魔化しきれないだろう。代わりに、ドン、と先生の肩に重めに拳をぶつけた。甘んじて受け入れる先生には、全く効いていなさそうだけど。キーキー怒っていると、ぐっと眉間に皺を寄せて、先生がハー、と息を吐いた。ちょっと険しい表情、怒っているわけではないだろうけど、なんで。

「……あと一年か、長ェな」

 あと一年。……ああ、私たちの卒業までか。

「ええ、めちゃくちゃ短くない?」
「長いよ」
「むっ、先生は私と一緒にいたくない……ってコト!?」

 一年って、特に大人になったら瞬きの間に過ぎるくらいのスピードだ。めちゃくちゃ短いよ。私の中のハチワレたんを暴れさせたら、先生は見たこともないくらい穏やかに笑って、ポン、と私の頭に手を乗せた。そのまま、髪の先までするりと撫でていく、節の際立つ長い指。……なんか、今日は本当に珍しくやたらとボディタッチが多い。しかも際どいの。

「……? なに?」
「いや……葉っぱがついてた」
「え、はず」

 私の頭葉っぱ付きすぎじゃん。さっきの先輩のは触れるための嘘だろうけど、先生が嘘付く意味ないし。葉っぱにすら好かれるのかも。しかも同じ場所。……のろいか?

「いい加減入って来い。風邪引くぞ」
「あ、うん。たしかにめっちゃ寒い」
「窓から入んな」
「お邪魔しま〜す」
「無視か」

 ぴょん、と先生の退いた窓枠を乗り越えると、暖房の風が冷えた身体を温める。うわぬくい。文明のあたたかみ、最高。初めて踏み入れた準備実は、ちょっとだけコーヒーと、先生の匂いがした。





「……あったね、そんなこと」
「ね〜?」

 古い画像フォルダを整理していると、見慣れない部屋の写真が出てきて、なんだっけ、と一瞬記憶の海を泳いだら思い出した出来事。案外雑に積まれた重要度の低い資料の山に、ほとんど使われた形跡のないコーヒーメーカーがなんとなく面白くて、あの時こっそり写真に残していたようだ。懐かしい。憧れにも近い高校生の淡い恋、と思っていたものは、今では立派な愛に変わってしまった。卒業してから、もう数年経過しているけれど、高校時代よりももっとずっと、この人の隣にいる気がする。
 隣に座る消太さんを見上げると、ぐっと眉間に皺を寄せている。一見すると不機嫌そうな表情だけど、今ではもう、それが照れからくるものだと知ってしまった。経験則、ってやつ。

「あの時さあ」
「ん」
「葉っぱ、ついてた?」

 写真を表示したままのスマホを持って、ぐでっと隣に倒れ込む。もにゅ、と口元が歪んで、大きな手が髭を撫でた。これも、知ってる。ちょっと気まずい時の仕草。それから、私の頭、ちょうどあのとき触れてのと同じところに、ちゅ、と音を立てて唇が触れた。あ。

「ごまかした」
「さァな」
「ふふ」

 学生の時は大人だ大人だと思っていたけれど、付き合いだしてから意外に幼い面があることを知った。こんなに大きい身体をしているけれど、甘えたちゃんなのだ。磨、と呼ばれて顔をあげると、太い指が目尻に触れる。

「磨」
「なあに」
「……あんまり無防備にならないでくれ」
「え〜?」

 それなりの規模の敵退治、奇跡的に怪我人や建物への被害はほぼゼロ。活躍した新人のヒーローが、報道に集まるマスコミの前でどうやら上がってしまったらしく、盛大に告白をかましてくれたのだ。私に。もちろんお断りしつつ流したけれど、さすがに今日はどこのチャンネルを見ても話題になってしまっていた。というわけで、ちょっと拗ね……ではないけれど、まあ、そんな感じらしい。くすくすと笑うと、突き出される下唇。うーん、無くて七癖ってよく言ったものだ。
 消太さんの膝に向かい合うように乗り上げると、すぐに腰に腕が回される。胸に埋まる黒髪の、絡まりを解くように撫で梳く。

「かわいい」

 たぶんきっと、こんな姿を知ってるのは私だけなんだろう。甘えてくる消太さんがかわいくて、お返しのように唇で薄い瞼に触れた。かわいい、と言うと、おじさんにやめてくれ、だったり、かわいくはねェ、と返ってくるのが常だったけれど。

「……もうそれでいいよ」

 すこしだけ、拗ねたような口調の後に、ちゅ、と柔い皮膚の上から、心臓にキスが落とされた。ふふふ、やっぱりかわいい。




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