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 寝たのはだいぶ遅かったのに、いつもよりもほんの少しだけ遅い時間に目が覚める。習慣ってやつ? 顔を洗って、制服……には着替えなくていいんだ。まだ頭がぼーっとしてる。むしろ昨日の夜より酷いかもしれない。あつい。

「磨!? どうしたのその顔!」
「なにな、に……磨!?」
「磨さん!?」
「わあ」

 女子寮の洗面所に行くと、既に登校の準備をほぼ終えていた響香が私を見つけて声を荒らげた。三奈、百と続いて、女子全員が周りに集まった。そんな酷い顔してるかな?

「こんなに目元を腫らして……おいたわしい」
「とりあえず冷やして、あ!? 熱もある!?」
「ええ!? 薬、くすりー! 保健室!?」
「平気だよ〜」
「みんな、心配なのは分かるけど磨ちゃんが困っているわ」

 声でっけ〜。女子高生、朝から元気でいいな。いっぱいご飯食べな。ざぱざぱと顔を洗って、適当にタオルで拭う。化粧水……適当でいいや。解熱剤飲も。お湯がいいな〜。あれやこれやと世話を焼こうとするレディースを引き連れて洗面所を後にする。

「磨ちゃん、ほんまに平気?」
「ん、大丈夫〜ありがと」
「磨さん、誰かに、何かされたのですか?」
「んえ? あ〜……」

 百がいつものプリプリではなく、わりとガチめに怒った真剣な顔で、目線を合わせて私に尋ねた。そりゃ昨日の夜お休みする時には平気だった友達が翌朝目元腫らしてたら、なんかされたのか!? って思うよね。寮だし。にしても、怒ってる百、めちゃめちゃイケメンなんだけど。いや女の子なんだけどね。美人のキレ顔かっこよすぎる。ガチ恋しそう。
 角を曲がると、そこには共有スペースに掃除機をかけている幼馴染ズの姿が。そういえばそうだった。



「喧嘩して」
「謹慎〜!?」

 キン、と大声が耳に突き刺さる。百が慌てて私の両耳を塞いだ。やだ、なに今日。めちゃくちゃ守られてる。姫になっちゃう。梅雨ちゃんが白湯を持ってきてくれて、解熱剤を出して飲む。あ〜、お湯美味しい。ありがとう、と言うと、ケロケロと笑いながら頭を撫でられた。お姉ちゃんだ。

「馬鹿じゃん!!」
「ナンセンス」
「馬鹿かよ」
「骨頂──」
「それで、磨はそれを止めなくて一日謹慎?」
「ん」

 お茶子ちゃんが濡れタオルを作ってくれて、私の目元を覆った。冷たくて気持ちいい。絞り方も完璧だ。お茶子ちゃん、濡れタオル作る天才かもしれない。視界はなくなったけど、隣に座る百が私の頭を撫で続けている。すごい、ハーレム?

「緩名どうしたんだ」
「あ、轟くん。それが……」
「ん〜?」
「これ、ちょっと外すぞ」
「んん、まぶし」

 タオルが外されると、一気に視界が明るくなって思わず目を細めた。こういう時、一瞬だけすんごい眩しいよね。

「……腫れてんな。泣いたのか」
「わあ、ズバッと確信つく」
「触るぞ」
「きいてなーい、ん、つめた」

 轟くんの右手が私の目元を覆う。また冷たい。でも冷たくて気持ちがいい。個性を使って冷やしてくれているようだ。調整が効くからすごい気持ちいい。眠くなる。

「顔熱ィな」
「轟さん、それでは磨さんの首の角度が」
「ああ、じゃあこうするか」
「んあ〜」

 百と轟くんがあーだこーだとなんかしてる。普通に部屋戻るつもりだったんだけど、まあいいか。ぐい、と引き寄せられて、背中に温もりが。柔らかい感触。いい匂いもする。

「もも?」
「はい、磨さん」

 名前を呼ぶと頭上から答える声が。百にもたれ掛かるように座っているらしい。

「俺もいるぞ」
「知ってるよ〜」

 なんせ視界を塞ぐ手はそのままなんだもん。謎アピろきくん。最近なんでもろきくん付ければいいと思ってるとこある。

「爆豪に泣かされたのか?」
「緑谷さんですか?」
「緩名泣かさてれ熱出たの?」
「赤ちゃんかよ」
「うわあんみんな一斉に喋る」

 ぼやぼやの頭では思考が追いつかない。うるさい。はよ始業式行って。

「もはやく学校行きなよ、遅刻するよ」
「うむ! そうだな! 皆、心配なのは分かるが遅れてはいけない!」
「声でか」
「むっ! すまない緩名君!」
「声ちっちゃ」

 飯田くんは従順で面白いよね。さあ行こう! とこえをかけられたみんなが渋々といった感じに離れていった。少しだけホッとする。部屋帰って寝よう。始業式休むのとか初めてだ。

「緩名」
「どしたの障子くん」

 バイバイお手振りマシーンになってぼんやりとみんなを見送っていたら、最後尾にいた障子くんに声をかけられて見上げる。今日も背高いね。座ってる状態だと若干首が痛い。と思ったら、カーペットに片膝を立ててしゃがんでくれた。見やす〜い。複製腕ではない手が、私の頬にかかって、腫れているだろう目元を指先が優しく撫でた。障子くんの手は、轟くんと違って少し熱い。

「何かあれば、いつでも連絡しろ」
「うぁ、い」

 障子くんは普段から真摯で紳士な人だけど、声がすごく真剣だったので、コクコクと何度も頷いた。します。遠慮がちに頭を一撫でして、行ってくる、と立ち上がる。反射で行ってらっしゃい、と呟いた。
 わあ〜! なんかめちゃくちゃかっこよかった。普段ボディタッチしてこない人のそれって、なんかやばいよね。マジやばい。鬼やばい。ガチやばい。三段活用。パタン、と扉が閉まる音がして、頬に手を当てるとめっちゃ熱い。熱があるから当たり前なんだけど、絶対それだけではない。ジッと視線を感じたので振り向くと、掃除機をかけながら爆豪くんがガン見していて、覗き見のようにチラチラと緑谷くんがこっちを見ていた。なんだよ。

「……おへやに帰ります」
「う、うん……」

 立ち上がると、少しだけ足元がふらついた。マグカップは流しに置いて、洗うのは後でいいや。よたよたと部屋に戻って、ベッドに潜り込む。二度寝、二度寝は最高なのだ。人類の救済は二度寝にある。薬を飲んだこともあってか、目を閉じると、すぐに意識は沈んでいった。



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