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 お昼前。パッチリ二度寝から目が覚めた。これ以上寝ると頭痛のする気配がある。二度寝スペシャリストの私くらいになると分かっちゃうんだよね〜さじ加減が。7割くらい見誤る。
 暇だし予習でもするか、と超めちゃくちゃスーパー真面目にしていると、コンコンとノックの音。まだ授業が終わる時間でもないし、緑谷くんとか爆豪くんが様子を見に来るとも思えない。誰だろ。

「はーあーい、あ、先生」
「……扉はゆっくり開けろ。具合はどうだ」

 扉を開けると担任が。そっか、受け持ちの授業終わりにでも様子を見に来てくれたのかな。結構勢いよくドアを開けちゃったけど、流石現役ヒーロー。綺麗に避けた。

「おはよーございます。大丈夫だよ〜」
「熱は……まだ少し高いか」
「ん〜? でももう微熱くらい」

 額に先生の手のひらが当たる。うわ、前髪止めるかわいいピンしたままだ。忘れてた。芋い。まあいいか。

「飯は」
「あ〜なんか今あんまお腹空いてない」
「ちゃんと食えよ」
「普段ゼリーばっかの人に言われたくない……ぶ」

 額から離れていった手が、私の頬をむぎゅっと潰した。余計なことを言うなってことだろう。ほんとのことなのに。ランチラッシュに届けてもらうか? と聞かれたので、自分でおかゆでも作って食べるよ、って言うと驚かれた。ハァ?

「私料理出来なそう?」
「いや、しそうではあるが……まァ意外でもあるな」
「は〜おこ。今度お弁当作ってあげる」
「いらん」

 あ、流しそうめんしたい。急にしたくなってきた。今度中庭でやろ。轟くんのために蕎麦流してもいいな。泣いて喜ぶよ、きっと。
 並んで階下に降りると、先生はそのまま学校へ帰って行った。忙しい〜。先生見てると教師ってめちゃめちゃ大変そうだなって思う。絶対なりたくないかも。



「すごい美味しいよ!」
「まじ? やった〜」

 鶏ガラで適当におかゆを作ろうとしたらはらぺこあおむし緑谷くんが降りてきたので、捕獲して一緒におかゆを食べた。健全な青少年のお昼ご飯を病人食にしてごめん。鶏ササミを入れたので寝て起きたらムキムキになっているはずだ。既に結構ムキムキだけど。

「緑谷くんなにしてたの?」
「僕は朝掃除して、それから反省文と……あと筋トレかな」
「あ、反省文あるんだっけ。がんばれわる子たち」
「はは、わる子って……」

 反省文とか大変そう。そこらへんは見極めているので、反省文を書いたことは無い。面倒じゃん。
 朝のマグカップと食器を軽く洗って食洗機へ。雄英の寮は、学生寮と思えないほどめちゃくちゃいい家電が揃っている。凄い楽だ。冷蔵庫デカいし。

「緩名さん」
「ん〜?」
「緩名さん、は、知ってたんだよね……その、オールマイトの、こと」

 知ってた、とは、怪我のことかな。多分。昨日一気にバーッと伝えちゃったから、緑谷くんも混乱してるのかもしれない。

「そだよ」
「オールマイトの秘密、知ってる人が生徒にはいないって聞いてたからちょっとびっくりして……あ! 話せないことだったら、全然いいんだけど……」
「ああ〜。いやほら、私治癒出来る個性じゃん」
「うん……あっ、なるほど」
「そうそう、そうなんです」

 どういう関係でどうやって知ったのかを疑問に思ったんだろうけど、私の個性のこと、で直ぐに分かったらしい。流石。そう、弱体化した原因の怪我を治せないか、っていうものだったからなあ、キッカケ。

「でも、オール・フォー・ワン……のこととか、緑谷くんのこととか、個性のこととかは聞いてなかったよ」
「オールマイトは、緩名さんは自分で気付いた……って言ってたよね」
「そうそ〜。あ! ていうかさ、二人ともさあ!」
「うわ! ハイ!」

 そうだ、オールマイトと緑谷くんに注意しないとと思ってたことがあったんだ。すっかり忘れてた。詰め寄ると、緑谷くんが両手を上げて降参のポーズを見せる。あは、なにそれ。ジロっと睨みつけると、何故か顔を赤くした。なんで。睨みつけられフェチ?

「隠す気あんの? めちゃくちゃバレバレだったんだけど。絶対なんかあんだろな〜って分かったもん」
「それは……本当に、すみません……」

 しょぼ、と心なしか小さくなる緑谷くん。オールマイトも、揃ってこの師弟は隠し事が下手だ。轟くんに隠し子か? って疑われてたし、爆豪くんが気付くのも分かる。そのおかげで、私も分かっちゃった! って感じだったし。隠してることが重要すぎるんだから、気を付けてとぷりぷり怒ると、緑谷くんははい、はい、と平謝りしている。ウケる。
 女の子相手だとすぐ赤くなるしもじもじするし、普段もちょっと抜けてるというか、人の良さが溢れ出てる、The! 純朴少年! って感じの緑谷くんが、自分の身も顧みず戦えるだけの力を手にしてしまったのが、危うくも思える。でも、私は何にも出来なくて悔しい気持ちも、無力さも知ってしまえたから、今なら少しだけ、なんとなく分かる気もする。

「私さ、」
「? うん」
「他人を庇って死んじゃう人の気持ちは、正直そこまでは理解出来てないんだけど、」
「……!」
「でも、ちょっとだけ、そうやってヒーローになりたい人の気持ちが分かった、と思う」

 緑谷くんが、オールマイトが、お母さんに重なって見えた。言い方悪いけど、みんな人として異常だ。でも、ヒーローとしては、それが一つの正しさでもあるのかもしれない、ってやっと少しだけ分かった。それでも行き過ぎた自己犠牲は嫌だけど。

「……うん!あ、あ、でも、僕ももちろんその、なんていうかあの、」
「“助けて勝つ”んでしょ、緑谷くんは」
「! ……うん」

 勝って助ける、助けて勝つ、という信念は、応援したいと思う。そうあって欲しい。

「私は、そうやって戦うヒーローの助けになれるように……なりたい」

 初めて言葉にした、私の目標。ある意味で、これは宣誓だ。

「うん……うん! 頑張ろうね、緩名さん!」
「あはは、うん……がんばろうね」

 コツ、といつかみたいに拳を合わせる。キリッとしていた緑谷くんが、照れたようにふにゃっとした笑顔になった。うんうん。それから。

「盗み聞きしてる爆豪くんも、がんばろ」
「ケッ」
「エッ、かっちゃん!? い、いつから……」

 ひょっこりと共有スペースの柱の影を覗くと、腕を組んでいる爆豪くん。緑谷くんは気付いてなかったみたいだけど、途中からいたんだよね。盗み聞き上手め。盗み聞キングの名を勝手に授けよう。傍には大きなゴミ袋。これを下ろしてきたんだろうな。
 目が合った爆豪くんは、フン、と鼻を鳴らして、それから私の髪の毛をぐしゃぐしゃに乱して、自分の部屋へ帰っていた。爆豪くん、ほんとに丸くなったよねえ。その態度に、緑谷くんと目を見合わせる。

「ま私達は謹慎解けるまで足踏み状態なんだけどね」
「そうだね……」

 がんばれ、謹慎ボーイズ。



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