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「ていうか私からも言いたいことがあって」
「ンだよ」
「どうしたの?」
四人でテクテクと夜道を歩く。向かうは教員寮だ。死なば諸共である。
「爆豪くん、そこへ直れ」
「ア゙ァ?」
「一発殴っていい?」
「ハ?」
「緩名さん……!」
「緑谷くんは次ね」
「緩名少女……!」
円満、円満ではないか? まあそんな感じの解決はしたけど、正直めちゃくちゃ心配した。思い悩んでいることに、気付けなかったことをすっごく高い棚に上げて言えば、同じ立場だった私に、少しでもぶつけてくれてもよかったのに。共感は、それだけで少し楽になるものだ。
「心配した」
「……」
「ご、ごめん……」
「爆豪くんが、ああやって思ってるの、知らなかったから、なんか変だなって、違和感はあったのに……なんにも気付けなかったのも、ぅえ、なんかめちゃくちゃ、ゔぅ、」
ちゃんと伝えよう、と思うのに、感情が高ぶると急に嗚咽が込み上げてくる。ボロ、と溢れた大粒の涙に、爆豪くんと緑谷くんがギョッと目を剥いて、奥でオールマイトが笑っていた。なにわろてんねん。駄目、私一回泣いちゃうとその後めちゃくちゃ泣きやすくなっちゃうみたい。泣きたいわけじゃないのに。涙が出る自分にも腹が立ってくる。あ〜もう全部ぐちゃぐちゃだ。カッと沸騰したように頭が熱くなって、唸るような言葉しか出てこない。
「オイ、」
「緩名さん……! ごめ、ごめん!」
「ごめんですんだら警察いらん……」
「そ、そうだね……」
うぐうぐと鼻を啜っていると、爆豪くんが頭を小突いてきた。絶対泣いてる美少女にする行為ではない。
「てめェ、傲慢すぎんだよ」
「かっちゃん……!」
呆れたように鼻で笑う。不遜な態度は、いつもの爆豪くんだ。めちゃくちゃdisられた。自覚はしてる。
「おまえに俺の何が分かんだ。自分のことだけ考えてろアホ女」
「かっちゃ、!」
「俺は全部、自分のモノにして上がってく。……だから、見てろ」
ぐしゃ、と後頭部に回った手が乱暴な手つきで髪を撫でた。そのまま、軽く引き寄せられて爆豪くんの肩の辺りに顔が埋まる。爆豪くんのツンデレ語を翻訳すると、おまえはおまえで大変だったんだから俺の事に構ってられなくて当然、先ずは自分を大切にね、って事だろう。知らないけど、多分そう。
「ふぐっ……くそキザっちゃん……」
「あぁ? 泣きべそかいてる緩名には言われたくねーなァ」
「爆豪くんが泣かせたのに……」
「おまえが勝手に泣いとんだろ」
ハッ、泣き顔ブス。と楽しそうな顔で笑うので、ぐりぐりとタンクトップな涙を押し付けてやった。鼻水付いたらガビガビになるんだからね。やめろ、とイヤそうに顔を押しのけられる。っていうか。
「緑谷くんとオールマイトが見てるよ」
「……ア゙ァ!? 何見とんだ!」
「や、いや、あのお……」
「二人ってそういう関係だったんだね……うん、青春だ」
「ちっげェわオールマイトォ! クソ気持ち悪ィ想像すんじゃねえ!」
「ねえそれ私に失敬」
自分の行動を見られていたのが恥ずかしいのか、ぺいっと私を引き離してオールマイトに吠えている。見せたのどっちかって言うと爆豪くんだからね。てか夜中にうるせぇ。まあ確かに、入学当初と比べると爆豪くんはだいぶデレになった気もしないでもないけど。
「緑谷くんも、」
「ぅあハイッ!」
「心配した」
「……うん、ごめんね」
「オールマイトとのことに気付いた時、わあ大変、って思ったのに、その力がもっと凄いものだって知って、正直今混乱してる」
「そ、うだよね……ハハ。僕は緩名さんが知ってたことにもびっくりなんだけど、ってええ!?」
こんな小さな、いや実際は小さくはないんだけど、とにかく未成年の子供が、平和の象徴を終わらせるような、世界を揺るがす程の巨悪との戦いの力を授けられたこと。それがこの先、どれほど過酷なものか、勝手に想像したらちょっとの間止まったはずの涙がまた溢れてきた。最悪。なんかほら、小さい子が頑張ってるの見るとエモくなって涙出てくるような、そんな気持ちに近い。と思う。緑谷くんはめちゃくちゃハチャメチャに慌てている。もういいや、心配の分困らせてしまおう。私は先生お墨付きのわがままなので。オールマイトは少しだけ複雑そうに笑って、爆豪くんはまだ泣いとんのか、と呆れた。
「うあ〜ん」
「ど、どどどどうしよう……どうしたら……」
「……心配かけたらちゅーするって、前言った」
「エ! あ、そういえば職場体験の時……あれ本気だったの!?」
「緑谷くんが悪い……」
「ちょ、ちょちょちょちょっと待って、待って待って待って……、!」
傷だらけの身体に、ぎゅっと抱き着いた。硬直する身体。涙がシャツに吸い込まれて、濃く色を変えていく。一生分泣いてるかも。私の涙腺、馬鹿になってしまったのか……かわいそう。流石にキスはしないけど、ハグくらいは。役得じゃんね。ずっ、と鼻を啜ると、カチコチになっていた緑谷くんの身体からゆっくりと力が抜けて、ぽん、ぽん、と宥めるように背中、というか腰の辺りを撫でられた。急に熟れやがって、なんなの。ごめんね、ありがとう、と頭上から小さく聞こえてきた。一定のリズムで叩かれると、寝かしつけられている時のようで、さっきまでギンギンだったのになんか眠くなってくる。
「緩名少女、歩けるかい?」
「歩けるけど歩きたくない」
「ハハハ、そうか」
ウトウトとし始めたのに気付いたのか、オールマイトが私を抱き上げる。今日の私、異性に抱き着きすぎて貞操観念死んでるみたいじゃない? 元からわりと半死状態ではある。でも今日のは、恋愛じゃなく親愛のハグだもん。許された。
「オールマイトもばか……」
「おや、手厳しいな」
「ばかばかカバ」
「ガキか」
ぎゅう、と抜け殻のように細くなった首筋に抱き着くと、あの逞しい平和の象徴はもういないんだな、と実感出来て余計泣けた。だって寂しい。一度スイッチが入ると枯れるまで感情が涙になっちゃう。普段なら平気でも、駄目な時は駄目だ。困ったように笑うオールマイトの声が心地よかった。
教員寮の保健室に入ると、相澤先生が待ち構えていた。怒り満点の様子だったが、明らかに大号泣しました、と言った様子でオールマイトに抱えられている私を見て一瞬目を瞠っていた。本来なら私はここにいなくてもいい、ただ偶然見つけてしまったがために関わってしまった、いわゆるいっちょかみだ。何泣いとんねん、てなるよね。
ギリギリと捕縛布で二人を締め上げる先生に、オールマイトが待ったをかける。私は一先ずベッドの上に降ろされた。やばいよ、寝るじゃん。寝具はやばい。
「原因は私にあるんだよ」
「はい? 原因? 何です」
原因、そりゃ聞かれるよ。頭がボーっとしてる私でも分かる。ヤバって顔をする三人とも。分かりやすい。ヒソヒソとオールマイトが相澤先生に耳打ちして、途中先生の視線がちらりとこっちを向いた。なんじゃらほい。
「爆豪は四日間! 緑谷は三日間の寮内謹慎! その間の寮内共有スペース清掃! 朝と晩! プラス反省文の提出!!」
先生にしては、わりと甘めの判断だ。本来なら、いくら喧嘩の理由が複雑であろうと、夜中に寮を抜け出してグラウンドでドンパチしてたらわりと除籍、停学物だ。怪我についてはリカバリーガールの個性に頼らず自分で治せ、らしい。そういえば二人をていっ! と私の拳で分からせるつもりがしてなかった。まあいいや。
「緩名、おまえも明日は寮内謹慎だ。コイツらの怪我は治すな」
「あい」
「えっ、緩名さんまで……!」
まあ、そりゃあそうだろう。オールマイト同伴とはいえ夜中に寮を抜け出したのは同じだし、二人の喧嘩を止めようと思えば止めれたのにしなかった。勝手をすると、見ているだけの人間にも迷惑がかかる、という二人への教訓のようなものもある気がする。あとは。
「……熱出てんな」
「泣いたから」
「おまえは赤ん坊か、泣き虫娘」
「ま、四捨五入するとそう」
「言ってろ。……明日、酷くなるようなら呼べ」
「んぅ、ただの知恵熱。大丈夫」
先生の冷たい手が額に当てられる。さっきからめちゃくちゃぼーっとするし若干の頭痛もあるな、と思ったら、号泣したことによる知恵熱だった。一日の謹慎は、療養しとけ、って言うのもあるだろう。今の私は、だってまだ子どもなんだもん、仕方ない。すり、と長い親指が、目尻に溜まった涙を拭っていった。
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