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「黙って聞いてりゃダラッダラよォ……! 馬鹿は要約出来ねーから話が長ぇ……!」
「あははは! ウケる」

 馬鹿は要約出来ないから話が長い、至言でしょこんなん。爆豪くんに惚れそう。拘束の外れた手を叩いて喜んじゃった。

「死柄木……!」
「要は「嫌がらせしてえから仲間になってください」だろ!? 無駄だよ」

 はー、本当に爆豪くん最高。笑って涙出た。信頼出来る男、爆豪勝己でしょ。

「俺はオールマイトが勝つ姿に憧れた。誰が何言ってこようがそこァもう曲がらねえ」

 爆豪くんに吹っ飛ばされた手を見て、死柄木弔がボソッと呟いた。強化の残っている聴力は、そのセリフを拾う。「お父さん」?
 私と爆豪くんはフリーになった。緊迫した空気が流れる。テレビでは、先生がマスコミに詰められている様子が飽きもせず流されていて。

『体育祭優勝。ヘドロ事件では強力な敵に単身で抵抗を続け、経歴こそタフなヒーロー性を感じさせますが、反面決勝で見せた粗暴さや表彰式に至るまでの態度など精神面での不安定さも散見されています』

 なんだこのオッサン。未成年の拉致被害者に対しての言葉じゃなさすぎるな。顔も腹立つし。ヒーロー性ってなんなんだ。タトゥー入ってりゃ人に優しくないのか、人当たりのいい爽やか人間は犯罪を犯さないのか。偏見にまみれてんな〜。

『もしそこに目をつけた上での拉致だとしたら? 言葉巧みに彼を勾引かし悪の道に染まってしまったら? 未来があると言い切れる根拠をお聞かせください』

 ムッとする。画面の向こうの先生も、イラついたように見えた。

『行動については私の不徳の致すところです。ただ……体育祭でのソレらは彼の“理想の強さ”に起因しています』

 立ち上がった先生が、スッ、と頭を下げる。そんな、騒ぎ立て誰かを責めたいだけの奴に謝罪なんてしなくていいのに。立場が、責任が先生をそうさせる。

『誰よりも“トップヒーロー”を追い求め……もがいている。あれを見て“隙”と捉えたのなら、ヴィランは浅はかであると私は考えております』

 発言を受けて、うるさく騒ぎ出す取材陣。また別の記者が挙手をして話し出す。当てられてないのに喋んな。

『緩名磨さんについてですが、彼女は人当たりもよく言動もヒーロー性の高いものです』

 私の話か。ヒーロー性の高い言動なんてしたことないんだけど。ちょっと褒められたけど、嫌な予感がする。

『ですが、私が調べて得た彼女の過去は、残念ながらヒーローを恨み、悪に染まる可能性の高い物でした』
「あ゙?」

 雲行きが怪しくなってきた。何言うつもりだ、このババア。

『彼女、緩名磨さんは、プロヒーロー「スノーホワイト」とその事務所の事務員、緩名劣花の子供であると確認が取れました』
『スノーホワイト!?』
『6年前に大規模テロに巻き込まれて殉職したあのヒーローか!? 彼女が結婚している、ましてや子供がいるなんて情報はなかったはずだが……』
『……生徒のプライバシーに関わる発言は、』

 ざわめく取材陣。あ〜あ。苛立ちを隠さなくなった先生が、女記者の発言を止めようとするが、ス、と手で制した女は、聞かれてもないのに喋り出す。人の個人情報を。これ犯罪じゃないの。

『その通り、スノーホワイトは既婚者であることを明かしていませんでした。スノーホワイトは、自身のチャートの為だけに夫と娘、磨さんの情報を秘匿していたのです! そして彼女は、敵制圧で負った傷による短期休業中に、磨さんと出かけたショッピングモールにて起こったテロに応対し、小さな子供を庇い殉職を遂げました。同様にテロに巻き込まれ、命に関わるレベルの大怪我を負う磨さん、実の娘を見捨て、赤の他人の子供を庇い、磨さんの目の前で亡くなった』
『何を言っている……!』
「……」

 ウッゼ〜。耳痒くなってきた。先生達三人ともめっちゃ怒ってる。私も超怒ってる。マジギレ5秒前。結局何が言いたいんだこの女。

『オイ! いい加減にしろ、人権侵害だぞ』
『磨さんの情報は、彼女が何故拐われたのか、人々が理解する為に必要なのです。怒らないで下さい。……そして、保護されて帰宅した磨さんの前には、彼女の母親、スノーホワイトを愛するあまりその後を追って自死を遂げた父親が待っていました』

 わあ、よく調べてるなあ。どっからの情報なんだろう。ニヤニヤしながら聞いてる敵連合のどっかかな。マッチポンプすげ〜。なんて悲劇! と女記者は大袈裟な舞台役者のように振舞っているが、心から思っているならそもそも私、被害者のプライバシーを暴露するはずもないだろう。馬鹿は要約できないから話が長い、その通りじゃん。粗方間違ってはいないけど、ちょっと違うしなあ。

『磨さんは元々、ネグレクトを受けていて、彼女の祖母に養育されていたようです。……どうでしょう? 彼女の背景は、ヒーローを恨み、敵の道に進んでもおかしくない程悲惨なものです。ああ、彼女が敵になる、と言いたいわけではありませんよ、ただ、その可能性も示唆させていただいただけです』

 ヒーローを恨む、なあ。恨むか? 別に恨む必要なくない? 母親を、両親恨むなら分かるけど、なんでそんな恨みの対象の規模広げなきゃいけないのか分かんない。人の不幸話で承認欲求満たさないでくれないかな。あ、退席させられている。そりゃそう。そんまま捕まってくれ。それか勝手にクソ重過去をバラされた私に賠償金10億な。

『……緩名は、ヒーローを恨むことなどしておりません。彼女はきちんと自分の中で折り合いを付け、ヒーローへの道を歩んでいます。そう出来るだけの精神の安定が彼女にはあると私は考えております』

 やだ、褒められてる。先生好き。

『根拠になっておりませんが? 感情の問題ではなく具体策があるのかと伺っております』
『我々も手をこまねいているワケではありません。現在、警察と共に調査を進めております。我が校の生徒は必ず取り戻します』
「ハッ! 言ってくれるな雄英も先生も……そういうこったクソカス連合!」
「クソキモ連合!」
「言っとくが俺ァまだ戦闘許可解けてねえぞ!」
「そうだぞー! べろべろばー!」

 ま、重い話は置いといて。今はこっからの脱出が先だ。ここを出て余計なことをペラペラ喋りくさってくれたクソバカマスゴミババアに一発重いのくれてやらなきゃいけない。犯罪者になっちゃうから殴らないけど。

「自分の立場……よく分かってるわね……! 小賢しい子!」
「刺しましょう!」
「俺らが言うのもなんだけどなんであの話の後にあんなおちゃらけれんだ。若い子わかんないわ」

 ずっと手を見つめていた死柄木が、ギロッと爆豪くんを睨んだ。背筋がゾワッとするタイプの視線。

「仕方がない……ヒーロー達も調査を進めていると言っていた……悠長に説得してられない」

 ボソボソと死柄木が呟く。

「先生、力を貸せ」
「先生ェ……? てめェがボスじゃねえのかよ! 白けんな」

 死柄木弔の、上。ラスボスか、裏ボスか。USJの計画も、おそらくたぶんきっと、そいつが発案だろう。

『黒霧、緩名磨くんをこちらに』
「ハイ」
「はっ……わ! くそくそくそばか!」
「緩名!」

 どこからか聞こえてきた声の指示通り、身体が黒い靄に覆われる。ワープ系、ズルすぎるだろ。爆豪くんが咄嗟に私に手を伸ばす。くそ、届かない。まじでごめん! 逃げろ!



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