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「イッ……た! ケツ割れる!」
ドサッ、とワープゲートを通って落とされた。微妙な高さに落とすな。受け身取れないだろ。クソモヤモブ野郎。見渡すと、どこだここ。廃倉庫か? どこに飛ばされたんだ。廃倉庫の、たぶん奥の奥の方。広いな。ガランとしていて、人気がない。
「ひっ」
強かに打ち付けたお尻を擦りながら辺りを見渡していると、巨大な、人一人余裕で入れるくらいの水槽がいくつも並んでいる。エヴァとかに出てきそうな、培養装置みたいなやつ。その中身、全てが見覚えのある、USJでの“脳無”と呼ばれていた存在だ。やばい、これ動き出したら普通に死ぬ。早いとこ逃げなきゃ、と足を動かそうとしたら、強烈な気迫に襲われた。感じたことのない、死の恐怖。なに、なにこれ、無意識に手足が震える。ぐっ、と重たい空気に、呼吸が詰まる。吐き出せない。振り向けない、後ろに、何かがいる。
「少々手荒ですまないね」
「ッ……ッ……!」
声。威圧感。震えが止まらない。治まれ、治まれ、治まれ。ゲホッ、と限界を迎えた息を吐き出すと、少しだけ頭がクリアになった。キツく唇を噛む。ブツンと切れて、鉄の味が滲んだ。
「な、んだ、おまえ」
「少し話がしたくてね……君と。ああ、みっともない姿ですまない」
「……っ!」
金縛りにあったように言うことを聞かない身体を、奮い立たせて振り向いた。大きな、影。真っ黒な、マスクに覆われていて見えないけれど、おそらく、中身が、足りていない。息を飲む。噎せて、すっからかんの胃の中身をびちゃびちゃと吐き出した。苦しい。
「君の個性、経歴も、実に素晴らしい。弔に必要なのは、君のような存在だと思ってね。直接スカウトしようと、お招きしたんだ」
「……ッ、ハア? 勝手に私を、未来設計のひとつに、しないでくんない? お見合いジジイかよ」
胸を抑える。鼓動が忙しない。はっ、と息を吐き出すと、少しだけ楽になる。パーツのない顔を睨みつける。虚勢を張っていないと、持っていかれてしまいそうだ。
「君は手酷くヒーローに裏切られたろう? 弔もね、あの子もそうなんだ。家族がヒーローだから、辛い目にあった。君のような境遇の子が生まれない為にも、改革は必要だと、君もそう思わないかい?」
「思わない……! 適当な御託並べ立てて、結局、っ、自分の思い通りにさせたいだけでしょ……」
「ハハハ、手厳しいね、君は。そして不思議だ。どうして、幼い子供が親に見捨てられて、そういられる?」
本当に不思議そうに言った男。むっかつく。幼い子どもじゃねえからだわ。睨めつける視線は外さないまま、どうにか逃げる算段を考える。タイマンなのに、さっきよりも、もっとずっと難易度が高そうだ。どうしよう、どうすれば、考えすぎてオーバーヒートしそうになったところで、地響きと轟音が身体を揺らした。
「っ、今度はなに……!」
「おや、来たようだね」
「やめ、触んな……!」
巨大な手に、手を掴まれる。振り払うと、抵抗もなく外れた。分からない、分からないけど、多分きっと、これがチャンスなんだろう。限界まで強化して、走り出す。扉を開けて飛び出すと、見知らぬヒーローと見知ったヒーロー!
「ジーニスト!」
「磨!」
安堵で身体から力が抜けそうになる。脳無を制圧している、背の高い、細い身体が、駆け寄ってきて私を抱き締めた。でも、まだ安心している時間じゃない。
「無事でよかった……!」
「ちがうの、あっち、やばい、奥、やばいのいて……!」
「落ち着くんだ磨、まだ何か……ッ!」
ザ、と背後で足音が鳴る。ジーニストが私を背後に庇いながら、一瞬で拘束する。捕まえた。はずなのに、心にまとわりついた不安が消えてくれない。まだ、まだだ。
「ちょ、ジーニストさん、もし民間人だったら……」
「状況を考えろ。その一瞬の迷いが現場を左右する。磨、下がっていなさい」
「ん……」
「敵には、何もさせるな」
言われた通りに、警察が待機している方へ、駆け出した。刹那。また、あの、感覚。
「いっ……、」
物凄い衝撃が身体を襲う。誰かが、私を覆っている。次から次へとなにが起きた。私を覆う誰か、ジーニスト、だ。身体中が痛い。骨の二、三本は、確実にイっているだろう。気だるい身体に鞭打って、身体を起こす。惨状が、広がっていた。
「ジーニスト……、ジーニスト、」
パン、パン、パン。反響する、拍手の音。
「さすがNo.4!! ベストジーニスト!! 僕は全員消し飛ばしたつもりだったんだ!」
傷だらけの身体を、胸に抱く。とにかく早く、治癒しなきゃ。
「皆の衣服を操り瞬時に端へ寄せた! 判断力、技術……並の神経じゃない!」
「……こいつ……」
ジーニストが、無理をして身体を起こす。纏った繊維が、元凶の男に向かった。けれど、瞬間、トッ、とその腹を何かが撃ち抜いた。
「ジーニスト!」
「緩名磨くん。君の“個性”はとても便利だ。君が君のまま、弔と並ぶことを私は楽しみにしているよ」
「っまだンなこと……!」
風穴の空いた腹に手を当てて、精一杯のバフをかける。傷が大きすぎる。なんで私はもっと鍛錬してこなかったのか、個性の強化を積んでおけば、これくらい、すぐ治すことがたんじゃないか。悔やんでも悔やみきれない。悔しくて溢れた涙が、夏なのに冷たい頬を伝い落ちた。
「んっじゃこりゃあ!」
ゲホゲホと咳き込む声。耳に馴染む悪態。目だけを向けると、少し離れたところ、アイツの目の前に爆豪くんが現れた。バシャバシャと、ヘドロのような物から、続いて敵連合の奴らが姿を現す。なに、最悪のオンパレードが止まらない。こっちのヒーローは軒並みやられている。そこも回復したいのに、手が、回らない。誰か、誰か。助けを、願わずにはいられなかった。いかなきゃ、せめて、爆豪くんの手助けを。いや、先にジーニスト達が巻き込まれないように避難。そう思った瞬間に、とてつもない存在感、それも今度は、安心する存在が、飛んできた。
「全て返してもらうぞ! オール・フォー・ワン!!」
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