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 超寝た。身体と個性が回復しているので、多分、おそらく、超寝た。これが誘拐されている最中でなかったら気分は最高だったんだけど、最悪なことに今の私は拉致被害者である。目は開けないままに、状況を探る。腕、後ろ手で拘束されている。かったいけど私が寝ているのはソファだろうか。安物だな。けど拘束は腕だけっぽい。舐められてんな。次、複数人の話し声が聞こえる。私を拐った連中の物だろう。爆豪くんはどうなったんだろうか。うう、目を開けたくない。悪い夢だったらよかったのに。

「よう、お目覚めか? オヒメサマ」
「……」

 煽るような声が聞こえる。絶対コイツ性格悪いだろって声してるな。聞き覚えがある、多分、落ちる前最後に聞いた声。ぶん殴りて〜。けどここは抑えて無視。一人で恥ずかしい台詞喋ってろバーカ。

「無視されてやんの! ダッセェ! 無視すんな!」
「狸寝入り決め込む気か?」

 あ、普通にバレてるわ。なんで? 一人テンション異様なやついるな。メンタルジェットコースターかよ。きゃはははと高い笑い声が聞こえる。女までいるのか。

「ぐ、ぐー」
「いや寝たフリ下手かよ」
「俺はいいと思うぜ! 最悪だな!」
「この子状況分かってんのかしら」
「……まァいい。コイツの個性に暴れられたら面倒だ。筋弛緩剤でも打っとけ」
「えっ」

 聞こえてきた言葉にバチン、と目を開ける。あ、目開けちゃった。最悪。でも筋弛緩剤って注射だよね? 病院で手練の看護師さんにされるならまだしも、素人の注射とか絶対やなんだけど。お隣に、ガッチガチに拘束された爆豪くんが座っていた。目が合うと、完全に呆れている。ごめんなさい、騒がしくて。でも、私を見て少しほっとした様な顔をしている。気がする。手だらけの男と、黒いモヤモヤの敵。やっぱりクソダサネーミングセンスの敵連合か。狙いは何? 人質なら私と爆豪くんに拘る必要がない。言っちゃ悪いけど、No.2ヒーローの息子とか、大金持ちの娘とか、おあつらえ向きは他に居る。なら、それ以外の、何かがあるんだろう。胸騒ぎがずっと消えない。

「お、起きた」
「ヤダヤダヤダヤダ注射やだ! 来ないで! アホバカハゲカスクソボケ!」
「悪口が小学生かよ」
「磨ちゃん、カァイイです」
「ありがとう知ってます! 注射はノーサンキューです!」

 横たえられていたソファから身体を起こして、全力で拒否の姿勢を見せる。カウンターに頬杖をついた女子高生が、うっとりと恍惚の表情をしていた。絶対やばい人だ、こえぇ。ここ、BARかなんかかな。随分寂れているけど。こっそりと個性を発動して、聴力を強化。うーん、うるさい。雑音が多いけど、すぐ外は大通りっぽい。あの扉さえ抜けたらどうにかなるか? いや、この人数、それにそれなりに皆戦闘経験のありそうな人間ばかりを相手に、切り抜けるのが難しい。少々疲れるし建物全体を破壊する事になるけど、全力で劣化のデバフをかけたら逃げられるかな。崩壊する建物に、私は巻き込まれなくても爆豪くんは難しいか。いや、彼ならいけるだろう。BARならおそらく雑居ビルだろう。後暗いやつらの集まり、アジトっぽいし、ビル自体が廃ビルになってるかな。このフロア以外から、人がいる音が聞こえないからおそらく。ただ、高さが分からない。八階建てとかだと、私達は無事でもコイツらが死にかねない。どんな個性か分からないけど。

「……なに? ガッサガサの手で私の柔肌に触らないでくれる? 痛いんだけど」
「まァそう言うなよ。緩名磨」
「名前呼ばないでキモイから。未成年誘拐して拘束して興奮してるド変態に触られたくないんで」
「無駄に気が強ェな」
「最悪な女だ! 俺好きかも」

 手だらけの痩身の男、死柄木弔が、四本の指で私の顎を掴む。逃げ道見つけようと見渡してたのバレたかな。隠してもなかったから別にいい。ガサツいた親指が私の頬を撫でる。まじでキモい、鳥肌立った。ガウ! っと噛み付く素振りをすると、犬かよ、と呆れられた。全身タイツのアメコミ敵みたいな変態が大喜びしてる。キモい連合に改名しろ。

「……まァいい。本題に入ろう。早速だが……ヒーロー志望の爆豪勝己くん、緩名磨さん。俺の仲間にならないか?」
「寝言は寝て死ね」
「罵られた相手を誘うとかキッモ、クソマゾかよ」

 爆豪くんと並んで、速攻で拒否した。軽口じゃない、本気の拒否だ。私は魔法少女と鬼と敵にだけはならないんだよ。



 テレビで見せられる、雄英の謝罪会見。胸糞が悪い。メディア嫌いの先生が、堅苦しいスーツを着て、身綺麗にして、頭を下げている。本当に胸糞が悪い、が、避けては通れないことではある。雄英の対策が手を抜いていたとは思えないけれど、誰が悪いと言えば絶対に敵だけれど、その隙を作って被害を出してしまったんだから。胸糞悪いけど。

「不思議なもんだよなぁ……何故奴らが責められてる!?」

 いやおまえらのせいだろ。何言ってんの。

「奴らは少ーし対応がズレてただけだ! 守るのが仕事だから? 誰にだってミスの一つや二つある! 「おまえらは完璧でいろ」って!?」
「……」

 ミスじゃねえだろ、と言いたいところだけど、押し黙る。

「現代ヒーローってのは堅っ苦しいなァ! 爆豪くんよ」

 堅苦しいヒーローよりも、自由な敵になりましょうってか。雄英ヒーロー科は、全国放送される体育祭のおかげで、ある程度知られているけど、その中でも爆豪くんはとりわけの知名度だろう。大方、表彰式で暴れる姿に目を付けられでもしたのかな。

「君も、勝つのは好きだろ」

 ハッ、と鼻で笑っちゃう。そもそも、敵になった時点でわりと負けである。そんな選択肢を、爆豪くんが選ぶとは思えなかった。誰よりもヒーローに焦がれている男の子だもん。死柄木は、この戦いを「問い」だと言った。確かに、前世の価値観のある私からしたら、この社会を疑問に思う点がないわけじゃない。けど、だからって周りに危害を与え、啓蒙し変えようとは思わない。歴史的革命には血が付き物ではあった。けど、この現代社会、知的生命体のくせに未だにそんな古臭いカビの生えたやり方を選ぶあたり、壊す事に拘っているように見える。

「なァ、緩名磨。おまえもヒーローに裏切られ、傷付けられた被害者の最たる例だろ」

 私がヒーローの被害者、ね。言っていることの心当たりはあるにはある。けど、肝心の私が全くこれっぽっちも自分が被害者だと認識していないんだから、的外れもいいところだ。
 爆豪くんの拘束が外される。沈黙をしているからか、ちっぽけな大言壮語に心惹かれたとでも思われてるのか。私の拘束は腕だけ。それも軽いやつ。個性は使用出来るのを確認済みだ。後ろ手なのをいいことに、指先で拘束器具に触れて、物質劣化のデバフ。

「ここにいる者事情は違えど人に、ルールに、ヒーローに縛られ……苦しんだ」

 立場が違えば、私だってそっち側だったかもしれない、と思わないことはない。敵だって、全員が全員なりたくてなった訳じゃないことも分かっている。同情をしないことはない。けど、自分一人ならともかく、誰か他人を巻き込んだ時点で、この法治国家では責任が発生する。

「君達ならそれを──……」

 BOOM! と爆豪くんが、近付いてきた死柄木弔に爆破をかました。



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