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「やっほー先生。待った?」

 バスの前に既に待機していた相澤先生の前にぬるっと現れると溜め息を吐かれた。顔に浮かんでいるのは呆れだ。

「少しは緊張感を持て」
「今のデートの待ち合わせみたいだったね」
「話しを聞け。……まあいい、行くぞ」
「うぃ」
「返事ははい、だ」
「はい!」

 先生の後に続いてバスに乗り込む。お返事は青山くんリスペクトだ。

「おい、なんで隣に座るんだ」
「え? 先生寂しいかなって」
「……おまえといるとマイク並に疲れる」
「やーん侮辱」

 なんだかんだ返事をくれるところ、爆豪くんと似てるよね。内容は失敬だけど。ハア、と頭を抱えた先生にキュンです。

「ん〜ぐぐぐぐ」
「変な声を出すな」
「だって緊張するんだもん」

 そう言うと、少し驚いた顔で先生が私を見た。え? 緊張してますけど。そんな驚くこと? 先生の驚いた顔レアだな。写真に収めたかった。

「おまえでも緊張すんのか」
「普通にしーまーすー」
「こら、大人しくしなさい」

 グリグリと隣に座る先生の肩あたりに頭を押し付けてドリルする。不審者然とした先生と超絶かわいい女子高生の絵面としてはちょっとやばい。まあ私達二人しかいないから大丈夫でしょ。あ、猫の毛付いてる。戯れて来たな。

「本気で来い」
「え〜? 私はいつも本気です。信用ないなあ」

 バスが到着する。演習場は決めていいとのことだったので、選んだのは森だ。先生の個性上、遮蔽物は多い方がいいので、市街地と迷ったけど、こっちの方が利用出来る物が多そうだし。



『緩名、演習試験ReadyGo!』

 ブー、と開始のブザーが鳴る。30分逃げ回るか、ゴール。目指すのはもちろんゴールだ。身体能力と聴力を強化して、森の中を駆け出した。
 この試験、先生達は皆ゴールから、生徒側はステージ中央からスタートだ。会敵しないように突っ切れたら一番いいけど、そうは問屋が卸さない。あ〜あ、コスチューム迷彩スーツとかにすれば良かった。完全に試験用になるけど。
 タイマンやだなあとは思うけれど、勝ち筋が全く見えない訳じゃない。先生の個性は、視界に入った者の個性の発動を、瞬きする間までの時間消せるという抹消だ。つまり、先生と会ってしまえば追加でバフを掛けることは難しくなるけれど、その時かかっているバフ効果は消えない。解除も出来なくなってしまうけど。轟くんを例にすると、氷の発動自体は消せても、作り出した氷は消せないみたいな。そんな感じ。
 私のバフは、一度かければ緩やかに効果を無くしていくけれど、強めにかけると試験時間くらいは平気で保つ。なので、先生と邂逅してしまっても、強化された状態で戦いに挑めるってわけだ。とはいえ、いくら強化されていた所で、戦闘技術ではめちゃくちゃに劣るので戦いたくないのが本音だけど。全力で逃げるよ。索敵面では、視力や聴力を強化できる分私に理がある。ああ、地面に置きデバフでも出来たら一気に楽になるのに。

「っと……」

 ごちゃごちゃ考えながら走っていると、微かな物音が耳に入ってきた。木の上を走ってるっぽい? 忍者かよ。位置は多分まだ見つかってないけど、結構近いな。怖いよ〜。市街地だったら速攻見つかってたな。セーフ。木々を飛び移る足音は普段と比べて少し重たい。当然だ、体重の半分の重りを付けてるんだから。モニタールームで見た他の先生の戦いは、ゴール前で待つのが定石だったけど、相澤先生はゴリゴリに仕掛けてくるじゃん。戦闘民族の血でも流れてるのかな。
 物音を立てないように細心の注意を払って少しずつ距離を取る。ゴールまでどんくらいだろ。駆け抜けたい。止まるんじゃねぇぞ……。そそくさとトンズラしていると、焼け付くような嫌な感じ。第六感ってやつ。

「ッ!」
「見つけたぞ」

 反射的に飛び退くと、捕縛布が私のいた場所に飛んできていた。私の方を見てすらいなかったのに。プロヒーロー、流石すぎる。軽口を叩く暇すらないので、もちろん全力疾走。跳ねて移動するのは得意だけど、追われてる状況で忍者のように木の上を移動するなんて芸当はまだ出来る気がしない。いや、出来るだろうけど、踏み外した時のリスクが大きすぎる。

「ギャッ」
「どうした? もっと逃げなくていいのか」
「言われなくても……っ」

 ヒュンヒュン飛んでくる捕縛布を避けながら逃げていると、煽られた。捕まっちまうぞ、と聞こえる声は、随分余裕に溢れている。腹立つ〜! しかも距離も段々縮められている。やっぱり地べたを走ってちゃ追いつかれるよね。
 逆立った先生の髪が、一瞬落ち着いた隙を見計らって、自分に軽量化のバフをかける。トライアンドエラー? どちらかというと数打ちゃ当たる。太もものホルダーから取り出したるは、組み立て式の扇だ。

「サポートアイテムか」
「最新の、っね! ばいばいきん!」

 大きく飛び上がって、扇を構える。今日が晴れでよかった。太陽光のおかげで、本来の瞬きのタイミングじゃなくても一瞬の猶予が生まれる。その隙に、手に持つ扇を重量化のデバフ。鉄なのでバカ重い。思いっきり振ると、軽くなった身体は遠心力で吹っ飛んでいく。後ろ向きに。何度か試したけど、普通にめっちゃ恐いわ。Gがね。瀬呂くんのテープとか、先生の捕縛布とかの方が安定感はあるかなあ。扱いが難しいから迷う。やっぱ羽欲し〜。

「結構離せたでしょ」

 扇の重量化を解いて、ストンっと軽やかに着地。少しは距離を取れた、はず。とはいえ、油断は出来ない。なんたって、上空から先生が走って追いかけてきている姿を目撃したので。着地の位置も見られているだろう。こういう時はちょっぱやで行くに限るよね。ゴールに向かって、再び駆け出した。




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