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 暫く全力疾走をしていると、森の切れ目が、それから更に奥に豆粒のようにゴールが見えた。やっとだ。残すところ後10分くらいと言ったところだろうか。このまま駆け抜けたら試験はクリアとなるんだけど、さっきの邂逅から何にも先生の音沙汰が無いのが怖い。待ち伏せされてそう。いや、多分されてるな。
 遮蔽物が多くて見つかり難いってことは、私からも相手を見つけ難いって事だ。聴力も、息遣いを拾えるほど強化できるわけでもない。このままじっとしてたら逃げ切った判定になるかな? 多分そうはさせてくれないだろうな。腹を括るしかない。
 サポートアイテムその2、煙玉。機能は実にシンプル、煙幕を張れる。ただし、雄英サポート科発目さん作、持続時間は短いながらも威力は抜群だ。正に先生にうってつけ。捕縛布の分、リーチにだいぶ差があるので、少しでも距離は取っておきたい。手の中にぎゅっと煙玉を握り締めた。行くか。

「よお」
「ヒッ」
「鬼ごっこは終わりか?」

 踏み出した瞬間、思ったよりも近くに先生の声が聞こえた。やっべえ。

「おっとっとわ」
「選択を誤ったな。逃げ切れば勝ちだと最初に伝えたはずだぞ」
「逃げさせてくれないくせに、っ、ぎゃ!」

 避けきれず蹴飛ばそうとした捕縛布に、足を絡め取られる。引っ張られて、強かに地面に身体を打ち付けた。痛い。そのまま、全身をぎっちり縛り上げられてしまった。拘束がキツい。苦しいんだけど。捕縛布を劣化させられれば逃げられるけれど、先生に見られていては個性が使えない。瞬きしてくれ。

「ッ、先生のえっち……!」
「残念だったな」
「この緊縛上手!」

 近付いてくる先生に捕まれば終わりだ。けど私だって、そう簡単にはさせない。大人の意地だ。

「煙幕か。だがその程度で」
「逃げ切るのはきついよねえ」

 指先を開いて煙幕を溢れさせる。煙が覆うのは私の周りだけ。今日は風が少ないといえど、すぐに晴れてしまうだろう。瞬時に捕縛布を劣化させる。備品破壊ごめんね。距離を取るけど、すぐに詰められる。脱出ゲートは先生の背後。逃げてもいたちごっこの繰り返しだ。なので、しゃがみこんだ。両手を地面に付けて、土に対して、ありったけの劣化と、周囲の植物にバフを。ゲロしんどいけど、勝つためにはしょうがない。

「なにを……っ!」
「仕組みはよくわかんないけど、私のデバフ、なぜかお漬け物の出来るスピードを促進するんですよね」
「腐葉土か……!」
    
 地面が“腐って”いく。それに伴い、辺りの木々が、急成長していく。すっご、マナの大樹みたい。生い茂る植物が暴れて、太い幹が先生に無差別に攻撃を仕掛ける。思考のない動きは、いくらヒーローと言えど対人に慣れているとなかなか読みにくいだろう。先生の個性も、捕縛布も効かない。痛みもないので、止まらない。ちなみに、ある程度の方向性は定めれるものの、細かな操作までは私には出来ない。精々私に攻撃が向かないように、ってくらいだ。

「森の中限定必殺技〜」

 振り被る動作をする木の幹に飛び乗って、投げられるようにゲートの方に飛んでいく。人間大砲の気分。そして、植物攻撃を避け続けている間に、私と先生の間には厚い木の壁が。まじで、フィールドが森でよかった。個性の使いすぎで重たい身体を引きずって、ゴールゲートへ向かった。許されるならここで寝たい。

『緩名、条件達成』

 ゲートを潜ると、条件達成のお達しが。良かった〜、なんとかクリア出来た。時刻は27分強。逃げ切りも出来なくなかったな。ふう、と安堵から力が抜けると、一気に頭痛や気だるさが襲ってくる。頭あっつい。
 くるっと方向転換して、くぐり抜けたゲートを再び入っていく。かけた個性は解除したけど、未だに動いている植物達。慣性〜。先生は距離を取っているから大丈夫そうだけど。

「せんせ〜生きてる〜?」
「お前な……これ凶悪すぎんぞ」
「まあ轟くんとか、熱、氷系相手だとあんま効かないかもしれないけど……おわ」

 ふらついた身体を先生に支えられる。というか支えられにいった。特に文句なく受け止められたので調子に乗って背中によじ登った。おんぶだ。

「元気じゃねえか」
「フラフラだよ。見て、足ガクガク……ひゃっ」

 なんだかんだ支えるために太ももの下に置かれていた腕が、胴に回って身体を先生の正面に回される。びっくりした、抱き寄せられたかと思った。

「なに?」
「怪我、治ってんな」
「あー、まああれくらいなら……」

 じろじろと全身を見られて、ちょっと引いた。てっきりわいせつ行為かと思ったが、怪我の様子を見ていたようだ。コスチュームは土埃で汚れているけれど、私の身体にはもう怪我ひとつない。自分の身体に対して謎に常時発動されている回復力向上のバフによって、軽い怪我、骨折くらいならすぐに治る。重たい怪我もじわじわと。多分。超再生程の即効性はないし、出血量とかは補えないけれど、便利ではある。

「さっきの、どこで習得した」
「え? ああ、植物の……なぁんか、おばあちゃん手伝ってたら……庭でまちがって、桜の木にかけちゃってえ……」

 そのせいで未だに家の庭には大樹がある。お花見にはもってこいだ。ふあぁ、とあくびが出た。ねっむ。身体の力を抜くと、オイ、と呼びかけられる。眠いんだって。

「寝んな」
「試験、クリアしたし……」

 首筋に頭を擦り付けると、頭上から溜め息。低音の吐息が響く。先生めちゃくちゃ声良いよね。

「個性のキャパは今後の課題だな」
「ぐえっ」

 身体が持ち上がって、肩に担ぎあげられる。鳩尾入ってる入ってる。え〜ん、運搬方法が優しくない。もっと幼児に対するように扱って。文句はいっぱい浮かんでくるけど、運んでくれるようだしまあいいか、とそのまま意識を投げ出した。




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