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「出張回復係で〜す」
「磨ちゃん!?」

 リカバリーガールの出張保健所の扉を開く。このピーピーうるさい機械は、リカバリーガールでも回復しきらない傷を負う生徒が出た時のための呼び出し機だ。使う機会がないといいな、と思ってたけど、記念すべき第一号はお茶子ちゃんだ。

「記念すべき第一回のお茶子ちゃんにはこれを贈呈しよう」
「……あ、いちご飴!え、なんの記念なん」
「んー?」

 治癒ゅーされているお茶子ちゃんの寝ているベッドに座る。言葉はしっかり、意識もしっかりしているけど、ふらふらだ。

「細かい傷は残るから、気になるなら治してもらいな」
「そういうことです、遠慮なく〜」
「……うん。ううん、大丈夫」

 少しだけ考えて、一度目を閉じたお茶子ちゃんは真っ直ぐを見つめて首を振った。リカバリーガールと顔を合わせて、ふ、と笑う。色々と、思うところもあるだろう。せっかく来てもらってごめんだけど……、って困ったように笑うお茶子ちゃんの頬に触れた。

「んーじゃ、ほっぺの傷だけは治させて」
「あわわ、でも磨ちゃんこの後まだ試合あるし、」
「ほら、そのままでいると爆豪くんが女の子の顔に傷負わせたからって責任で求婚してくるかもしれないし」
「ブッ……!ァ、ハハ、それはちょっと、想像つかんなあ」
「意外と硬派かもよ?」

 ふふふ、と笑い合って、頬の回復力だけを強化する。うん、痕も残ってない。本当に爆豪くんに求婚されちゃったら大変だしね。そういうとお茶子ちゃんがつぼに入ったように笑った。

「では、私は先に戻ります」
「はいはい、ありがとね」
「あっ、磨ちゃんありがとう!これも!」
「は〜い。……あ、それ、相澤先生とお揃いだよ」
「え!?」

 相澤先生とおそろいなことに驚いたのか、相澤先生といちご飴のギャップに驚いたのか、どっちだろう。後者かな。



「あ、私の席なくなってる」
「ア?」

 帰ってきたら私の座っていた席に爆豪くんが座っていた。ア?て。輩か。仕方ないので爆豪くんの後ろに座る。障子くんの隣なのでラッキーです。

「も〜すぐア?って言う」
「ンだ文句あっかオラ」
「爆豪くん口悪すぎるから先生みたいにギャップ極めてこ!はいいちご飴」
「いらんわ!」
「磨どこ行ってたの?」
「出張白衣の天使さんしてた」
「なんかエロ……」

 エロいな、と言いかけた峰田くんが梅雨ちゃんの舌でしばかれていた。妥当。

「は〜いかっちゃんおリボンつけましょうねえ」
「だあああ鬱陶しい!」
「緩名ってたまに宇宙人だよなー」
「同意だ」
「爆豪を世界一舐めてんな」
「ええ〜?爆豪先輩マジリスペクトなんすけど。超推し〜」
「それが舐めてんだよクソ女ァ!」

 爆豪くんのつんつん頭にリボンを付けようとしたらボムボムされた。客席を破壊しないように極小規模なのがみみっちい。おかしいな〜。最大限のリスペクト込めたのに。だって爆豪くんなんだかんだでいちご飴バリボリ食べてるんだもん。かわいくない?音おかしいけど。絶対そう食べる物じゃないよね。
 そうこうしている内に、腕相撲の勝敗が付いた。勝ち上がったのは切島くん。常闇くんに勝てば、切島くんと爆豪くん、どっちかとの戦いだ。まあそもそも常闇くんに勝てるかも分かんないけど……。ぴょこん、と出てきていたダークシャドウくんを撫でて、よっしゃと気合いを入れた。



「またやった」

 轟くんの氷結に、緑谷くんは自損覚悟の個性で立ち向かう。あんなの、めちゃくちゃ痛いだろうに。全ての指を使い潰すつもりなのかな。お茶子ちゃんの戦いよりもずっと、見ていて痛々しい。指ビロビロしてる。やばい。

「ゲッ始まってんじゃん」
「お!切島、二回戦進出やったな!」
「そうよ次、おめーとだ爆豪!」
「ぶっ殺す」
「ハッハッハやってみな!」

 切島くんもなかなか強いよね。

「……とか言って、おめーも轟も、強烈な範囲攻撃ポンポン出してくるからなー……」
「ポンポンじゃねえよナメんな。筋肉酷使すりゃ筋繊維が切れるし走り続けりゃ息切れる。個性だって身体機能だ。奴にも何らかの“限度”はあるハズだろ」

 私の場合は疲労感、行き過ぎると酷い頭痛に、更に行くと昏倒だ。爆豪くんは……腕の方が限界を先に迎えるのかな。爆破しているのは汗だから、脱水とか。威力も限定されてくるだろう。個性ってどういう仕組みなのか、判明されてない謎が多すぎるよね。

「考えりゃそりゃそっか……じゃあ緑谷は瞬殺マンの轟に……」

 轟くんはまだ、限界を迎える程の本気を出したことは無い。許容量の幅を見たいだろうな。でも、轟くんは咄嗟の判断力もあるし、フィジカルも優れている。緑谷くんの両腕はもうボロボロだ。あれは治すのにも骨が折れるぞ。

「うあっ」

 迫り来る氷を、とっくに壊れた指を弾いて退けた。痛そう。思わず顔を手で覆って、隙間から舞台を覗き見た。

「……っ!皆……本気でやってる。勝って……目標に近付く為に……っ一番になる為に!半分の力で勝つ!?まだ僕は君に傷の一つつけられちゃいないぞ!全力でかかって、来い!」

 溜め息が、出た。呆れとか怒りではない。そうだよねえ。轟くんへの説教が、自分にも少し食いこんで、ちょっと心が痛い。全力でやってないつもりはないし、どうせなら勝ちたいな〜って気持ちはある。けど、私って、その程度なんだよね。『絶対に』勝ちたい、って思えない。不可能を可能にしてやろうなんて、思うこともない。前世分の年月がある弊害だろうなあ。困ったことに、緑谷くんの言葉を聞いて少し反省はするし罪悪感もあるけど、心を入れ替えて心の底から本気でなんて、なれそうにもない。熱量が違うんだ。ま、仕方ないよね。
 緑谷くんの拳が轟くんに入る。頬まで使い、満身創痍になりながらも轟くんに立ち向かっていく。はああ〜、心が痛い。ぴぴぴぴ、と呼び出し音が鳴るのに合わせて、席を立った。

「君の!力じゃないか!!」

 緑谷くんの咆哮を聞きながら、スタジアムを後にした。



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