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 突入するヒーローたちの、後ろ姿を見送った。周囲には慌ただしく動き回る警察官や、私と同じようにサポート属性のヒーローたち。エクトプラズム先生の分身体も一人、私の近くに付いている。頭の中に、マンダレイの避難を促す声が聞こえた。
 とりあえず、最初の五分程度は待機だ。避難誘導の現場を、ついでのように見て学ぶ。ここまで大規模で、突発だけど計画的に行われる避難って珍しいだろうから、後学のためにもね。最初は徒歩で歩ける診察患者たち、それからヒーローたちに抱えられた人々、それに医療ベッドごと運び出される入院患者たちの順だ。それなりに大きな病院なので、なかなかに人数が多い。

「ビアンカちゃん!」
「はーい」
「よろしく!」
「任されましたあ」

 ヒーローに名前を呼ばれて、よっしゃあ、と気合いを入れた。付き添いの看護師の方から容態を聞き、運ばれてきたひとりひとりにバフをかけ、救護車へと送り出していった。
 耳元のインカムから聞こえる声によると、やはり病院の内部には改造脳無、それも福岡で対峙した、ハイエンドと呼ばれる強化されたらしきそれらがウジャウジャといるらしい。ドォン、とある院内の避難は完了した病院から、轟音が響いている。派手にドンパチやっているみたいだ。

「んじゃあ、まとめていきますよ〜!」
「は、はーい」

 目の前に運び出された避難人たち、比較的重症度の低い方たちには、個別ではなくまとめてバフをかけた。一応呼びかけると、数名の男の人からまばらにお返事がある。ノリいいじゃん、いいね。とはいえ、怪我の治療には比較的役立つ私の“個性”だけど、病気相手にめちゃくちゃ有効なわけではない。個人の自己治癒力とか免疫とかを高めたり、病原菌の力を弱める程度なので、めちゃくちゃ優秀ではあるが即効性は怪我ほどないのだ。チラッと横目で病院を見ると、既にロビーでも通常種だろう脳無とヒーローたちが交戦していた。うひゃ〜、早く逃げなきゃ。

「避難完了! D班は病院内へ、E班は各自護衛に当たって!」
「ビアンカ」
「はい」

 事前に分けられた班に従って行動する。避難誘導に当たっていた中で、戦闘向きの一部は病院内へ舞い戻り脳無との交戦や万一の逃げ漏らしの捜索、残りはみんなサポーターヒーローたちと一緒に救護車の護衛をしながら、ここからの脱出だ。もちろんインターンでペーペーの私は護衛である。エクトプラズム先生の分身体の一人に声をかけられ、車へと乗り込んだ。
 私の仕事は、残るは退避のみ。麓に降りてからは、下の爆豪くんやバーニンさんたちに混ざって避難誘導をする必要があるけれど、前線でのお仕事はこれだけだ。でも、なんだろう。まだまだ胸騒ぎがする。むしろ、酷くなっているくらいだ。ツキンツキン、“個性”の使いすぎなのかなんなのか、痛む心臓をぎゅっと抑えた。遠ざかる病院が、揺れていた。



 避難する車の中。下での活動に備えて、ほんの少しでも寝て回復しておけ、と言われたので言われた通り瞼を閉じれば、“個性”使用の影響でインカムからの通信も気にせず眠れていた、けれど。

「っわ、なに」

 地面が揺れる、突き上げるような衝撃に、眠りに落ちたばかりの目を覚ました。窓から辺りを見渡しても、既に森の中。前方には、同じように病院から退避した救護車がいくつか見えた。地震のような揺れは、けれど全く止まることもなく。

「状況は!?」
「ダメです! 通信がない!」
「っ、病院が……!」

 焦る運転手の警官の声を聞きながら、窓から首を出してそっと、覗き見た。病院、が。
 先生やエンデヴァーさん、多くのヒーローたちがいた戦っていた病院が、一息に崩壊していく。脆い、砂の城のように、コンクリートの建物が、ぐしゃりと。宙にいくつも浮かぶシャボンが、木々の間から見えた。きっと、ウォッシュの“個性”だろう。

「っ、速度あげれますか!?」
「あ、ああ!」

 ぼろぼろと、崩れていく。建物も、木も、地面も、関係なくヒビに触れたものから、広がっていく。恐らく、ヒビに触れると伝染するんだろう。死柄木弔が、あの病院の地下で、“何か”をしているらしいとは資料にあった。私は、死柄木弔の“個性”──“崩壊”を直接見たことはない。けれど、あのUSJで見た、相澤先生の状態を、知っている。だから、これはたぶん、ほぼ確で死柄木の“個性”によるものなんだろう。……なら。

「ちょっと出ます!」
「ビアンカ!」
「たぶん大丈夫〜!ヒビに触れないよう全速力で進んで!」

 言いながら窓から車を飛び出して、拡がっていく“崩壊”に向けて、打ち消すようにバフをかけた。ほんの少し、勢いが弱まる。うん、効いてる!
 起こった現象に対しても、私の“個性”は通用する。氷を溶かすだとか、炎の威力を弱めるだとか。相澤先生の“抹消”のように、出処を消す、0にすることは出来ないけれど、威力を弱めることは出来るのだ。
 私の後ろには、まだ多くの避難車がある。通信は途絶えたまま、応答を願う本部の声を拾うのみで、病院にいたヒーローたち、先生が、どうなってるのかもわからない。最悪の予感が頭を過ぎる。けれど、今はとにかく、“ヒーロー”として、やるべきことをするのみだ。細かく震える指を痛いほど握りしめた。

「わ、っ」
「ビアンカ!」
「いける〜!」

 ヒビに触れたらやばそうだ。たぶん、崩れる物は、人も物も関係ないだろうから。後ろ向きに走って逃げながらも、出力を強めた。マックスレベルのデバフをかけて、ようやく崩壊は緩やかに速度を落としていく。けれど、本当に一部だけだ。吹き飛んで、塵すら残らず崩れ去る緑を視界に入れて、んん! と踏ん張った。これは、今こそ、あれじゃない?

「っハア、Plus ultra……!」

 まだ、まだ、まだ! 事態に気付いた人の悲鳴や、クラクションの音が後ろから聞こえてくる。どこまでいけば収まるのか、わらないけれど、とにかく今これを緩められるのは私だけだろう。気恥ずかしくて、口に出すことのなかった校訓を叫びながら、とにかく逃げ道くらいは作ったると意気込んだ。周りを見る余裕があまりないけれど、きっと街の方でも今爆豪くんたちが避難誘導をしているはずだ。この崩壊は予想外、なら、少しでも食い止められる方がいいでしょ。
 キリキリ、こめかみが痛む。鼻の奥も熱くて、鼻血の予兆にくちびるを噛んだ。“個性”の使いすぎで鼻血が出やすいの、キャパオーバーの分かりやすい通達なんだろうなあ。

「あ、わ、うぎゃあ!」

 一人で向き合う、自分の背にした人の命の重さや、崩れ去る“死”の恐怖に、意識を逸らしていたのが悪かったのか。必死すぎて、周りが見えていなかったこともあり、後ろが崖になっていたようで私の身体はぽーんと、それはもうぽんっと空中に投げ出された。病院が山の方に立ってたの、忘れてた!
 とはいえ、これくらいの高所は今更おそるるに足らずというか。慣れって怖いよね、万能で優秀な自分の“個性”もあり、紐なしバンジーにある程度の耐性が出来てしまった。むしろ空中からの方が、いろいろとよく見えるので状況判断がしやすくて助かる。自分の身体に軽くするバフをかける。と、落下速度が緩やかになっていった。見下ろせば、私の乗っていた車やその前にいたヒーローたちは、なんとか窮地はギリ、一先ず凌げたようだ。とはいえ、崩壊の速度が落ちてるのは一部だけ。目を凝らして、辺りを見渡すと……ん? 遠くから、広がる崩壊よりも速く、こちらへ飛んでくる物体が見えた。グングンと大きくなるそれは、……あ、ドラゴン!

「リューキュウ!」
「緩名!」
「あ、先生!」

 しゅるっと、見慣れた捕縛布が、私の手首に巻き付いた。よかった、先生、いた!



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