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「わあっ」

 手首に巻き付いた捕縛布が、軽くなった私の身体を手繰り寄せる。勢いよく浮いた身体は、先生の身体になんなく受け止められた。弾みで、黒いヒーロースーツにしがみつく。交戦の際に付いたんだろう、埃っぽい煙たさの中で、相澤先生の匂いがして、それだけで安堵に少しの力が抜けた。肩に先生の手が触れて、詰めていた息を吐く。見上げると、険しい顔の先生が。ロックロックや、……たしか、マニュアルさん、もいる。飯田くんのインターンのとこの人、だったはず。他にも数名、リューキュウと共に逃げてきていた。
 状況説明は、簡単だった。眠っていた死柄木が目覚め、“個性”は強力なんてもんじゃなく威力を増している。殻木は確保したようだけど、作戦は失敗したと見なしていいだろう。リューキュウたちは、崩壊の勢いが一部穏やかになっていることに気付いて、私の元へと飛んできたらしい。今も眼下では、森を、街を消し去るように土煙が飲み込んでいく。その光景に、ギュッと眉を寄せた。

「崩壊を、少しだけ緩やかにすることはできる。……限られた狭い範囲だけしか、効果はないけど」

 一部が緩やかでも、結局は時間の差で崩れていってしまう。崩れたものを再生させたり、崩壊を止めるほどの力は私にはないのだ。無意識の自虐的意図に気付いたのか、先生の手が、褒めるように頭に触れた。

「おまえは十分よくやった。……いけるか」
「ん、死柄木のとこ、行くんだよね」
「ああ」

 崩壊を止めるには、“元”を断つしかないんだろう。手段は二つ。死柄木の意識を奪う、あるいは殺すか、相澤先生が“視る”かだ。正直、死柄木を、殺してしまえるならそれが一番いいんだけどなあ、とヒーローらしくもないことを頭の片隅に思い浮かべる。とはいえ、これだけの力がある死柄木を殺すのって、なかなか難易度も高いし、なによりヒーローは命を奪うことを良しとしない。

「インカムは生きてっか?」
「ん……ううん、ダメみたいです。受信は出来そうだけど、たぶん土煙で通信機能が阻害されてる」
「そうか……」
「あ、待って、」

 ロックロックの言葉にインカムを確かめる。上空に逃げているからいいけれど、これだけの土煙だ。高性能とは言え、そりゃあイカれもするだろう。だから通信なかったんだな。耳元に手を添えると、同時にガガッ、と誰かからの通信が入った。エンデヴァーさんだ。

「エンデヴァーさんからの全体通信、病院跡地にて死柄木と交戦中、地に触れずに動ける人は包囲網を、って!」
「リューキュウ」
「ええ、わかってるわ!」

 グルン、と私たちの乗るリューキュウが、方向転換した。遠く離れた病院の跡地は、よく見ると土煙が晴れていっている。その中心に、高く上がる炎。エンデヴァーさんだ。

「先生、一応治癒するね」
「ああ、頼む」
「歩けるほどには……ちょっと無理そうだけど」

 あそこで、戦うしかないんだろう。少し躊躇する気持ちはあるけれど、ひとりじゃないだけ心がマシだ。差し出された先生の右脚に触れる。コスチュームを引き上げると、潰れたように痛々しく変色していた。折れてる、というよりも、握り潰されている。すっごい痛そうだ。そっと触れて、治癒力を向上させた。腫れは少しだけマシになるけれど……あとは時間経過と適切な治療しかない。ここまでいっちゃうと私だけでは完治は難しかった。ので、しっかりと固定しておく。
 ぐんぐんと、リューキュウが土煙へ向かい速度を上げた。その時、通信が再びエンデヴァーさんの声を拾い上げた。

『ワンフォーオール?』
「え、ワンフォーオール……?」
「ア? ……ワンフォーオール?」
「あ、ううん、なんでもない、たぶん」

 疑問形で呟かれたエンデヴァーさんの言葉を拾う。ワンフォーオールって、あの、緑谷くんがオールマイトから継承したっていう“個性”のことだよね。エンデヴァーさんと対敵しているのは死柄木弔なことからしても、たぶん十中八九そうだろう。急にスポーツとかでよく使われる標語を口にした私に、ロックロックを始め、訝しげな視線が刺さるのを、なんとか誤魔化した。
 相澤先生は、訝しんだ顔をして、鋭い目で私を見ている。視線で吐け、と促してくるけれど、そう簡単に話せるような問題でもない。けれど、もし、緑谷くんたちにも通信が届いていたのなら。穏やかに見せかけて、ハチャメチャに無鉄砲で、誰よりも“ヒーロー”気質の緑谷くんなら。もし、その傍に、私と同じように事情を知ってる爆豪くんがいたなら。

「緑谷くんが、危ない……とおもう」

 相澤先生にだけ聞こえるように、そう呟いた。



『皆聞け! 死柄木跳躍し南西に進路変更! “超再生”を持っている! 最早以前の奴ではない!!』
「死柄木、南西に進路変更、“超再生”を持ってるらしいです」
「“超再生”を!?」
「脳無みてェに複合型っつーわけか」
「たぶんそう」

 エンデヴァーさんからの通信を伝えると、ヒーローたちは各々対策を考え始めた。“超再生”なんて、また厄介な“個性”を……いや、たしか、病院にはかなりの“ストック”があるらしい。死柄木は、なんらかの強化を受けている、とだけ資料にあったけれど、脳無に施された人体改造を考えると、他にも複数の“個性”を所持している可能性がある。や、厄介すぎる……! もう本当に、先生頼りになってしまう。

「ひゃあっ」
「アァ!? インカムがイカレやがった!」

 ぼんっ、と耳元で嫌な音がして、インカムから完全に反応がなくなった。けれど、もう。

「緩名、後ろにいろよ」
「もちろん、バッチリ先生にひっついとくから任せて」

 私たちの視界に、おそらく死柄木だろう姿を、捉えていた。



 “個性”で視力を強化して、目標を見る。ふたつの、見覚えのある姿。やっぱり!

「緑谷くん、爆豪くん……!」
「なんでアイツら……!」

 もしも、が当たってしまった。最悪だ。でも、死柄木が進路を変えたのは、たぶん二人……いや、ワン・フォー・オールの緑谷くんを追ってのことだろう。なら、少なくとも避難民からは逸らすように誘導できたのだから、助かった、って言うべきなのかな。一瞬の静止、それから襲われそうになった二人を、小さなおじいちゃんが庇う。グラントリノだ!
 安堵しながら、リューキュウの背から飛び降りて、ロックロックと共に相澤先生を支える。後ろ、というか、並び立ってる感じだね。マニュアルさんの後ろから、瓦礫へと降り立つ姿を見た。

「死柄木、発見しました!」
「相澤先生」
「ああ」

 リューキュウが死柄木に飛びかかる。全てを崩すその手がリューキュウのしっぽに触れる、直前、ゴーグルを外した先生が、死柄木を睨みつけた。私の肩を掴む相澤先生の手に、痛いほど力が籠る。……ここに向かう途中、本当に少しだけだけど、被害状況を、いろんな人の殉職を聞いた。現場に慣れているとはいえ、ヒーローだって人間で、相澤先生にも心がある。きっと、私と同じように思うことがたくさんあるんだろう。だから、力を伝えるように、その手にそっと触れた。

「俺の生徒にちょっかいかけるなよ」
「本っ当」

 かっこいいぜ、イレイザーヘッド。言いながら、死柄木弔は不敵に笑う。……悔しいけど、それはまじで同意!



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