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 ドンッ、てんっ、ちょん、と三つのサイズのおにぎりが並ぶ。なんと今日は、珍しく講座もインターンもなくて、しかもそれがA組全員そうだと言うんだから驚きだ。明後日からまたインターンだけど、今日は奇跡的に……微妙に作為的なものも感じるんだけど、とりあえず奇跡的にみんなお休みが重なったし、昨日の時点で晴れ予報だった。なので! ピクニック回である! まだ満開にはとはいかないけれど、それなりに見頃にはなって来ている桜の元で、お弁当を作ってのピクニックだ。

「先生おにぎり作るの上手〜」
「おにぎりにそこまで差ないだろ」
「いやいや、結構あるよ」

 大、中、小、それぞれ相澤先生、私、エリちゃん作のおにぎりである。先生、全然料理しないみたいだし、握力がバカの強さをしてるからてっきり轟くんみたいに圧縮おにぎりを出してくるかと思ったのに、意外とふわっと握られた普通の塩にぎりが出てきた。意外。

「ヒーローだからな」
「ええ? ……あ、そういうことね」
「災害時の配給で慣れるぞ」
「わあ」
「……まァ、緩名は手慣れてるから大丈夫だろうが。しっかりやっとけよ、おまえら」
「「ウィッス!」」

 気付いたらなんか指導になっていた。私は大丈夫、とお墨付きをもらっちゃった。ラッキー。
 お弁当といえば玉子焼きだ。手分けして作っているとはいえ、二十人強の分なのでもうはちゃめちゃにわりと趣味を詰め込んでも誰か食べるでしょ、の精神である。とにかく数が重要なので、甘いの、だし巻き、それからチーズ入りとほうれん草入りをひたすら焼いていく。流石に火を扱わせるのはまだ怖いので、エリちゃんには先生お手伝いの元で卵を溶いてもらった。

「甘いのとしょっぱいのどっちが好き?」
「んん」
「ふふふ、迷う?」

 エリちゃんの好みの方をちょっと多めに入れよう、と思ったけれど、迷っているみたいだ。わかる、私も気分で変わる。じゃあ味見ね、と焼きたてのだし巻きと、砂藤くんが焼いた甘い玉子を少し切り分けた。あーん、と口元へ運ぶと、小さな口が、黄色い塊を咀嚼して、はふ、と幸せそうに緩む。

「どっちも好き、です」
「おっ、引き分けだな!」
「じゃあ両方同じだけ入れよっか〜」

 ふんっ、とエリちゃんがキラキラした目でドローを告げてくれたので、密かに勃発していた今回の玉子焼き論争は引き分けに終わった。平和的解決である。

「俺も味見ー」
「いいけど、食べすぎないでよ」
「えー、緩名があーんしてくれねェの?」
「アーン? おもしれー女」
「そっちじゃなくてね」

 カウンターに乗り出してきた瀬呂くんがあーんをご所望してきたので、インサイトをお披露目してあげた。



 冷ました料理たちを詰めたお弁当箱を持って、寮からゆっくり歩いてだいたい二十分程度。雄英の森には、猫だったり鳥だったりリスだったりがいる。

「! リスさんだ」
「野生……じゃないけど、野生だねえ」

 野生というか、限りなく自然に近い状態で放し飼いと言うか。そんな感じなので、衛生面もしっかり管理されているリスたちだ。わりと奥に来ないといないので、エリちゃんはお初にお目にかかるみたいだ。一緒に歩いていた口田くんが、荷物を一度置いて、“個性”で囁いている。

「触っても大丈夫だよ、って」
「わ、ありがとう口田くん。だって、エリちゃん」
「うん! ……わあ」

 口田くんの手に乗っているリスに、エリちゃんが撫で方を教わって、そっと触れた。ああ〜、かわいい。リスも、エリちゃんもかわいい。少しだけ撫でて、それから怯えさせないよう、口田くんが持っていたオヤツを与えたから、自然へと返した。
 それから更に五分程。

「わあっ」
「お〜、結構咲いてる」

 比較的早咲きの桜が、満開には至らないけれどなかなかに綺麗に咲いていた。その下に、先行組がビニールシートを張って待機してくれている。雄英の敷地内だし、場所取りとかの必要はないけれど、数名の男子諸君が先に行って諸々用意してくれていたのだ。といっても、荷物を運び終えたら本当にビニールシート敷いたりテーブルとかを設置するくらいだから早々に暇になったんだろう、バドミントンをして遊んでる。私たちお弁当の仕上げ組と相澤先生はエリちゃんとのんびり歩いてきた。う〜ん、のどかだ。

「お昼寝しよっかな」
「着いて早々!?」
「磨の桜は枯れてんの?」

 エリちゃんはダークシャドウくんに抱えられて、より近くで桜を観察している。ので、私は桜を浴びながら昼寝でも、とゴロンと寝転んだところで、三奈と響香からクレームが入った。だってさあ、まだ肌寒い時期だから、って折角ブランケットとか用意してるんだしさあ。

「寝たくない?」
「枯れてるわ、緩名」
「もーヤダヤダ、華の女子高生の癖してねェ……」
「緩名も遊ぼうぜー!」

 バドミントンではしゃぎ回っていた瀬呂くん、上鳴くん、切島くんにまでヤレヤレムーブをさせてしまった。いや、でもさあ。

「見て! この人! 寝る気満々!」
「……巻き込むな」
「先生はいつもじゃん」
「そうだよー! 先生は元からじゃん!」
「んふ、元から枯れてるって言われてるよ」
「うるせェ」

 私の少し後ろ、ちょうど桜が影になって太陽光を遮る絶妙にじめっとしたところで、相澤先生がいつもの寝袋にくるまっていた。アイマスクまで持参して、私以上に寝る気満々の人いるんだよねえ。透の何気に酷い発言に笑いを浮かべれば、先生は器用に寝袋のまま反対を向いた。あはは、拗ねた。いや、まじで寝たいだけか、この人の場合。

「ほら、子どもたちは元気に遊んでおいで」
「いやなにポジなの?」
「ババアか」
「恐ろしいほど動く気ねェぞこいつ!」
「え〜っ、磨も遊ぼうよーッ!」
「ん〜……三十分したら起きるからぁ……」
「日曜のオカンか?」

 爆豪くんへ、次ババアって言ったら本気で鉄拳制裁してやる。覚えてろよ。と思いながらも、元気な子どもたちの声を聞きながらモソモソとブランケットにくるまる。ああ、ちょっと寒い中、もっこもこのブランケットに包まれるこの感じ、幸せ……。うと、と目を閉じたら、すぐに心地よい眠気に迎えられた。



「うん、おっけ〜。先生たちにも言っとく、うん、じゃあまた着いたら連絡してね」

 はーい、気を付けてね〜、良い旅を、なんて言いながら、通話終了のボタンをスワイプした。それから、ぐぐっと背を伸ばす。二十分くらいしか寝てないけど、お昼寝の二十分って気持ちいいんだよねえ。

「なにかあったか」
「ん? あ、うん、あのね、おばあちゃんまた旅行行ってくるから〜って」
「ああ、言ってたな」
「で、もうすぐ飛行機乗るからその連絡」

 私を眠りから覚ましたおばあちゃんからの電話は、今から飛行機乗るよ〜の電話だった。旅行家な人だから、ちょこちょこいろんなところへ行っているけど、今回はちょっと長旅になりそうなので、学校側へも私の実家が留守である連絡を入れているのだ。今回はフランスメインのヨーロッパ旅らしい。いいな〜、私も行きたい。

「元気だな、おまえのおばあさん」
「“個性”の影響もあるけど私よりも元気すぎるくらい元気なんだよねえ」

 本気で私より元気なのだ。それなりに忙しくしてる私よりも一日の活動時間長いくらい。

「たぶんまたお土産いっぱい送り付けてくるよ」
「……生徒の保護者から頂くわけにはいかないんだけどな」
「言っても聞かないんだもん」

 毎回どっさりお土産送ってくれるんだよね。お酒類は没収の形で先生たちに消費してもらっている。とはいえ、雄英は教員全てがヒーローで、わりとそこらへんは緩い。ヒーローしてると救助のお礼に、って物を貰うことはやっぱり多いし。オールマイトから何度お裾分けを頂いたことか。
 ふわあ、と一度あくびをこぼすと、のそのそと起き上がってきた先生もくわ、とでっかいあくびをした。おー、移ってる移ってる。分厚めの紙コップに、こぽこぽと温かいお茶を注いで先生に手渡した。ああ、ありがとう、と受け取ってもらえると、ちょっとだけ心が弾む。そのまま並んで、はしゃぎ回る高校生たちを眺めた。

「この寒いのにみんな元気だねえ」
「おまえも元気であれよ」
「ん〜ふふ、流石に半袖にはなれないや」
「あれは馬鹿だろ」

 切島くんなんか暑くなったみたいで半袖になっている。桜が咲いてるとはいえ三月下旬なんですけど。バドミントンは女子たちにとられたみたいで、なぜかダブルダッチが始まっていた。ヒーロー科、みんな基本運動神経がえぐいから初めての子が初めてだろうに形になっているのがすごい。爆豪くんうま、ここでも才能マンなんか? ぼーっと見ていたら、それ系スポーツ大好きっ子の三奈まで突入していた。元気か。あ、エリちゃんも挑戦するみたいだ。かわい〜。

「緩名ー! 起きたなら来いよ〜!」
「んー……しかたないな〜!」

 起きてるのがバレてしまったので仕方ない。そろそろ高校生らしく私もはしゃぐとするかな〜!
 よっこらせ、と立ち上がって、大荷物を漁る。まじでピクニックだけなのに荷物が多いんだ。主に遊び道具で。一日中ここにいるつもりなんかな? あ、あった。一見するとサポートアイテムにも思える、本格的なサブマシンガン。……型の、シャボン玉銃だ。サポート科お手製である。

「ウオーッ!? なにそれかっけー!」
「ふふん、かわいいでしょ」
「水鉄砲か?」
「いや、シャボン玉」
「えっ、急にだっせ」
「ダサくないわい!」

 急にdisってくる上鳴くんに向けてガシャコン、と構えて、シャボン玉を連射した。シュポポポ、と打ち出されるバブルにぶち当たって、何が楽しいのか上鳴くんはゲラゲラ笑い転げている。この人こわ〜。

「わあ」
「キレー」
「上鳴ジャマ」
「ひどくない? ねえ、ひどくない?」
「ジャマ」

 キラキラと宙を舞うシャボン玉に、エリちゃんや女の子たちが目を輝かせた。綺麗だよね、シャボン玉。はいエリちゃん、とエリちゃんにシャボン銃を渡す。肩から下げさせると、なかなか様になっていた。

「幼女に機関銃持たすなよ」
「峰田くんにまっとうなツッコミされるとなんか腹立つな」
「おまえオイラのことなんだと思ってんだよ!」
「ふふ、まあシャボン玉だから大丈夫だって」

 ここ引いてみ、とエリちゃんの指をバーにかける。恐る恐るエリちゃんがトリガーを引くと、自動装填されたシャボン玉液がまんまるい泡になって発射された。わあ、とさっきよりも一段トーンの上がった声が漏れて、いちごみたいに赤い瞳に、シャボン玉が反射していて、すごく綺麗だ。あ、そうだ。
 
「ね、ね、轟くん」
「ん、どうした」
「シャボン玉凍らせれる?」
「やってみるか」
「おねが〜い」

 おねがいペガサス、と祈るように手を組めば、轟くんは頭上にハテナを浮かべながらも頷いた。それから、パキパキと氷を出して一気にシャボン玉を凍らせていく。……あ、割れた。

「あー」
「割れちまったな」
「衝撃強かったんかなあ」

 パァン、と凍りついたシャボン玉は一瞬で弾けてしまった。でも、きらきらと光の粉末が散っていくのは、それはそれで綺麗だ。

「氷で囲って設置してみてはいかがでしょう」
「あり。そしよ」
「お」

 百の提案に頷いて、轟くんにコの字のボックス型の氷を作ってもらった。ちょっと歪だけど、まあ問題はないでしょう。エリちゃんを手招きして、その中へそっとシャボン銃を打ち込んでもらう。と。

「おっ」
「おー」
「きれい……!」
「結晶だ」

 ふよふよ揺れていたシャボン玉の動きが止まって、着地した底面から氷の結晶がいくつも作られていく。光を浴びてプリズムに輝く結晶が、ちょっと花火みたいだ。やがて全面が結晶化していき、数十秒でシャボン玉は完全に凍りつき、パチンと弾けた。いつの間にかやってきていた少年少女たちもすごーい! なんて喜んでいる。なんか、理科の実験した気分。エリちゃんが喜んでいるからそれもまた良し。



「なに食べたい?」
「んと、たまごと、唐揚げと、タコさんと、……」

 一時間ほどそれなりに遊び倒して、お昼だ。風が吹くと冷たいけれど、日の当たるところにいると気持ちいい。お弁当箱、というよりも重箱には、お弁当の定番とも呼べる品々を揃えている。流石に二十数人分は作るのも大変だから、一部ケータリングもあるけれど。揚げ物類は特にそう。

「おにぎりどれが何だっけ」
「蓋に貼ってなかった?」
「……あ、剥がしたわ」
「アンタバカ? ……バカだったわ」
「アホ」
「考え無し」
「すみません……」

 上鳴くんがズタボロに言われて凹んでいる。まあ、自業自得ってことでドンマイ。その様子を見ながら、自分とエリちゃんの分を紙皿に取り分けていく。うーん、ピクニックって感じ。漂うカレー臭も、ピクニックって感じ。

「そろそろ良さそうだぞ」
「ピクニックにカレーて」
「ダッチオーブン借りれたんだもーん!」
「米もうちょい炊けばよかったなー」
「一応大人数用なんだけどね」

 火の番をしてくれたいた障子くんからお声がかかる。そう、ダッチオーブン、それも超デカイやつが借りれてしまったので、今回のピクニックにはカレーもある。炊飯器も持ってきたのでお米にも抜かりなしだ。……足りるかはちょっと心もとないけど。食欲のそそる匂いに、成長期の高校生たちの目がギラついた。カレーの匂いってなんでこんなお腹空くんだろ。ちなみに具材もルーもあるものぶち込み型カレーだ。エリちゃんもいるので、そんなに辛くはしていない。

「ん、障子くん代わるよ」
「大丈夫だぞ?」
「ふふん、私が均等に配膳するからまあ任せて」
「そうか、ありがとう」
「一人一杯までねー」
「「はーい!」」

 障子くんからお玉を受け取って、配膳係だ。そこまでの量もないので、一人一杯がギリだろう。並んでいるみんなに声をかけると、元気の良いお返事が返ってきた。小さな子と変わらないくらい素直な良い子たちが多いのも、ヒーロー科らしいんじゃなかろうか。

「ありがとう、緩名さん」
「よしよし、いい子にはいい物をあげようねえ」
「変態みてえ」
「いいもの?」
「ふふふ」

 首を傾げる緑谷くんのお皿に、変わった形にくり抜いた人参を探してよそってあげた。

「あっ、人参がオールマイトだ……!?」
「いいな! 俺のは星だな!」
「俺は星の抜け殻……」
「おっ、それ逆にレアだよ」
「そうなの?」
「アタシのハートだー! かわいー!」

 クッキーの抜き型がいっぱいあるので、梅雨ちゃんと二人でいくつか特殊な形にしたんだけど、予想よりも反応がよくてよかった。目が合った梅雨ちゃんと、ケロ、と微笑み合う。梅雨ちゃんって、末っ子だけどお姉さんなんだよね。抜いた後のはだいたい細かく刻んで入れてるので、尾白くんが引いたのは逆にレアだ。

「はいエリちゃん、食べれそう?」
「んん」
「ちょっと辛いかな」

 エリちゃんもちゃんと並んでくれたので、深めの紙皿へとカレーを注いでいく。ちなみにエリちゃんのカレーに入る人参はウサギさん型だ。頑張って探した。どうだろう、辛さは抑えたつもりだけど、それでも中辛のルーを混ぜているからエリちゃんには辛いかもしれない。

「僕、チーズ持ってるよ」
「わあ、分けてくれるの?」
「ウィ☆」
「ありがと、青山くん」
「ありがとう」
「どういたしまして」

 と思ったら、その後ろに並んでいた青山くんが個人的にチーズを所蔵してくれていたので助かった。カレーに入れれるチーズかな、と一瞬心配していたけれど、持っていたのはスライスチーズだ。完璧じゃん。

「緩名、米はこれくらいでいいか」
「わ、ありがと常闇くん。もうちょっと減らして〜」
「……少なすぎじゃないか?」
「ふふふ、そんなことないよ」
「磨モット食え!」
「ありがとね〜、ダークシャドウくん」

 気の利く常闇くんが、私の分のお米もよそってくれていた。めちゃくちゃ優し人じゃん。食え食えと私を太らせようとしてくるダークシャドウくんを撫でるとひゃんひゃん言って手にじゃれついてくるのがかわいい。ダークシャドウくん、まじで連れて帰りたい。かわいすぎる。

「あとポワポワの常闇くんかわいい」
「何だ急に」
「わっかる!」
「何だ急に……」

 子ども時代のアルバムを見せてもらった事があるんだけど、ポワポワの常闇くんの破壊力がやばかった。連れて帰りたい。

「あ、爆豪くん」
「ンだよ」
「一味あるよ」
「ン」

 爆豪くんの分のカレーをよそいながら、そういえば、と思い出した。辛さの足りない人もいるだろうな〜と思ったので、一応持ってきているのだ。辛さ追加アイテム。素直に頷く爆豪くんの視線は、私を見ているようで少し逸れていた。……なに? くる、と後ろを振り返るけれど、後ろには誰もいない。ただ、七分咲きの桜が揺れているくらいだ。なんだ? と思っていたら、爆豪くんの手がそっと私の髪を梳いた。その指先に、ピンクの花弁が摘まれている。付いてたんだ。

「わ、ありがとう」
「おー」

 くるくると、花弁が指先で弄ばれている。それから、爆豪くんはふっと僅かに口角を上げて、花びらをポケットへ入れた。……ノーポイ捨て、ってコト? 感謝を込めて、爆豪くんの分もオールマイト型の人参を探してあげた。なんだかんだめちゃくちゃ好きなの、知ってるもんね。



「お花見といえば」
「桜餅やねえ……」

 食後のデザートはもちろんぬかりない。 三色団子に桜餅、それからさっぱりみかんの牛乳寒天だ。余るかなあ、と思ったけれど、高校生たちの食欲、それから、餅に対する情熱の半端ない女、お茶子ちゃんがいて余るわけがなかった。あと百。脂質を蓄えれば蓄えるほど“個性”を使えるので、あの細身から信じられないくらいよく食べる。たまにびっくりするんだよねえ。
 桜餅と温かいお茶を片手に、ほっ、と息をつく。ピクニックの食事、おいしいし楽しいけどちょっと疲れた。

「桜餅うまー」
「牛乳寒天もめっちゃ美味しい! 磨ちゃんが作ったんやんね」
「うん、ほぼ砂藤くんだけど」
「二人とも大活躍だね!」
「えへ、それほどでも〜」

 基本的に炊事関連は、私か砂藤くんが仕切ることが多い。まあ、私は前世も今世もあるし、砂藤くんは“個性”に関連するしで納得というかなんというか。

「後でマシュマロでも焼かない?」
「最高ー!」
「まだ食べんの!?」
「甘い物は別腹だもん」
「ねー」

 まだまだオヤツ類は余っているので、後で轟くんに火を起こしてもらおう。焼きマシュマロをビスケットに挟むのって、至高。まあ、だから荷物が多かったのもある。
 さて。

「昼寝するか……」
「また寝んの!?」
「緩名くん! 食べてすぐ横になるのは身体に悪いぞ!」
「あはは、大丈夫大丈夫」

 お腹もいっぱいになったところで、ごろん、と横になる。あー、気持ちいい。飯田くんに至極最もな指摘をされたけれどなんのそのだ。だって、ねえ? 食べた後って眠くなるじゃん? 隅に寄せてあったブランケットを引き寄せて包まると、ちゅ、多幸感。って感じだ。

「ダメーッ、磨が牛になっちゃう!」
「ぐえっ、ならんて」
「だめだめーっ!」
「いや二人はキツイキツイ」

 三奈ががばっと私の上に乗っかってきて、ヤダヤダと頭を降った。透までもが悪ノリしてくる。出る出る、食べたの全部出る。ふわふわの髪が肌を撫でるのがくすぐったくて、笑いながら起き上がった。はい負け、私の負け。

「も〜、仕方ないな」
「よしっ」
「やったー!」

 三奈と透がハイタッチする。やられた〜。
 仕方ないので遊んであげよう。荷物を漁って、フリスビーを手に取る。

「切島くーん」
「お? どうしたー?」
「はい、取ってこーい」
「オオ!? ……わかった!」
「わかっちゃった」

 ブン、とそれなりの力で放り投げると、綺麗な放射線を描いて飛んでいった。のを、切島くんが追いかける。それから、まだ飛距離を伸ばしそうなそれをキャッチして、私の元へ走ってきた。

「犬じゃん」
「犬か?」
「よーしよしよし、グッボーイ」
「なに!? なんだ!?」
「やっぱ犬じゃん」

 わしわし、とワックスで固められた赤髪を撫でると、戸惑いながらも少し嬉しそうに受け入れてくれた。やっぱね、頭撫でられるのって嬉しいよね。

「もう一回いくぞ〜」
「?? オウ!」
「躾じゃん、最早」

 呆れた響香の視線を受けながらも、そーれ、とフリスビーを投げる。ちょっと“個性”でバフをかけたおかげか、お、めっちゃ飛距離伸びそうな感じ。と思ったけれど、シュッ! と伸びた黒い影に寄って、駆け出した切島くんよりも先にフリスビーが捉えられた。

「取ッタ! 取ッタ!」
「おー、ダークシャドウくんが早かった」
「クソーッ、取られちまった!」
「磨ー!」
「すまない切島、緩名。横入りしてしまった」
「んーん、いいよ〜」

 ダークシャドウくんがフリスビーを持って来てくれる。光の中でも結構動けるようになっているのは、“個性”伸ばしの成果かな? ピョン、と飛びついてきたダークシャドウくんを受け止めて、よーしよしよし、とワシャワシャした。かわいいんだよ、マジで。それから、常闇くんもワシャワシャする。

「……俺もか?」
「ふわふわ〜」
「あーいいなー常闇」
「三奈も取ってくる?」
「やろっかな」

 ふわふわの毛を撫でると、常闇くんがちょっとドギマギしているみたいでかわいい。羨ましがった三奈に合わせて三回目のフリスビー投げを行おうとしたら、なんか参加者が増えたみたいだ。えーい、と投げると、三奈と切島くん、ダークシャドウくんだけじゃなく、もぎもぎやテープが舞っている。それから、一瞬にしてフリスビーが凍りついた。

「取った」
「うん、取ったねえ」
「あークソ、出遅れた!」
「ズリィぞ轟ー!」

 轟くんが氷を溶かして、フリスビーを持ってくる。それから、撫でやすいように私の前で頭を傾けた。うーん、これは犬。猫系男子だと思ってたけど、これは犬ですわ。差し出されたまんまるい頭を、よしよしと撫でる。撫で慣れているので、轟くんの気持ち良いところまで把握してるんだよね、こっちは。耳の後ろあたりをくすぐってあげると、気持ちよさそうに目を細める。うん、かわいいかわいい。

「磨ーっ、次はやく!」
「ええ? 増えてるし」
「妨害どこまであり?」
「あら、私も参加しようかしら」
「えーっ、私不利だよー!」
「ヒーロー科の競争心ってすごくない?」

 轟くんたちが参戦し始めたあたりからそんな予感はしたけれど、負けず嫌いのヒーロー科の子たちが、遊びとはいえ競走、となったら火がつくのは当然だった。向上心が高いのはまあ、いいことだ。フリスビーだけど。

「妨害は自由。周囲を破壊しないよう威力を調整しろよ」
「はい!」

 また一眠りしていた先生がのっそりと起き上がってきて、状況把握からの簡単なルールを取りまとめる。休みの日ではあるけれど、ちょっとした基礎学の演習っぽくなってる。それならま、やったるか〜、と自分自身にバフをかけて、フリスビーを構える。よっ、と飛び上がって、桜よりも高くフリスビーをぶん投げた。

「お〜、よく飛んだ」

 一目散にフリスビーへと向かうテープや黒鞭が、爆破によって蹴散らされる。そのまま爆豪くんが向かうか、と思ったけれど、氷の壁に寄って妨害され、それを破壊し、飛び上がった梅雨ちゃんの舌が伸びた。たった一つのそこまで大きくない獲物を狙うんだから、そりゃあ混戦も極まるわ。しかも、みんなピクニックだから動きやすい服装だと言え私服だし。寄ってきたエリちゃんを抱っこして、隣に並んだ先生を見上げた。

「あれ、爆発物とかの設定にしたらもっと変わるよね」
「次はそうするか」
「じゃあ次は先生投げてよ」
「……」
「え、なに?」
「撫でんのはおまえがやれよ」
「あ、それ? いいじゃん、先生が撫でたげなよ」
「……」

 嫌そう、というか微妙そうだ。そういえば勝者は撫でるんだった。いや、多分撫で目的で参加してるの峰田くんくらいだと思うけど。先生からの撫でられってわりとレアだから、みんな喜ぶと思うけどな〜。

「おー、尾白くんが言った」
「いや……」
「ん?」
「せんせい?」

 先生が私たちの前に立ちエリちゃんの目を塞いだ、と思えば、透の声が響いて、あたりがピカッと眩くなった。うわ眩し!

「取ったー!」
「解除!」

 透の勝利宣言、それからお茶子ちゃんがぴとっと両手を合わせる。ああ、チーム組んだんだ。かしこい。まぶしい。イエーイ! とハイタッチをする二人に、エリちゃんの両手を借りて拍手した。

「作戦勝ちだな」
「透はいつの間に脱いだの? ……あ、服ある」
「えへへ、勝ったよー!」
「先に服着てきなさいて」

 春といってままだまだ寒い。ブランケットを透がいるだろうところに手渡すと、あったかーい! と肩に巻き付けた。エリちゃんを一旦下ろして、見えないけれど、なかなかの毛量の頭をわしゃわしゃ撫でる。と、ぎゅーっと抱き着かれた。全裸行動に躊躇いがなさすぎるんよ。

「私はちょっとズルやけど」
「いやいや、勝ちは勝ちじゃん」
「えへへ」

 丸っこい頭を撫でると、お茶子ちゃんは照れたようにはにかむ。あー、かわいい。



 膝に乗るピンクと銀色の頭を、手持ち無沙汰に撫でる。そろそろ足が痺れてきたけれど、余りにも健やかな寝顔をしているので、起こすのも忍びない。
 あの後、缶蹴りだったり、相澤先生が鬼の本気の隠れんぼだったり、色鬼、増え鬼、デスマッチ、と食後の運動にしては激しめに遊び倒した。ら、まだ日が沈む前には、遊び疲れた子たちが、到着直後の私のように眠りこけたのだ。私の太ももを枕にする三奈とエリちゃんだけじゃなく、結構な人数が眠ってしまっている。起きているのは梅雨ちゃんに百、口田くんに障子くんと先生くらいだ。健やかに寝すぎ。

「磨さん、おかわりを入れましょうか?」
「ううん、大丈夫。ありがとう百」
「ケロ、磨ちゃん重たそうね」
「まあ、流石に三人分だからねえ」

 そう、私の右肩には轟くんの頭まで乗っているのだ。とはいえ、そういう梅雨ちゃんの膝にもお茶子ちゃんが倒れている。唯一膝が自由な百が、私たちのお茶会のサーブ係になってくれているのだ。

「障子くん、写真後で送ってね〜」
「任せろ」
「私も欲しいわ」
「クラスLINEに共有するか?」
「そうしよ! あはは、爆豪くんとかめっちゃ怒りそう」

 障子くんは、せっかくだから、と幼い寝顔を晒しているみんなを写真に収めてくれている。まあ、これもいい思い出だろう。

「……風が強くなってきたな。そろそろ戻るぞ」
「ん、もう日も沈みそうだもんね」
「起こすのは少々可哀想ですが、風邪を引いてはいけませんしね」

 まだ夕方六時にもなっていないけれど、身体を冷やすのもよくない。特に汗をかいた後だからね。すぐにまたインターンも始まるし、後片付けして温かいお風呂に浸かるのが一番だろう。ああでも、ほんとに、起こすのが勿体ないくらいかわいい寝顔をしている。人の寝顔って癒されるよねえ。

「三奈、みーな、起きて」
「ん……んん」
「エリちゃんも、起きれる?」
「……ぅん」
「はい、轟くんも起きた起きた」
「……」
「起きろ〜!!」
「お」

 優しく言ってもスヤスヤ眠っているので、ちょっと叫ぶと轟くんの肩がびくっと揺れた。それから、パチパチと瞬きをして驚いたように私を見て、すぐに破顔した。整った顔がふにゃ、っと崩れる瞬間、私じゃなければ即やられてたね。

「……はよ、緩名」
「はいおはよう」
「んんん、んんんんん」
「こらこら、グズらない」
「おねえちゃん……?」
「うん、おはようエリちゃん」
「……」
「あらら」

 三奈は起きるのを嫌がるように私の膝に顔を埋めてやだやだと頭を降るし、エリちゃんは起き上がってくれたけれど、寝ぼけているのか私の胸元へ頭を寄せて、ぎゅっ、としがみついてまた目を閉じてしまった。あら〜。

「ほら三奈起きて」
「やだ……」
「もー、置いて帰るよ」
「おんぶして……」
「おんぶて」

 マジでめちゃくちゃ眠いようで、全然起きる気がない。困った。

「……アハ、磨ママじゃん」
「ほんまやあ」
「私も寝るぅ……」
「増えるな〜!」

 寝起きでぽやぽやした響香が脱力した笑いをこぼし、同じく寝起きのぽやぽやしたお茶子ちゃんが目を擦りながら同意した。這いずってきた通るが、私の空いた片膝に頭を乗せてくる。それを見て、起きたはずの轟くんまでまた寝に入った。肩に頭を埋めてくる。も〜!

「育児って大変だなァ……」
「轟ズリィなァ……」
「ふわぁ〜あ」

 起きてきた砂藤くんや峰田くんが、こっちを眺めながら帰る準備をしていた。だいたいの荷物は纏めてあるので、あとはシーツだけだ。荷物の運搬は、お茶子ちゃんがいるのでそこまで負担ではないんだけどね。寝ぐずり×四を抱えるのは流石にちょっと大変だ。どうしたもんか、と途方に暮れていると、パン! と手を鳴らす音が鳴った。

「全員さっさと起きろ」
「「ハイ!」」
「お、起きた」
「条件反射ね」
「相澤先生の声が目覚まし時計なら絶対に起きれる気がするな」
「う、うん……」
「そうですね」

 相澤先生の声に、ぽやぽやしてたエリちゃん以外がばっと起き上がる。それを見て、私たち元から起きていた面々は少し笑えてしまった。自分たちもそうできる自信があるからねえ。躾られたもんだ、本当に。

「ん……」
「よいしょ」

 唯一まだ夢うつつなエリちゃんを抱えて立ち上がると、エリちゃんたちにかかっていたブランケットと、敷いていたシートが回収され、荷物へと詰められた。それをお茶子ちゃんが浮かして、瀬呂くんのテープがぺったりと貼り付けられる。各自それを引けば、撤収作業の完了だ。

「ん」
「ん? 大丈夫だよ、エリちゃんくらいは」
「いや、俺たちはそのまま教員寮に帰るからな」
「あらら、じゃあお願いします」

 隣に来た先生が、言葉少なにエリちゃんを預かろうとしてくれた。途中までは道は一緒だけれど、先生とエリちゃんが帰る先は教員寮だ。お気遣いを無下にするのもあれだし、と先生にエリちゃんを渡した。

「んんーっ、バキバキだあ」

 ぐーっと身体を伸ばすと、開放感が気持ちいい。人の頭ってなかなか馬鹿にならない重さだ。首を上に向けると、ヒラ、と視界の端で、ピンクが閃いた。

「また、満開のお花見もしたいね」
「ああ」
「夜桜とかもいいなあ」
「未成年」
「え〜? ふふ、学校内だからいいでしょ?」

 敷地内にこんなにいいお花見スポットがあるんだから、有効活用しない手はない。根津校長、ライトアップとかしてくれないかなあ。……あの人、頼めばしてくれそうなところあるんだよね。サポート科協力の元とかで。とはいえ、言ってみたとしても、実際設置されるのは流石に来年以降とかだろう。……もうすぐ、年度も変わる。
 私の二度目の高校一年生は、信じられないくらいいろいろなことが起こった。そもそも、去年の今頃の私なら、自分自身がここまで必死にヒーローを目指すことになるなんて、思ってもいなかったのに。本当に、驚くほど、いっぱいあったなあ……。痛いことも、辛いことも、前世の一生分を詰め込んだくらいの年だった。それでも、雄英に入ったこと、あの日、勧誘を受け入れたことを、後悔はしていない。
 前を歩く、同じクラスのひよっこヒーローたちの背中を見つめる。まだみんな年若い少年少女で、それでも、頼もしい背中だ。愛しい後ろ姿を目に焼きつけるよう、一瞬、ほんの少しだけ長く、瞬きをした。それから、隣に並ぶ人の顔を、見上げる。目の下に残る傷跡が視界に入って、ぎゅう、と目が細まった。……好きだなあ。ごくりと息を飲み、震えそうになる声を抑えた。

「来年も、またお花見しようね、先生」
「……ああ」

 返ってきたその肯定に、胸の奥で静かに火が灯った。



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