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「はい、ホワイトデー」
「俺からも」
「ありがとうなー」
「美味かった!」
「他意はないから! マジで!」
「わあいありがとうございます〜」

 日も暮れた中のパトロール終わり、本日のインターンはこれで終了だ。まあ報告レポート出したりの細々したことは残っているけど、それもすぐ終わるくらいだし。事務所に戻ってきたら、サイドキックの人たちから続々とホワイトデーのお返しを頂いた。名の知れたブランドのクッキーやマカロンのお菓子だったり、ヘアオイルやハンドクリームだったり。みなさんめちゃくちゃセンスが良い、と思えばみんなで被らないようインスタで調べたらしい。かわいいかよ。やっぱ事務所でも配ってよかった〜!

「んっふふ」
「ご機嫌だな、緩名」
「現金すぎンだろ」
「プロのヒーローたちからの贈り物がこんなに……!」

 ブランドの紙袋を二つ抱えて、エンデヴァーさんの執務室へと向かう。もうね、スキップしちゃいそう。ルンルンだ。爆豪くんが肩を竦め、緑谷くんは別の意味で感動していた。たしかに、お返しとはいえ現役プロヒーローからこれだけ贈り物を貰える女子高生って私くらいかもしれない。また私なんかやっちゃいました? って感じだ。

「あ、ありがとう」
「ああ」

 抱えていた紙袋を、両脇から伸びてきた手が一つずつかっさらっていった。ミントグリーンのかわいい紙袋を覗いて、すげぇ貰ったな、なんて轟くんが感心している。そうなの、すごい貰ったの。爆豪くんは興味なさそうに、ちょっとだけ嫌そうに指に紐をひっかけいた。素直じゃないやつ〜。



「あれ、次……結構先なんですね」
「ああ。遠征の準備をしておけ」
「遠征なんだ」

 緑谷くんの言葉にスケジュールアプリに目を落とす。たしかに、次のインターンは春休み中だっていうのに、一週間近くも先だ。遠征らしいし、エンデヴァーさんたちも忙しいんだろうか。まあ、その間も学校では単位取得に向けていろいろと忙しかったりするんだけども。
 にしても、遠征かあ。どこに行くんだろ? と思ったが、予定は学校から伝えられるらしいので、詳細は追々、って感じらしい。……なるほど? 病院へのインターン……ほぼ勉強、研修みたいなものも、しばらく空いている。そういえば、三奈とか響香も次の予定まだって言ってた気がするな。……なるほど。



 人気のないバス停で、帰りのバスを待つ。日は沈んでいるとはいえ、とっぷり夜、というほどの時間帯でもないので、今日はバスだ。私たち以外のひとがいない停留所で、むっと唇を尖らせた。

「なんか」
「お」
「どうしたの? 緩名さん」
「ん〜……なんか……」
「なんかなんかうるせぇ」
「だって! なんか! ざわつくんだもん!」
「ザワつく?」
「……って?」

 興味のなさそうな爆豪くんの脛にていっと脚を伸ばして絡ませる。嫌そうな顔をして振り払われた。なんだよお。

「なんか、わかんないけどざわざわする」
「ざわざわ?」
「うん……ざわざわ」
「ざわざわか……」

 復唱するけど、絶対轟くんわかってないやつだ。なんというか、自分でも上手く言葉にできないけれど、胸の真ん中の方が落ち着かないというか、胸騒ぎがするというか。虫の知らせ? 女の勘? なんかわからないけど、落ち着かない、おしりのムズムズするような感じがする。

「体調が悪いのか?」
「ううん……そういうのではなくて……」
「……ケツが痒いのか?」
「いやそれも違うくてぇ!」

 わかんねぇ、みたいな顔で、轟くんは私の感情を言葉にしようと探ってくれる。ケツが痒いはなんかニュアンスが違いすぎる。乙女になんてことを言うんだ。立っている幼なじみたちがフッ、と笑いかけたようで私から顔を逸らした。笑いのツボ一緒かよ。

「なんか、……しない? いや〜な感じ」
「どんな風に」
「どんな……や、わかんないんだけどお」

 わかんないけど、いやな感じだ。私の勘は意外とよく当たるんだな、これが。ぎゅっ、と膝の上のコスチュームケースを抱き締めて、固く冷たいケースに顔を押し付けた。プラプラと足を揺れさせていると、爪先がコツン、と爆豪くんのローファーに当たる。見上げると、視線がかち合った。そのまま数秒、じいっと見下ろされるので見つめていると、口パクであ、ほ、と形作る。……ハァ?

「爆豪くんがいじめた〜!」
「爆豪、いじめはよくないぞ」
「るっせェいじめとらんわ! 踏むな!」

 ギャン! と轟くんに泣き付いて、腹いせに綺麗に履かれているローファーの先っぽを踏んづけようとすると、爆豪くんはするっと避けていった。



 くたくたに疲れた身体で、ベッドへと入る。んんっ、と伸びをすると、ふわぁあ、と大きな欠伸が漏れた。そのまま枕に倒れ込んで、目を閉じ……ようとしたけれど、やっぱりモヤモヤする。
 就寝には、まだちょっとだけ早い時間。とはいえ、今日寮にいる人数も少ないし、連日のインターンでの疲れは確実にある。早く寝てしまうのがいい、と思ったのに、寝る気のない頭が良くないことをフル回転で想像してしまった。あ〜、だめ。こういう時に寝たら絶対嫌な夢見るもん、だめだ。むくっと起き上がって、枕元の間接照明を付ける。落ち着かない心地で、爆豪くんから貰ったキャンドルに火を付けた。

「ふー……」

 キャンドルの火がゆらゆらと影を揺らめかせ、オレンジの暖かい光に、ザワついていた心が少し落ち着いた。こっくりとした、ハチミツと杏仁の甘い匂い。その香りが、爆豪くんの態度からは想像もつかない彼のニトロと少しだけ似ていて、ふ、と笑みが漏れた。ベッドの縁に腰掛けて、膝を抱える。暖房は付けているけれど、さすがにノースリーブのキャミとショートパンツだけでは肌寒い。放り投げていたもこもこのカーディガンを羽織ろうと手を伸ばしたら、コンコン、とノックの音が響いた。……時刻は二十一時を過ぎた頃。今現在女子寮に誰がいたっけ……あ、今日女子まだ誰も帰ってきてない気がする。まあいいか。峰田くんもいないし。

「はぁい」
「悪ィ、もう寝てたか」
「、轟くん」

 キィ、と扉を開けると、轟くんが待っていた。……見慣れた、けれど、彼には微妙に似合わない、かわいい紙袋を持って。察した。

「甘いな」
「ん? ああ、キャンドル焚いてる」
「キャンドル……瀬呂の部屋みてぇな」
「それそれ」

 瀬呂くんはどっちかというとお香のほうが多いけど、たしかにキャンドルもある。まあ一緒だ。上がる? と聞けば、少し躊躇してからいや、大丈夫だ、と轟くんは首を振った。

「……それ、当てていい?」
「お、いいぞ」
「私への、ホワイトデーでしょ」
「正解だ。すげえな」
「ふっふーん」

 ってわかるわい。流石に。轟くんの手には、ジェラピケの紙袋。うん、轟くんらしくない。このチョイスが、誰由来なのかまで分かってしまった。

「三〜奈〜……!」
「すげぇな、そこまでわかんのか」
「わかるわい!」

 手渡された紙袋の中を覗くと、つい最近三奈にえ〜かわい〜欲しくな〜い? なんて話をしたばかりの、ルームウェアが入っていた。もう、絶対、三奈の入れ知恵……! しかも、キャミ、パーカー、ショートパンツの三点セットだ。付き合ってもない高校生男子が、ホワイトデーのお礼に渡す額じゃない。正直自分で買うかホークスにラインするか迷ってたから嬉しい、嬉しいけど! インターンで貰うお給金は、たしかに高校生にしてはめちゃくちゃ良い。けど、付き合ってる男女クリスマスとか誕プレとかならまだしも、ホワイトデーのお返しにしては高額すぎるのだ。轟くん、やっぱりお父さんがお父さんだし、高校に入るまでここらへんをあんまりやってないから、仕方ないではあるんだけど。

「……ダメだったか」
「いや、嬉しい! 嬉しいよ! ありがとう!」

 私のリアクションに、心なしかシュンとする轟くんに慌てて引き留める。けど、あ〜……どうしよう……なんて言えばいいかな……。貢がれるのは好きだけど、それは年上の自立した大人からであって、決して同世代の仲の良い子から搾り取りたいわけではない。流石にね、そこまで倫理観が終わってはないのだ。

「轟くんまだ寝ない?」
「? ああ」
「……下、降りよっか」
「わかった」

 ちょっと待ってて、と轟くんに断って、慌ててキャンドルを消しカーディガンを羽織る。ジェラピケ……は、持って下ろすか。一応。着る前に洗濯もしたいし。

「あのねえ、まずね、めちゃくちゃ嬉しいよ、ありがとう」
「ああ、よかった」
「うん。でもねえ、私と轟くん、同い年でしょ?」
「ああ」
「で、オトモダチなわけじゃん」
「そうだな。友達だ」

 並んで階段を降りながら、轟くんに説明していく。そう、お友達なわけだ。私としても、友達を金づるにするつもりは毛頭ない。人感センサーのおかげで明るくなった共有スペース。暖房切れてたからか結構寒い。ソファに並んで座って、ブランケットを引き寄せた。

「なので、お友達としては、あんまり高価な贈り物はね、基本的によくないと思うんですよ」
「……そういうもんか」
「そういうもんそういうもん」

 貰ったものはありがたいので、ありがたく使わせて頂くけども、と断ると、ほっとした顔をして轟くんは微笑んだ。ぬわー! 浄化される! 本当はしっかり言い聞かせた方が轟くんのためなんだけども、私にはこんなかわいく笑う少年にキツく言い聞かせるなんてことできない。今度飯田くんたちに丸投げしよ。……ああ、でも飯田くんもちょっとぼんぼんだからなあ。まあ、うん。誰かにお願いしよう。

「ひとりで買いに行ったの?」
「いや、通販で頼んだ」
「あ〜、なるほど」

 轟くん一人であの店内に入ったのならちょっとした大騒ぎになりそう、と思ったけれど、三奈の指導と元、通販だったらしい。納得。……三奈は明日怒る。
 ゴソゴソと袋から中身を取り出して、ビニールを開けていく。タグは別添えになってくれていて、着る必要がなかった。気遣い〜。羽織っているカーディガンを脱いで、うさぎの耳のついたもこもこのパーカーを羽織る。じゃんっ、と轟くんに見せびらかすように腕を広げた。

「どう? かわいい?」
「ああ、かわいい」

 くるんっ、と上半身をひねるたびに、フードに付いた耳がパタパタする。着て眠るには向かないけど、めちゃくちゃかわいいから良かろうなのだ。ぱたっ、ぱたっ、と耳を跳ねさせて、満足したので畳んで袋へ直す。明日洗濯しよ。

「……なんか飲む? あ、お腹空いた気がする」
「お」

 時刻は二十二時、くらい。まだなってないけど、だいたいそれくらいだ。こうなると小腹が空いてくる。なんかあったかな〜、とキッチンへ向かうと、轟くんもちょこちょこと着いてきた。ひよこか?

「あ、パンめっちゃある」
「なんか食うのか?」
「うん。小腹空かない?」
「……言われてみれば空いてるかもしれねえ」
「でしょ?」

 ここ最近はみんな寮を開けがちだから、学校から支給される食パンとかバナナとかが余りがちなようだ。……ん〜、牛乳も結構余ってるし、明日のためにフレンチトーストでも仕込んであげよっかな。食べるでしょ、あったら。眠気もすっかり覚めちゃったし、深夜食堂開催である。

「甘いの食べたい」

 ので、トーストにバナナを並べてオーブンへ。ちょっとブンしたら、チョコソースをかけて完成だ。お手軽〜。

「うまい」
「ね、背徳の味する〜」

 焼いたバナナってなんでこんなに美味しいんだろう。デリシャスすぎる。シナモンとかあってもいいな〜、なんて思っていたら、

「イイもん食ってんなー」
「うわ、美味しそう」

 乱入者が現れた。

「あ、砂藤くんちょうどいいや。シナモンない?」
「いいけど食わせろよ?」
「どうぞ〜」

 自分で作って勝手に食べてくれ。あとついでにフレンチトースト仕込むの手伝って欲しい。仲良く降りてきた砂藤くんと尾白くんの二人は、部屋でインターンのレポートでも一緒にやってたんだろう。今日寮いるの、私たちエンデヴァー事務所組とこの二人だけだから、どうせなら爆豪くんたちも呼ぼうかな? ぺぺっとラインを送ったら、すぐに既読がついたので来たかったら来るんじゃないかな。緑谷くんからは行きます! とスタンプが来た。はい。

「次ピザトーストね」
「あ、まだ食べるんだ」
「なんかお腹空くんだもん」
「……デブんぞ」
「失礼な! 成長期だからいいの!」
「ハッ、終わっただろ」

 降りてきて早々失礼な爆豪くんだ。食パンの消費は、つつがなく行われた。……思春期の男子って、本当によく食べるよね、とだけ言っておく。




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