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 爆豪くんと一緒に寮へと戻ると、甘い匂いはさっきよりも強くなっていた。爆豪くんは嫌そうに顔を顰め、足早に部屋へ帰ろうとしたのでむりやり腕を絡めて引き止める。

「磨おかえ……なにその花束!」
「うわ、すっご」
「えっかわいい」
「ふふん、貰ったの」

 やっぱりというか、貰ったブーケは注目を集めてしまった。まあそりゃあそう。時期的に咲いてないお花もあるし、花束をくれる高校生男子なんてめちゃくちゃ珍しいし。フったの? という響香の問いは笑顔で流して、なにかお花を活けれるやつ……とキョロキョロとあたりを見回した。

「おお、すげえな」
「ね。“個性”のお花らしいよ」
「凄い“個性”だ……! 自在に花、いや植物を出せるのかな?」
「あ〜、そこらへんは聞いてないや」

 お菓子作りは、いうても簡単めなレシピを選抜していたので、一段落ついたらしい。オーブンの順番待ちが出来ているくらいだ。轟くんはぽけらっとした表情で私の持つ花束を覗き込み、緑谷くんは案の定“個性”に興味津々みたいだ。お花を出せる、っていうのは聞いたけど、詳しくは知らない。でも、生花だからこその瑞々しいいい匂いがして、鼻先を少しお花へと近付けた。轟くんの手が、花束にかかる私の髪を掬いあげる。

「かわいいな」
「でしょ?」
「自分でしたのか?」
「ん? ……あーいや、違うよ」
「……そうか」

 てっきりお花のことを言っているのかと思ったけれど、耳の上に差し込まれた方を言っていたらしい。そうか、と頷いた轟くんは、少しだけ考え込んで、いいか? と首を傾げる。うん? と頷けば、長くて、意外と無骨な指が一輪、花束から抜き取った。薄ピンクのカーネーション。

「わ、」

 耳の上をくすぐる感触に、ふふ、と笑みが漏れる。爆豪くんのしてくれたのとは反対側に、轟くんが花を差した。

「どうしたの?」
「……かわいくて、羨ましかったんだ」
「ええ? あはは、ありがとう」

 羨ましかった、はあんまりわからないけれど、かわいくしてくれたようでよかった。少し不安定なピンクの花が、滑り落ちそうで手で抑える。せっかくかわいくしてくれたんだし、ちょっとの間くらいは落とさず置いておきたいよねえ。でもバランス、むずい。どうしよっかな、と考えていると、ズイッと轟くんと私の間に女子たちが割り込んできた。お。

「え、なに」
「いいな〜! 私もお花差したい!」
「編み込んだ方が安定するのでは?」
「ケロ、編み込みを作らせてもらいましょう」
「磨、いいよね」
「断定系じゃん! いいけど!」

 髪の毛にお花編むのって、ロマンだよねえ。キャッキャと女の子たちが楽しそうだ。まあ、いいか。



「おお、なんか春って感じだな、緩名」
「すごいことになってるね、緩名さん」
「砂藤くんに尾白くん、おかえりぃ」

 ラプンツェルみたいにされた頭が少しフラフラする。長引いたインターンで遅いお帰りの二人を出迎えると、砂藤くんには溌剌と笑われた。尾白くんは微妙に引いてる気がする。引くな!

「もう結構準備出来てるよ〜」
「おー……お疲れ!」
「いやまじ疲れた。人に料理教えんのってまじ大変なんだね……」

 途中から私はほぼ髪を弄られていたのでマジで口だけしか出してなかったけれど、その代わり爆豪くんの怒号がかなり響いていた。主に上鳴くんと轟くん相手に。まあ、仕方ない。今日のお品書きはスコーン、プリン、クッキー、ケーキ。ケーキの飾りは砂藤くんたちに置いてあるみたいだ。大変ではあったけれど、焼き上がりは結構いい感じなんじゃないだろうか。
 ケーキは四角いタイプのやつで、フルーツとチョコの二種類だ。フルーツ詰めたら誤魔化し効く感じがいいよねえ。男の子たちが仕上げにかかっているのを見ながら、相澤先生に「そろそろいいかんじです」とメッセージを送った。ついでに写真も添付しておく。

「あ、エリちゃんもそろそろ来れるって」
「わかった!」
「紅茶ってもう淹れていいのか!?」
「一回カップに淹れて戻すんだっけ?」
「それ日本茶じゃね?」
「てんやわんやだ」

 普段淹れない紅茶に悪戦苦闘している切島くんたちに、百がご教授したくてウズウズしている。かわいい。ちなみに女子みんな頭に一輪お花を指している。大量に貰ったからね。もらったお花をちっちゃな花瓶いくつかに分けて飾って、テーブルクロスの上に並べればなんとなくそれっぽい雰囲気も出ているからあの先輩、ナイスプレイだ。かすみ草がいい味を出している。かわいいお花とかわいい空間に今日何度目かの和みスマイルを零していると、カチャ、と寮の扉が開いた。

「こんにち……お姫さま?」
「んエリちゃん! そうです! お姫さまだよ〜!」
「ド厚かましいな」
「認めんのかい」
「エリちゃんこんにちは!」

 現れたのはエリちゃんと先生だ。私の姿を見るなり大きな目をまんまるくしたかわいい待ち人に褒められたので、そうだよ〜! と同意してエリちゃんの前にしゃがんだ。外野はうるさいし緑谷くんたちは何気にスルーしてくる。みんなこの一年で私に慣れすぎじゃない?

「エリちゃんもお花飾ろ!」
「お花、たくさん……?」
「フフ、磨ちゃんがいただいたものなのよ」

 お茶子ちゃんと梅雨ちゃんに導かれ、エリちゃんがセットサロンAクラスに案内されていた。綺麗な銀の髪をいじりたくて仕方ないみたい。かわいいね。

「……」
「先生、脳内の花がついに外まで溢れたか……とか思ってないよね?」
「何も言ってねェだろ」
「否定はしないの!?」
「思ってない思ってない」
「繰り返すあたりあやしい」

 じいっ、と主に頭に飾られた花を見下ろしてくる先生の目が、なんとなくそんな事を語っていたので言ってみた。当たってたらしい。失礼すぎる。

「……ああ、3年の」
「あ、そう。その人に貰ったの」
「そりゃまた」

 へェ、と先生は意味ありげに頷いた。室内を彩る季節に合わないお花たちに、思い当たる節があったらしい。雄英の先生たち、特に“抹消”の相澤先生とかって、生徒の“個性”をだいたい把握しているみたいだから頭が上がらないなあ、なんて思う。知らないと対応間違うこともあるから必要なことだろうけど。
 テーブルのセットも完成されて、ケーキたちも運ばれ終わったようなので先生を促してスツールに腰を下ろした。

「先生紅茶にしますか? コーヒーにしますか?」
「ああ、じゃあコーヒー……」
「ええ、先生コーヒーばっかなんだからたまには紅茶にしたら?」
「……紅茶で頼む」
「うっす!」
「嫁?」
「嫁だ」
「嫁じゃん」
「やめてくれ……」
「やめてくれは違くない!?」

 本気で嫌そうに言う先生。失礼だ! こんなかわいい幼妻最高だろが! と訴えるけれど、みんなの視線は生暖かった。失敬。



「そういえば」
「どったの常闇」
「いや、預かり物を思い出してな」

 わいわいとティーパーティーに浸っていると、常闇くんが思い出したように声を上げた。なんだろう、と思っていると、共有スペースの隅っこ、インターン先からの荷物の返送用段ボールを漁っている。その中から、ピンクのリボンのかかったミントグリーンの小箱を持って帰ってくる。

「緩名」
「んぐ、……あえ、私?」
「ああ」
「えーっ!? なに!? なんで!?」
「常闇が!? ……磨に!? 常闇が!?」

 砂藤くん手作りの絶品クロテッドクリームをたっぷり乗せたスコーンを頬張っていたところ、常闇くんがそれを差し出してきた。ええ、私? 特別にバレンタインになんかした記憶もないんだけど。意外、と思っていると、フッ、と常闇くんがニヒルに笑った。かわいい。

「どしたの、かわいいね」
「かわいいらやめてくれ。……師からだ」
「ああ」
「なるほど」
「えーっなになに!? 見たい」
「ウチも気になる」
「開けて開けて」

 常闇くんは郵便屋さんだったらしい。なるほど。相澤先生はその名前にちょっとだけ顔を顰めた。受け取って、膝の上にかわいらしいミントグリーンを置く。興味津々の女子たちが覗き込んでくるので、丁寧にリボンを解いて、蓋を開けた。

「香水、とハンドクリーム?」
「へえ〜」
「どんな匂い?」
「あら、これは……」
「どしたのヤオモモ」
「……ふふ、いえ、確かにこれは磨さんの物だと思いまして」
「?」

 柔らかく笑った百に首を傾げたけれど、コロンとした丸い香水の瓶を持ち上げて、理由がわかった。

「ビアンカ、だって」
「磨ちゃんのヒーロー名!」
「へえ、確かに磨のじゃん」
「なんか照れるわ」

 Bianca、と表記されたその香水。……なんかこういうの、ちょっと照れない? よく見つけてきたな、ホークス。

「いい匂いやねぇ」
「爽やか」
「優しい香りする」
「ちょっと甘くね」
「清潔感〜って感じ!」

 どんな匂い? と聞かれたので窓の傍まで行ってワンプッシュ。嗅ぎに来たみんながそれぞれ講評を述べていく。なんの会? 紅茶に近いグリーンティーの香りが爽やかで、砂糖の少しザラついた甘さが優しい香りだ。ヒーローとしての活動中は香りもの厳禁だけど、プライベートなら問題ない。

「……そこらへんの1000円くらいのチョコのお返しがこれ、ちょっと申し訳なくなってきた」

 一応ホークスにもお世話になったから、ってバレンタインあげてはいたが、本当にそこらへんのだ。来年はもう少しちゃんとしよ……と思った。いや、No.2からしたらこれくらい安いもんなんだろうけども。後でお礼LINE、送っとこう。



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