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 ミートボールにウインナー、キャンディチーズ。サンドイッチの具になりそうなものと、あ、プチトマト。思いつく限りをメモに打ち込んで送信すると、隣から三奈がひょこっとスマホを覗き込んできた。

「なんのメモ?」
「ん〜? 今度のピクニックの、なに作ろっかなって」
「からあげ!」
「ハンバーグ!」
「甘い卵焼き!」
「はいはい、作る作る」

 近くからいろいろと返ってくるリクエストに生返事をして、ほぼ私の日記やメモ帳として活躍しているベストジーニスト宛のメッセージ欄を閉じた。リマインダー使えよ、って言われるかもしれないけれど、これにはちゃんと理由がある。ジーニストが戻ってきた時見たらびっくりさせてやろう! と、こんなに私が心配して待ってたんだと罪悪感を抱かせるための目論見だ。……だから早く帰ってきてほしいもんだよねえ。まあ、それはさておき。
 三月。テスト返しも終わり、無事に私たちヒーロー科一年は、春休みに入った。他の学校よりも少し早いけれど、春休みはインターン以外にも、選択制の講座がある。講座は、それぞれ目指すヒーロー像に対して、適した物をより深く学ぶためのものだ。爆豪くんなら危険物取扱者とか、上鳴くんなら電気取扱者の資格だったりだとか。救助メインのヒーローになるつもりなら、救急法応用で応急処置の一歩先を学んだり。春休みには授業がない代わりに、ヒーローとして必要な資格勉強に近くなる。……私の病院へのインターンも似た扱いだ。もうね、授業より本気で本格的に専門的になるから、頭がパンクしてくんだよね。少人数制で、外部から講師を招くこともあるこれらは、なんとなく大学の授業に近い気がする。
 また話がズレた。閑話休題! 本日の本題はずばり! ホワイトデーでしょう! なのだ。バレンタインと同じく、少し早めのホワイトデーだ。なのだけど。

「あれ、バター常温ってなってね?」
「常温って何度?」
「常温は常温だろ」
「数時間置いとくってなってんだけど! ……轟に溶かしてもらえばよくね!?」
「あり!」

 全然ありくない。
 A組のバレンタインは、わりとクラス全体でパーティ方式だった。そのため、ホワイトデーもパーティっぽくしようぜ! になり、男の子たちが手作りしたい! になった、までならいいんだけども。どうやら肝心の砂藤くんはインターンで遅れてるらしく、なぜか私が呼び出された次第である。マジでなんで? 上鳴くん、切島くん、瀬呂くんの面子は瀬呂くんがボケだしたら終わりだ。地味に頼りになる男として定評のある瀬呂くんだけど、お菓子作りに関しては流石に頼りにならないらしい。ちなみにここと仲良しの爆豪くんは、自分が教師役になることを察知して脱走している。……ズルくない?

「砂藤くんが常温に戻してたのあるからそっち使って!」
「あ、おっけー」
「なァ、さっくり混ぜるってなんだ?」
「さっくりとは随分と曖昧な表記だな」
「こう、さっくり……混ぜたらいいんじゃないかな?」
「? わかんねぇ」

 轟くん、飯田くん、緑谷くんもなかなか強敵である。たぶん一回理解したら早いし、基本的にレシピに忠実なので上手く出来そうなんだけど、さっくりとかふんわりとか、ちょっぴり曖昧な表現が出るたび詰まってしまうらしい。さっくりはさっくりだよ。

「なんか……さっくりはさっくりなんだけど……ちょっと貸して」
「頼む、緩名くん」

 ゴムベラを受け取って、さっくり、底から生地を持ち上げて、切るように混ぜていく。なるほど、これがさっくり……、や、確かにさっくりだ! なんて声とともに観察されると、ちょっと面白くて笑ってしまった。それから、はい、と轟くんの手元にボウルを戻す。あとはやってくれ。なんだかんだ、男子高校生たちは楽しそうだし、三奈も摘み食いをして楽しそうなのでまあ、いいか。


「私お返しされる方なんすけど」
「それはそうなんだけどよォ」
「俺らだけで作れると思う?」
「すまない緩名くん! 俺たちには料理……いや、スイーツ作りのノウハウがなく……!」

 元はと言えば数刻前、こんなやり取りを経て、ほぼ初めてのお菓子作りなのだろう、ちょっと楽しみにしていたらしい男子高校生たちのキラキラした熱意に押されたのがきっかけだ。「も〜。口出ししかしないからね!?」なんていったけれど、ああ、ありがとう緩名くん! ありがとう緩名さん! なんて感謝されてしまえばもうね、ぐうの音も出んて。


「……焦げてきていないか?」
「カラメルなんてこんなもんだろ!」
「だ、大丈夫だと思うけど……」
「焦燥の甘美」
「あとでお湯入れるしある程度大丈夫だよん」

 回想していた頭を現実に戻して、障子くん、峰田くん、口田くん、常闇くんたちの一角を覗き込む。全員でプリンのカラメルの様子を見守っている様子はちょっと微笑ましい。あと青山くんどこ行ったの? 脱走した? と思ったらチーズを抱えて帰ってきた青山くんと目が合った。ウィ☆ って言われたから同じように返したけど、何気に青山くんが一番謎かもしれん。クラスで。そのチーズどうすんの。

「峰田くんってお菓子作り向いてるかも」
「お!? おお!?」

 意外と一番手際が良い。性格の関係か、繊細な作業が得意だからなのか。几帳面だけどざっくりしてるから一番お菓子作り向きの人選である。頭のもぎもぎをツン、とつつくと峰田くんが目を輝かせて、バッと胸元へ飛びついて来ようとした。いやそれは却下、を私がする前に、障子くんが峰田くんの胴体を掴み、私の肩を引いてその背中へ隠してくれた。ナイス〜。

「磨ー、呼んでる」
「なに? だれ?」
「なんか別のクラスのやつ」
「だれ〜」
「知らない男の子ー!」

 昼食に食堂へ行っていたはずの響香と透が戻って来たと思えば、お呼び出しがかかる。玄関に目を向けるけれど、流石にここからだと姿が見えない。……この場を離れるの、ちょっと心配ではあるけど、まあみんな高校生だし大丈夫でしょ。頭いいし。告白だ告白、と三奈が無意味にお腹を揉んでくる手を引き剥がして、玄関へと向かう。……あ、寒い。適当にソファに投げられていたパーカーを羽織った。寒いの無理。

「あ、出歯亀禁止ね」
「えーっ!」
「ええーっ!」

 ショムニか? ってくらい堂々と並び立って着いてようとしていた三奈や上鳴くん、透や轟くんへ釘を刺す。ええーっじゃない。三奈とか絶対騒ぐじゃん。毎回ついてきちゃダメ! って言ってるけど、懲りずに来ようとするあたり高校生の好奇心はなかなかのものだ。

「俺はいいか?」
「いやなんでやねん」
「騒がねぇから……」
「だーめーでーす〜」

 負けずに着いて来ようとする轟くんにメッ! をして、玄関を出た。パタン、と閉まる扉の向こうで、轟くんが寂しそうな顔をしていてちょっとだけ罪悪感に心がチクチクしたけれど、とりあえず今は用事を済ませようと、見知らぬ彼に向き直る。

「あの、緩名さん、俺……」



 案の定というか、まあやっぱり告白だった。三年生の人らしく、卒業シーズンだからなあ、と少しだけ意識を飛ばす。卒業シーズンのお呼び出し、もう本当に多いこと多いこと……おモテになる自覚はあるけれど、都度断るのも微妙に申し訳なさがあるので記念告白も程々にしてほしいものだ。ごめんなさい、気持ちは嬉しいです、ありがとう。と決まり文句でお断りを示すと、そうだよなと苦く笑う名前も忘れたその人。

「これだけでも、よければ」
「あ、お花……」
「俺の“個性”、なんだ。その、ホワイトデー……みたいな」
「ホワイトデー……ふふ、じゃあ、ありがたく」

 差し出された花束は、この季節には珍しいお花も入っていて、どうやら彼の“個性”らしい。ほら、と手からぽんっとお花を咲かせてくれた。お花の“個性”なんて、めっちゃ素敵な“個性”だ。かわいい。アネモネやバラ、チューリップにカーネーションやマーガレット。見慣れない、名前を知らないお花もある。赤、黄色、ピンクや白の明るい色を中心にしたかわいいブーケだ。瑞々しく馨しい香りに、心が少し弾む。どうしよっかな、共有スペースに活けちゃうか。
 ホワイトデー、と銘打って渡されたけど、別にバレンタインになにか渡したわけじゃない。でもま、くれるって言うんだから、貰えるものは貰っとくまでだ。怪しいものじゃないしね。

「緩名さん」
「はぁい」
「……君、を、好きになって、よかった」

 ありがとう、と言って去っていく彼。なんで感謝を言われたのかわからないけど、なんか、まあ、あったんだろう。感謝されるようなことをしたつもりもないけれど、良い感情を与えられていたのならちょっと嬉しい。後ろ姿が見えなくなるまで見送って、さて私も寮に帰ろっと思ったら、

「……オイ」
「ぎゃ〜!?!?!?」

 後ろから急に声をかけられて飛び跳ねた。び、びっくりしたあ……。

「ぎゃあって、っハ、おまえ……」
「わ、笑うことなくない!?」
「いや無理だろ、笑うわ、……あ〜クソ」

 振り向いたら肩を震わせて顔を隠し、爆笑する爆豪くんがいた。そんな笑うことないじゃん!? 珍しく本気で爆笑なんだけど。爆豪くんじゃなくて爆笑くんって呼ぶぞ。

「っていうか爆豪くん寒くないの?」
「ぁあ? おまえが持ってったんだろォが」
「え? ……ああ、パーカーか。あったかあい」
「アホ」

 爆豪くん、ワイシャツしか着てない。三月になり、雪もチラつかなくなったとはいえまだまだ寒い。なんて思ったけど私がパーカーパクってきたかららしい。あ〜ね、そりゃしゃあない。え、っていうかわざわざパーカー取り返しにきたんかな。別の着ればいいのに。

「はよ返せや」
「え〜、両手塞がってるから脱げなぁい」
「アホ」
「あほあほ言い過ぎじゃない? アホって言う方がアホ……、」
「……」

 ス、と伸びてきた爆豪くんの手が、さっきもらったブーケから白いマーガレットを一つ摘みあげる。そのまま、私の耳の上に差し込んできた。視界の端で、白い花弁が揺れている。

「……え、なに?」
「ンでもねェわ」
「いやなんかなきゃこんなことしなくない!? なに!? こわいんだけど!」
「るっせェあほ気分じゃ気分!」
「どんな気分!?」

 通常の爆豪くんからは考えられない行動に、頭の中がはてなだらけだ。なんなん!? しかも指摘したらキレられる。なんなん!?

「……似合う?」
「……」
「ねえねえ、かわいい?」
「るっせ」
「ふふん」

 ちいさな白い花を揺らしながら、爆豪くんを見上げた。そっぽを向くくせに、隣を並んで歩く姿に、ほんとにめっちゃ懐かれたなあ、なんて思う。はよ帰んぞ、なんて背中を押してくる手に合わせて、砂糖菓子の甘い匂い漂う寮へと帰った。




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