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 あっ! という間に学年末テストが終わった。実技の方もまあ、なんとか無事にこなせたので大丈夫だろう。たぶん。だと思う。おねがい。前世なら一年のこの時期なんて、後は二年生までの消化試合みたいなものだったからだらだら過ごしていたけれど、ヒーローのひよっこである私たちはそうも言っていられない。
 実技テスト終わり、そのまま体操服に着替えてやってきたのは体育館。まだ疲労の残る身体ではあるけれど、本日もまだ扱いきれない黒鞭と浮遊の訓練を緑谷くんがするというので、お手伝いという名のひやかしだ。

「で」
「何を」
「すればいいの?」
「?」

 前々からちょこちょこ開催されていたけれど、今日はなんと瀬呂くん、お茶子ちゃん、梅雨ちゃんというゲスト付きだ! お茶子ちゃんからは浮遊、梅雨ちゃんと瀬呂くんからは黒鞭のコツを学ぼうという目論見だろう。三人に続いて? と一緒に首を傾げれば、爆豪くんには呆れた目で見られ、オールマイトはニコッと微笑んでくれた。ほら、ユーモア足りてないよ爆豪くん! 笑顔笑顔!

「今日も派手にやらかしたね〜」
「アイツが雑魚なんが悪ィ」
「雑魚て」

 緑谷くんの頭はぼふんとアフロになっている。試験終わりたてホヤホヤだと言うのに二人とも元気なこった。スポドリを飲む爆豪くんを、ひょこっと脇から顔を出し見上げる。と、蓋を閉めたペットボトルをぐいっと顔面に押し付けられる。冷た! ひやっとするし顔に水滴着いたんだけど!

「つめたあ!」
「ヘッ」
「爆豪くんあーた相変わらず酷いねえ!」
「お、ほら言われてるよ」
「実戦形式ってデクから言ってきたんだよ!」

 オールマイトからカクカクシカジカ、アフロ谷出久くんの経緯を聞いていたお茶子ちゃんたちに爆豪くんがぽこぽこされていた。ぽこぽこするお茶梅雨めちゃくちゃかわいいんだ、これがまた。
 続けてオールマイトが訓練の形式を説明するのを聞きながら、爆豪くんから受け取ったスポドリを勝手に飲んだ。なんかちょっと乾燥してんだよね、冬だから。ちょうどいいわ。

「緩名は?」
「ん? 私?」
「そ、私」
「私はね〜、遮蔽物ないと比較的簡単に捕まっちゃうし、口出しと妨害役だよん」
「口出して」

 瀬呂くんがなぜかいる私の説明も求めてくる。欲しがり坊やめ。黒鞭にデバフをかけて遅くしたり、緑谷くん自身を重くして浮遊の難易度を上げたりといろいろと便利な私ではあるが、まずは扱い方に慣れた方がいいと数回の訓練を通して学んだのである。なので、今回は完全なひやかしだ。たまに緑谷くんに背負われる被害者役やったりして文句だけ言ってたんだけどね。私が被害者役なのは、落とされても自分で対処できるし怪我の方面もばっちりだからだ。……ちょっと扱いひどくなぁい?



 ぷかぷか、というよりびゅんびゅんばこんばこん空中を浮いている緑谷くんを見守る。お〜、飛んでる飛んでる。瀬呂くんのアドバイスは、一応ワイヤーを仕込んでいる私にも為になるので聞いているのである。とはいえ、最近はなんとなくコツが掴めてきた、気はしている。ワイヤーの先は鉤爪ではなく、サポート科仕込みの吸着型にしてもらい、利便性アップだ。
 空中を泳ぐ梅雨ちゃんと追いかける緑谷くんを見ながら、なにやらお話をしている爆豪くんとオールマイトに忍び寄った。

「“黒鞭”以外は他の者に開示しない。しかし、前のような暴発を起こさぬ為に習得はしてもらう」

 やっぱりOFA絡みのお話らしい。一応私も知ってはいるし、話の共有者ではあるけれど、そこまで深く踏み込んでいるわけではない。だからこそ、このまま聞いていていいのかちょっと戸惑って、中途半端な位置で立ち止まる。「力を求めるのは、悪い人だけじゃない」。オールマイトの言葉に、そりゃあそうだなあ、と思った。巨悪に立ち向かうための力なんて、バレてしまえば本人の意思関係なく祭り上げられる可能性が高い。大いなる力には大いなる責任が伴うって言うじゃん。あれ、わかるけどちょっと嫌いなんだよね。力なんて、望んで手に入れるものだけじゃない。それに勝手に伴ってくる責任なんてクソ喰らえだ。……っておもうけど、緑谷くんみたいな人はきっと抱えてしまうんだろうなあ。

「デクは信じ切ってっけどさァ……」

 いつになく静かで、真剣な爆豪くんの声。続く言葉に、サアッと背筋の冷える心地がした。四代目だけ死因の書かれていない継承者のノート。他の継承者はきっちり書かれている。なァ、とオールマイトを責めるような、焦っているような爆豪くんの声色に、びく、と肩が跳ねた。

「何か気付いちまったんじゃねぇのか!? ワンフォーオールが、」
「まだ」

 ワンフォーオールが。続く言葉は遮られて、オールマイトは分かってない事を断言はできない、と爆豪くんの言葉を跳ね除けた。……なにそれ。

「少年を案じているからこそだ。……君と同じように」

 なにそれ、なにそれ! 爆豪くんの、独白に近い告白を聞きながら、頭に血が上っていくのを感じる。ハッキリとは分かっていない。可能性の話だから、安易に口にしても不安がらせる結末にしかならない。きっと、オールマイトの考えはそんなところなんだろう。“私”も大人だったことがあるから、わかる。わかるけど、やっぱり、ムカついてくる。オールマイトの前に立って、少しだけ驚いたように目を見開く平和の象徴に向かって、手を振りあげた。

「緩名少女、どうし、」

 ぺちん。弱々しく間抜けな音が響く。

「緩名少女?」
「おい、なにしてンだおまえ」

 むぎゅう、と振り下ろすことはできず着地させた手で、コケた頬を抓った。困惑するオールマイトに、目を丸くした爆豪くんの手が私の腕を抑える。それでも、抓る手は離さないし、私の様子にか二人とも無理に離させようとしない。なので図に乗って、お腹の底の怒りをのせてびよんびょんと頬を伸ばしていく。……全然伸びない。

「ぁいたたたっ、緩名少女、ちょっと痛い」
「おいいい加減離せやアホ緩名!」
「えっ……緩名さん!? オールマイト!?」
「何事何事!?」

 浮かぶ特訓をしていたみんなもこっちの状況に気付いたようで、ざわつきが大きくなった。私なんかしたかなぁ!? と焦っておろおろするオールマイトに、さっきまでの有無を言わせぬ気迫はない。
 
「……なんか、ムカついたから」
「えっ、ごめんよ……?」

 やっぱりムカつく、けど、手はひとまず離すと、オールマイトの頬はうっすらと赤くなっていた。細くて、痩せすぎた身体。窪んだ眼。頼りない姿も、この人が必死に、全てをかけてヒーローをしてきた証だと、わかっている。全力で巨悪と対峙してきたからこそ、緑谷くんへ口を噤んでいることがあることも、わかっている。でも。……でも、緑谷くんにとって、その事を知っている大人は、継承したのはオールマイトで。だから、話してあげてよって、どうしても思ってしまう。……勝手だ。私がオールマイトに憤るのも、ある意味では筋違いだし、ただの感情の八つ当たりだ。だから、私も勝手で。

「……ムカつく」

 みーんな勝手だ! この後、相澤先生に呼ばれて反省文を書かされた。ムカつく!



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